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システムの盲点

「確かに、俺は捜査協力をした」


 魔王は余裕だ。焦りもしないし、動揺もしない。ただ当たり前のように「だってそれが国民の義務だろ?」と語った。


「確かに昔はこの国の人間ではなかったが、今はちゃんと国籍のあるグリムベルドの国民だぜ。納税もちゃんとしてる。治安維持のために日々頑張っている警察の捜査に協力して、何か文句でもあるのか?」


「よく言うわ」


 シェーファー検事が苦々しく呟いたが、特に気にもとめずに魔王は続ける。


「俺が監視カメラの映像を捜査員に渡したところで、それが何になる?警察に協力することは犯罪だったのか?」


「犯罪――ではありません。ただ、不思議だな、と思っていただけです」


 僕は間髪入れずに受け答える。


「警察も手が出せないCDの日付の偽装。今の話を聞く限り、できるのはあなたしかいないように感じるのですが?それについてはどうなんだ、弁解はあるのか?」


「……っあ」


 とてもめずらしい光景だった。あの魔王が、動揺している。


「そうか、やっぱりお前か」


「いや、それは、ちょっと待て」


 魔王は眼光鋭く僕を睨み、苦虫を噛み潰すような表情をする。



「確かにそうね」魔王のことなど特に気にかける様子もなく、シェーファー検事は棒読みな口調で言う。



「でも、なんでそんなことわざわざするのよ。動機がないじゃない」


「そ、そうだよ。そんなことする動機は何だ?」


「動機、ですか?」


 僕は今まで調べたことを思い浮かべた。


 日付の入れ替え。死んだ人間の入れ替え。魔王と勇者の入れ替え。

 この事件は何もかも入れ替わっている。なぜわざわざそんなことをしたのか?いや、そうじゃない。入れ替えることでどんな結果が生じる?


 逆に、もしも入れ替わっていなかったら?本当はクラウディアは10日ではなく、11日に来る予定だったのであれば、どうなのだろう?


 その場合、死ぬのはアンドレ・マクハーシュではなく、ハル・アンダーソンだったのでは?


 つまり、魔王が死ぬ予定であった。それが入れ替わることで死者が魔王から勇者に変更されてしまった。


 だが実際は違った。魔王は死なず、勇者が死んだ。


「なぜ日付の入れ替えを行ったのか?それは、魔王が勇者を殺害するため、です」


「は、はは。なんだそれ?なんで俺が弟を殺さないといけないんだ?」


 うん?弟?ああ、そっか、魔王にとっての勇者はローラン・ラインラント、つまり双子の弟になるのか。


 ――いや、そうか。奴の本当の狙いは……


「僕が言っているのはローラン・ラインラントのことではありません。被告、クラウディア・ラインラントのことです」


「はあ?どういうことだよ?」


 魔王は青筋を浮かべ、凄みのある声を出す。


「そもそもこの事件は、クラウディア・ラインラントという、魔王を絶対的な悪とみなしている人物がいないと成立しない事件でした。彼女は幼少の頃より魔王は絶対的な悪だと教育され、それを信じて生きてきました。そして彼女には、魔王を殺害できる唯一の武器、聖剣ブルートガングを所持していました」


 ――いわば、魔王にとって天敵です、と僕は法廷で主張する。


「50年前の大戦で討たれた魔王にとって、自分を殺害できる唯一の人間は邪魔でしかありません。当然、殺害を画策するでしょう。しかし、殺そうと思ったところでそう簡単に倒せる相手でもありません」


 ――だから、社会的に抹殺することにしたのですと、僕は言う。


「魔王と勇者は双子だった。顔はまったく瓜二つで、見間違えても不思議がないほどです。初対面の相手ならば尚更間違えても不思議ではありません。被告は11月10日に魔王がウエストミンスターホテルの屋上にやってくると嘘の情報で唆され、魔王を退治しにやってきました。たとえ事前に顔を知られていたとしても、顔が同じならば間違いなく襲うでしょう」


「ふ、ふはははは。何を言い出すのかと思えば」


 魔王は額に汗を浮かべつつ、どこかホッとしたような声を出した。


「だったら、やっぱりその女が犯人ってことじゃないのか?どこの誰に唆されたのかは知らないが、ずいぶんな間抜けな話しじゃねえか」


「つまり、これは勇者殺害計画だったと言いたいわけなの?」


 シェーファー検事はせせら笑う。「随分な茶番よね」


「これは勇者を、クラウディア・ラインラントを殺人犯に仕立て上げ、死刑か終身刑にするための計画だった」


「ふむう。確かに、我が国の司法制度を悪用すれば、それも可能ですな」


 裁判長は眉根を寄せて、渋い声を出しながら言った。


「その通りです、裁判長」


 僕は裁判長に同意し、続ける。


「だが、一つ誤算が起きた。本当は11月11日にやってくると思ったのに、予定よりも1日に早く被告はやってきた。これが真犯人とっての最大の誤算だったはずです」


「うん?誤算ではないでしょ?計画通りでしょ?」


 シェーファー検事がやや困惑するような声で異議を唱えたが、僕は首を横に振る。


「いいえ、違います。これは誤算だったはずだ。先ほどのアンドレ・マクハーシュの顔写真、最初はメガネをかけていました。最初は特に気にもとめませんでしたが、やはり今考えると違和感があります。これは推測ですが、おそらくアンドレ・マクハーシュは普段、メガネをかけることでハル・アンダーソンとは全く違う人物であると周囲には印象づけていたはずです」


