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面会(10)

「聖剣って、なんですか?」


 僕はナターシャに聞く。


「聖剣ってのはね、神や精霊、聖人といった神聖な存在に祝福された剣のこと。普通の剣と違って特殊な能力があったり、特別なモノを斬れたりする」

「特殊な能力って……例えば?」

「そうね。有名な逸話だと、その剣の鞘を抜いたものは王になるといったモノがあるわね」

「鞘が抜ける人がいなかったらどうするんですか?」

「知らないわよ、そんなの。その辺にいるおっさんを国王にするんじゃないの?」


 わりと適当だな。


「他にも傷を癒す能力があったり、どれほど強固で頑健なものであってもスパスパ斬ったり、メンテナンス不要だったり、いろんな能力がある」

「じゃあ、このブルートガングっていう聖剣にも何か能力があるんですか?」

「あるよ。まず、精霊の加護を受けた人間じゃないと鞘から抜けない」

「へえ、それだと……剣を抜ける神聖なお方が犯人ってことですか?」

「そうね。それも警察が被疑者を逮捕した根拠の一つ」

 なんだか、ちぐはぐだ。


 僕はさらに質問する。


「ちなみに、その聖剣が加護を受けた人間でないと抜けないというのは実証済みですか?」

「実験はもう終わっているよ。警察の魔導心理研究所が人種、性別、国籍それぞれまったく異なる人を集めて剣を鞘から抜けるかどうか実験した結果、誰にも鞘から剣を抜けなかった。一人を除いてね」

「その一人が、彼女?」


 僕は人差し指で写真をつつく。そこには女性が写っていた。


「そう、被疑者のクラウディア・ラインラント。魔導心理研究所の研究員と刑事、それと検察官の目の前で見事に鞘から剣を抜いたそうよ。屈強な男ですら抜けなかったのに、彼女はとても簡単に抜いてしまった」


 剣を鞘から抜けるのは被疑者だけ、か。ただ一点だけ気にはなった。


「鞘から抜いた後ならば、どうですか?彼女が鞘から剣を抜き、抜き身のまま他の人が犯行に手を染めた可能性は?」

「その可能性はとても低い。理由は二つ。まず一つ目が、この剣に特殊な呪いがかかっている可能性があるから」


 呪い。それは霊的な手段で他人に害意を与える手段のことだ。


「聖剣に呪いがかかるのですか?」

「聖剣だって剣は剣だから。ただし、これは可能性であって、本当にかかっているかどうかはまだわからない。魔導心理研究所の調査待ち。」

「呪いがかかっていると思う根拠は?」

「うん?根拠はね、被疑者がこの剣を手放そうとしなかったから」


 手放そうとしなかった?どういうことだろう。


「それは別におかしくないのでは?凶器だったら尚更、他人に渡そうとはしないと思いますが……」

「そういう感じではないらしいの。警察が被疑者から剣を取り上げたとき、ひどく抵抗されたそうなのよ」

「抵抗っていうと、暴れたとか?」

「まあ、きっと暴れたんでしょうね。逮捕時に警官が三名負傷しているから」


 なんだか雲行きが怪しい。人を殺した挙句、逮捕されるときには暴れるような奴か。弁護、したくない。ただ……


「それも根拠としてはやはり、薄弱な気がします。犯人が逮捕されるときに暴れるのは心情的にそれほどおかしいものでもありませんし」

「暴れたのはそのときだけじゃないのよ、ダニエルくん」


 突然、ナターシャは僕の鼻を人差し指でつついてきた。


「やめてください」


 僕が人差し指を片手で払うと、「ふふ、焦らない焦らない」とわけのわからないことを言う。


「さっきも言ったけど、魔導心理研究所は調査の一環で一度、被疑者に剣を手渡している。そのとき、剣は簡単に鞘から抜けたのは、覚えてるよね?」

「ええ、おっしゃってましたね」


 僕は思い出す。そこでふと、疑問に思った。


「よく考えると、随分危険な実験をしたんですね。殺人犯に剣を渡します?」

「調査には警官も同伴していたわ。機動隊員が10名ほど。みんなよく訓練を受けた精鋭ばかり。もしも暴れだしてもすぐに取り押さえられるだけの準備はあったの。でも、特に何も起きなかった。剣を抜いている最中はね」


 引っかかる言い方だった。「どういうことです?」


「剣を鞘におさめ、それを取り上げようとしたとき、彼女は再び暴れだした。一部始終を録画したビデオがあってね、私もそれを見たけど、今まで静かに大人しくしていた女の子が突然、豹変するように暴れだしたの」


