もう一人の正体
ふとしたことがキッカケで思いついたことを、なんの検証もせずに言ってしまった。だが不思議なことに、これが正解であるような気がしてならなかった。
根拠はない。だが、手応えはあった。
証言台が粉砕された今、魔王の全身が露わになる。彼は僕をまっすぐに睨み、相対している。
明らかに敵意のある視線だが、それがかえって心地よい。
どうやら、触れたくない真実を言い当てたようだ。
法廷中の人間が先を話せと促している。彼らの沈黙は何よりも大きな圧力であった。
「前回の裁判が終わって以降、僕は被告と面会をしました」
僕は冷静に言う。みんなが真剣に耳を傾ける。その中でも特に熱心にこちらを見ているのは、やはりクラウディアだった。
「そのとき、被告より重大な証言をもらいました。クラウディアッ!」
僕はクラウディアを呼ぶ。すると彼女はビクンと肩を震わせて、「ハイッ!」と返事をした。
「君は確か、面会で言ったよな」
「え?」
わけがわからないという顔をするクラウディアをよそに僕は続ける。
「君がかつてあの森にいたとき、一度だけ聖剣で人を斬ったことがあると」
「あ、はい」
「それは君のお父さんで間違いなんだな?」
「……はい」
「ありがとう」
「一体、今のは何?」
シェーファー検事がえらく苛立たしい口調で言う。
「わかりませんか?聖剣のブルートガング、いえ龍神の刃は本来魔王と勇者ローラン・ラインラントしか斬ることができなかった。だが、被告は以前に一度、事故で父親を斬ったことがある」
――被告の父親は本当はローラン・ラインラントであった可能性がある、と僕は言う。
「……えっ?」
クラウディアは目を丸くする。
「魔王と勇者は双子でした。ならば当然、勇者も魔族であったはずです。サマンサ主査」
最初誰も反応しなかったが、数秒もするとビクリと酸素ボンベを震わせてサマンサが直立した。
「な、ななななんでしょうか?」
「あなたに一つお伺いしたいことがあります。魔族は人間の三倍の寿命があるそうなのですが、それは真実ですか?」
「ええ、間違いありません。魔族は生まれてから5年は人間と同じペースで成長しますが、それ以降はゆっくりと年をとります。ですから50年生きても大体20代から30代の外見であることが多いです」
「ありがとうございます」
僕は一瞬だけ魔王を見る。
……確かに、大戦が終わってから50年経っているのに、外見は20代の後半そのものだ。
「魔王は寿命が長いこと。聖剣は魔王と勇者しか斬れないこと。そして、これがもっとも重要なのですが、死者の宝珠は死んだ人間しか蘇らせない。この3つから導ける結論は一つだけだ。50年前、死者の宝珠が使用されて魔王が復活したとき、勇者は蘇らなかった。なぜなら、勇者はそのときまだ死亡しておらず、被告、クラウディア・ラインラントをダークフォレストで育てていたからだ」
「ちょっと待ちなさいよ」
シェーファー検事はつっかかる。
「だったら何故、被告はローラン・ラインラントを自分の祖父だと思っていたのよ」
「それは本人がいない以上確たることは言えませんが、推測はできます」
僕は一度躊躇したが、推測を話すことにした。
「おそらく、ローラン・ラインラントは魔王がいずれ復活することを知っていたのでしょう。勇者ローランはクラウディア・ラインラントにいずれ復活する魔王を殺害させるつもりで育てていました。しかし、魔王と勇者は双子です。……殺害に、余計な邪念を与えたくなかったのでしょう」
僕は務めて平静を装ってそう言った。だが、クラウディアの方を見ることはできなかった。
本人がいないのだから、もっと心温まる、情愛に満ちた推測を述べればよかったかもしれないと少しだけ後悔した。だが、法廷の人間の、ああやっぱりなという顔を見ると、この主張じゃないと周りの人間を納得させることはできなかったかもしれない。
ひどい男だな、僕って人間は。
「勇者ローラン・ラインラントが魔王を倒した後、ダークフォレストに住まいを移し、病死するまでそこで暮らしていたとなると、死者の宝珠の死んだ人間だけを生き返らせるという条件を満たしません。そのため、魔王の言う50年前、勇者も蘇ったというのは間違っています」
「じゃあ、誰が生き返ったって言うんだよ?」
魔王は挑発的だ。どうせわかるわけがないと高を括った物言いに、僕は不敵な笑みを浮かべて受け答える。
「もちろん、魔王です」
「ふむ、魔王ですか……って弁護人、ちゃんと話を聞いていますか?ここで言っているのは、魔王とは別に生き返った人間は誰だったのかという質問ですぞ」
「裁判長。僕は話はちゃんと聞いていますし、間違った回答はしていません。50年前、魔王が死に、死者の宝珠で蘇ったとき、確かに魔王は双子の状態で蘇りました。しかし、それは魔王と勇者というペアではなく、魔王が二人の状態で蘇ったのです」
――魔王は一人から二人になったのです、と僕は主張した。