 ――なぜそんなことをするのか、僕は法廷によく聞こえるように言う。


「その答えは簡単だ。彼らは最初から監視カメラの日付を改竄するつもりで警備員として雇われた。これは、綿密な計画による犯行なんです」


 法廷が沈黙に支配された。誰一人言葉を発せず、僕の次の言葉を待っているようだった。


 だから、僕は続けた。


「おそらく、当初の予定ではアンドレ・マクハーシュとハル・アンダーソンは10日と11日にそれぞれ入れ替わって仕事をするはずだったのでしょう。それはいずれやってくる被告、つまりクラウディア・ラインラントを殺害したときに、自身を入れ替えることでアリバイを作り、不可能犯罪を実現するためだったはずです」


「うん?」裁判長が怪訝そうな顔をする。「それはどういうことでしょう?いまいちよくわからないのですが?」


「おそらく、最初の予定では被告を殺すつもりだったということでしょう。そしてそのときの予定では、10日はハル・アンダーソンがホテルで警備員として働き、アンドレ・マクハーシュは被告を殺害するつもりだった」


 例えば、と言ってシェーファー検事は続ける。


「監視カメラの日付のラベルを10日と11日で入れ替えて、死体の発見も11日まで放置すると、どうでしょう?犯行日が11日ならばハル・アンダーソンは監視カメラに映っているため当然アリバイがあります。もっともそれはハル・アンダーソンのフリをしたアンドレ・マクハーシュなのですが。そして本物のハル・アンダーソンは11日、アンドレ・マクハーシュのフリをしてアリバイ作りのために人目の多い場所で一日を過ごす予定であったはずです」


「う、頭が痛くなるような話ですね」


 裁判長は薄くなった頭をいたわるように撫でている。


「ですが、それですと別に警備員が入れ替わる必要はないのでは?」


「念を入れたのでしょう。今の科学捜査の技術レベルは高いですから。たとえ遺体の発見が12日であっても、司法解剖をすれば死亡推定時刻が10日であることはすぐにわかったはずです」


「そうね」


 シェーファー検事は補足するように言う。


「本当の死亡時刻が10日であるとわかったところで、真犯人のアンドレ・マクハーシュは監視カメラでしっかり撮影されているため、アリバイがある。二重三重にトリックを仕掛けるつもりだったのでしょう。だが、このトリックには決定的な欠点があった」


 魔王は黙っている。だが、何か言いたそうな苦痛に満ちた表情はしていた。



「監視カメラの日付を改竄するためにはモニタリングルームに侵入しないといけない。おそらく最初は、双子だから問題なく侵入できるだろうと思っていたはずだ。ですが、あそこの部屋はたとえ双子であっても通さない」


「ほう。そうなのですか?しかし、DNAのパターンが一緒となると、防ぎようがないと思いますが?」


 僕は裁判長の疑問に首を振って否定する。


「いいえ、そんなことはありません。人間の虹彩は生後一年以内にランダムに変化します。たとえ一卵性双生児であったとしても、虹彩の模様は一致しません」


 僕は魔王を指さし、断言する。


「魔王が生き返ったって?だから何だ?ゼロ歳児まで戻ったんだろ?じゃあダメだ。双子かどうかなんて関係ない。たいそう立派な魔法を使ったようだが、効果がなくて残念だったな」


「く、くそったれが!」


 魔王は激高し、証言台を叩いた。あまりにも力強かったため、証言台は粉々に粉砕された。


「ごちゃごちゃうるせえやつらだな。それがどうした?確かにあのモニタリングルームに侵入することはできなかった。だが、俺の優位はまったく揺るがないぜ?真実がわかったからって、その女が殺人犯であることに変わりはないんだからなッ!」


「ふむ、確かに証人の言うことももっともですが……証言台を壊すのはいかがなものかと……」


「ああ?」


 未だかつてないような凶悪そうな顔をして魔王が睨むと、裁判長は「いえ、なんでもないです」と弱々しく呟いた。


 ――カンッ、仕切りなおすように裁判長は審議を続ける。


「ふむ。弁護人の見解は確かに興味深いのですが、しかし今ひとつ根拠が不足しているようにも感じられます。それに、今の話を聞くとまるで証人と殺害されたアンドレ・マクハーシュが共犯関係にあったように感じられたのですが……」


「……ッ!」


 確かに、裁判長の言う通りだった。今まではつい反論に夢中になって気が付かなかったが、確かにこれだとまるで共犯関係のようだ。


 どういうことだろう?僕はただ状況証拠を鑑みてただ推測を並べただけだったのだが……。


 勇者は、ローラン・ラインラントはクラウディアの祖父のはず。だったら、クラウディアを殺害するような行動を自分からとるのはおかしいよな?


 ということは、今の僕の推論は間違っていたということか?


 時間をとってさんざん偉そうに主張した挙句に間違っていたとなると、ショックは大きかった。


 ――いや、違う。


 僕は面会室でクラウディアとした話を思い出し、新しい結論に思い至った。


「その通りです、裁判長」


 僕は主張する。


「魔王と勇者、アンドレ・マクハーシュとハル・アンダーソンは共犯関係にありました。彼らは自分たちの利益だけを追求して、今回の犯行に及んだのです」

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