 豹変、ね。僕はナターシャに聞く。


「それは何かキッカケがあるということですか?」

「そうね。私がビデオを見たとき思ったのは、彼女は剣を取り上げられることに対してひどく怯えていたように見えたわ」

「怯える?何に対して?」

「それがわからない。魔研の主任に知り合いがいてね、そのことを伝えたら呪いがかかっている可能性があるんだって」


 魔研とは、魔導心理研究所の略称だ。ちなみに研究所にはもう一つ、科学捜査研究所がある。


「呪いの中には効果のあるものとないものがある。この聖剣には、後者の呪いがかかっているのかもしれない」

「それはつまり……どういうことですか?」

「うーん、そうね。じゃあ例えば、ダンくんが私のシャワーシーンを覗きたいするじゃない」

「しませんけど」

「なんで?私言っておくけど、脱ぐとすごいよ(`・ω・´)」


 ナターシャ所長はなぜかシャキッとした表情をしていた。


「それでね……」


 僕のセリフなどお構いなしにナターシャは続ける。


「私はダンくんに呪いをかけるの。覗いたら殺しちゃうよ、ってね」

「はあ、そうですか」

「なんでそんなに気のない返事なの?」

「だって覗きませんし。だから殺されませんし。っていうか、どうでもいいし」


 ムムっと口をヒヨコみたいに尖らせた後、ナターシャ所長は続けた。


「フンッ!天邪鬼なんだからッ!とにかく、ダンくんは男としての性欲求と私の大人の女としての魅力に負けて、シャワーシーンを覗くのです!」


 だから、覗かねえっつうの。と、言いたかったが話が続かないので口に出すのを控えた。


「しかし、ダンくんは運の悪いことにちょうどシャワーを浴び終わった私に見つかってしまうのです。まずい、どうしよう!このままでは言いつけを破ったので殺されてしまう!ガクガクぶるぶるの展開ですッ!」


 どこが?


「ですが、心優しい、そして大人の女としての品格を備えた私は言うのです。もう、エッチなんだから、ダメだよ!コツン!」


 ナターシャは僕の額に拳を振ったが、僕はそれを避けた。


「どうして避けるのッ!」

「だって殴ろうとするんですもん。逃げますよ、そりゃ」

「むー、覗いたくせに」

「覗いてねえだろ。実際」

「実際とか言わなくていいし。フンッ。とにかく、今のが呪いのやり取りですよーだ」


 どの辺が?


 僕は今の一連の流れを整理する。

 所長は僕に覗くなとタブーを作る。僕はそのタブーを破る。しかし、タブーを破っても殺されなかった。


「決められたルールを破っても特に効果がない。そういうことですか?」

「その通りです!呪いってのはね、特別な魔力がなくてもかけることはできるの。だから聖剣か魔剣かはあまり関係がない。まあ、世の中にはタブーを破ると実際に威力を発揮する呪いもあるらしいけれど、今回のケースは違う。聖剣ブルートガングにかけられた呪いの内容は、他人に剣を渡してはならないといったモノじゃないのかしら?だから彼女は剣を取られることに対してひどく怯えていた」

 

 確かに、それなら筋は通る。


 逮捕されるときに暴れたのも、剣を取られそうになったから。

 聖剣の効果の有無を調べる際に、剣を抜いても暴れなかった被疑者が剣をとられそうになった途端に抵抗を見せたのも、同じ理由。

「その呪いをかけたのは誰なんです?」

「さあ?そこまではわからない。呪いってのは、誰かが意図的にかけたものもあれば、勝手にかかるものもあるから」

「そうなんですか?」

「そうよ。だってダンくん、この事務所を辞めたのにいまだに私のこと、所長って呼ぶじゃない」

「それがどうしたんですか?」

「私は強制してないよ。辞めたんだから、気軽にターシャちゃんって呼んでいいのよ。でも、そうしない。それはなぜ?」

「なぜって……」


 そういえばなぜ、そう呼ぶんだろう?


 仮に、所長と呼ぶのを止めて呼び捨てにしたとしても、きっとこの所長は怒ったりしないだろう。なにかペナルティを浴びるわけでもないのに、僕はそれを心情的にしようとしない。


「まったく疑問にすら感じず、当たり前のように行動していることの多くは、呪いが原因だよ。ダンくんにはね、常に礼儀正しくありたいっていう呪いがかかっているの。たとえ尊敬できない相手であっても、職場の先輩であったり、目上の人間であったり、年上であったりと、自分よりも格が上だと感じる人を呼ぶときは、常に敬称を使いたいって呪いよね」


「じゃあ、その呪いがなくなったら、僕は所長のことをターシャちゃんとでも親しみを込めて呼ぶのですか?」

「呼んでみる?」


 ナターシャ所長は人差し指を唇にあて、艶やかな笑みを浮かべた。

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