真相(1)
一瞬、時間が停止したかと思った。やがて法廷はざわつき始め、混沌とした空気が場を支配した。
口火を切ったのは裁判長だ。
「ちょ、ちょっと待って下さい。それは双子とは違うのですか?」
「違います。確かに双子は限りなく似ている容姿をしていますが、結局は別人です。同じ人間ではありません。双子は同じ体を持っていても、心までは同じではありません」
「この場合は、記憶や人格ってことかしら?」
シェーファー検事は冷静に言い、僕はそれに同意する。
「その通りです。50年前、魔王が死より蘇ったとき、そこには二人の魔王が存在したことになります」
「ですが、それが今回の事件とどのように関係するのですか?」
裁判長の疑問に僕は答える。
「勇者と魔王から魔王と魔王になることで、今回の事件はまったく違う景色を見せます。いいですか、かつて大戦があった時代、魔王を傷つけることができる人物は魔王を除いて一人もいなかったのです。聖剣ができるまで、魔王は敵無しでした。本人を除いて」
――魔王にとっての本当の敵は自分自身です、と僕は言う。
「自分を唯一殺せる人間がすぐ近くにいる、これは自分が今まで最強だと信じていた者にとって脅威でしょう。できれば排除したい。しかし、相手は自分と同じだけの力を持っている。そう簡単には殺害できない」
僕は思いついたことをそのまま口にする。この先どのような展開になるのかなんて考えず、たた頭の中で考えが浮かぶたびにそのまま言葉を発し続けた。
「そう、自分では殺せないから、殺せる相手を呼んだ。それがこの事件の真相です」
ひどく、スッキリした気分になった。今までもやもやと漂っていた事件の概要が急速に収斂して、整理されていく。
――なんだ、簡単なことじゃないか。
「裁判長。やはりこの事件の真犯人は被告ではありません。そこにいる男こそ真犯人であり、黒幕です」
「ほう、では弁護側の意見を聞かせてもらえますか?」
「はい。まず事の発端について。今回の事件は被告に差出人不明の封筒が送られたことでその火蓋が切られました」
「ほう、封筒ですか?」
裁判長は被告を見て、言う。「それは本当ですか?」
「あ、あの、はい。本当です」
「ふむ、では弁護人、続けてください」
クラウディアは剣をぎゅっと握り締め、今にも壊れてしまいそうな表情を浮かべながら答えた。そんな彼女から視線をそらし、裁判長に向かって主張を続ける。
「封筒には11月10日午後9時頃、ウエストミンスターホテルに魔王が現れるという旨の内容が書かれていました。幼少の頃より魔王は悪だと教えこまれていた被告クラウディア・ラインラントはその情報を信じ、ホテルに到着。現場に現れた人物を襲いました」
僕は一旦言葉を区切り、法廷を見回した。誰も疑義を挟まず、僕を見ている。
「そのとき、被告はその人物を誰だと思っていたのかしら?」
どこかサディスティックな顔を浮かべてシェーファー検事は言う。
「おそらく、魔王だと認識していただけでしょう。当時の彼女は魔王がどのような顔かは知らず、ただ聖剣が斬れるのは魔王だけだから、斬った後で確かめれば良いと考えていたのかもしれません」
「あら、そこは憶測なの?ねえ、お嬢さん。お姉さんとしてはあなたの口から聞いてみたいんだけど?見ず知らずの他人を後ろからぶった斬るってどんな気分なの?」
「裁判長。今の検察側の発言は本件とは関係ありません。証言を拒否させていただきます」
クラウディアの苦痛そうな表情を見て、僕はすぐに反論する。
「ふむ。弁護側の異議を認めましょう」
「あら、残念」
と口では言いつつも、どこか楽しげな表情をシェーファー検事は浮かべ、「では、先を続けてくれる?」と促した。
僕が悪役になるのは構わなかった。だが、クラウディアを悪役にはしたくなかった。
突然何を言い出すかわからない検事を警戒しつつ、僕は主張を続ける。
「おそらく、10日に襲った相手はハル・アンダーソンだったはずです。ハル・アンダーソンはカメラの偽装工作をするため、アンドレ・マクハーシュと入れ替わって警備の仕事をしていました」
「むむ?では、彼らは被告を殺害するつもりだったのですか?」
「ええ、彼らの間ではそのような計画をたてていたのでしょう。ですが、先ほども言ったように魔王の真の狙いは勇者ではなく魔王を殺害することです。おそらく、被告に封筒を送ったのはハル・アンダーソンではなく、アンドレ・マクハーシュであったはずです。そして、ハル・アンダーソンは被告が10日ではなく、11日に来ると思っていたはずです」
僕は監視カメラの映像を思い出す。あの映像で、ハル・アンダーソンはやけに驚いた表情を浮かべていた。
「封筒によって被告が10日に誘き出されたように、ハル・アンダーソンももう一人の魔王によって誘き出されたのです」
――そして事件が起こりました、と僕は続ける。
「被告はハル・アンダーソンを背後より襲いました。しかし、ハル・アンダーソンの傷は浅く、その一撃では死ななかった」
「じゃあ、その後はどこに行ったの?」
シェーファー検事が異議を唱える。
「その一撃で死ななくても、落下後に死んだのならば結果的に殺人でしょ?」
「いいえ。それはありえません。たとえ屋上から落ちても、庭園に落ちるのは不可能です」
シェーファー検事はやや不機嫌そうな顔を浮かべ、「どうしてよ?」と言う。
「それは、ホテルの構造上落ちることができないからです。あのホテルは屋上よりも下のフロアの方がベランダがある分だけやや外に突き出している構造になっています。たとえ屋上から落下しても、下のフロアにあるベランダに落ちるだけです。1階分の高さより落下すれば確かに痛そうですが、死にはしないでしょう。ましてや相手は魔王です。怪我一つつかなかったかもしれません」
「ふむ。なるほど。なかなか斬新な見解ですね」
裁判長は両目を閉じ、深く考え込むような表情を浮かべていた。
「ですが、そうなると一つ矛盾が生じます。あの監視カメラの映像では、被害者が落下して、右腕を切断されていた場面が撮影されていました。今の話が真実であれば、人が落下することはありえないのでは?」
「はい。もちろん、ありえません。ですが思い出してください。あのカメラの映像は10日ではなく、11日に撮影されたものです」
――あちらは本物だったのです、と僕は言う。
「確かに屋上のカメラの映像は改竄されていました。しかし、他のカメラまで改竄されているとは限りません。むしろ、あちらの方こそ本物だったのです。屋上で襲われたハル・アンダーソンは一命を取り留めた後、アンドレ・マクハーシュを返り討ちにして殺害したのです」
――だから死後切断なんですよ裁判長と、僕は法廷で高らかに主張した。