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弁護側無罪主張

「弁護側は改めて主張します」


 僕は意を決する。ここまで来たら、とことんやるだけだ。


「被告は無罪です。人を殺めていません」


「あら?あらあらあら?そんなこと言っていいの?もう責任能力がなかったなんて主張は通じないのよ?そんな啖呵を切って、恥をかいても知らないわよ、弁護士さん」


「恥をかくのは僕じゃない。お前だよ、検事さん」


 今まで余裕満面といった表情を強張らせ、シェーファー検事は僕を睨む。


「ふむ。確かにここにきてその主張は無理があるように感じますが……」裁判長はひげを撫で、難しそうな表情を浮かべている。


「しかし、そこまで言い切るのであるのならば、根拠を伺いましょう。被告が被害者を殺害していないとする根拠はなんですか?」


「簡単なことです。そこに被害者がいる。それこそ被告が被害者を殺害していないことを証明する唯一無二の証拠です」


 一瞬、法廷に沈黙が訪れた。しばらくの間、誰も口を開かず、音一つたてない。沈黙を破ったのは……


「あんた、話聞いてたの?」


 予想通り、シェーファー検事だった。


「そこの被害者は死者の宝珠を使用して蘇った。たとえ生き返ったとしても、一度死んだ以上殺人罪は成立するとさっきまでさんざん議論したでしょ?」


「ええ、それについて特に疑義を挟むつもりはありません」


 僕は被害者を指さす。


「そこの被害者が一度死に、蘇ったことは間違いないのでしょう」


「ふむう。それならばやはり、蘇ったとはいえ被告が殺したことになるのではないのでしょうか?」


 裁判長の問いかけに、僕は首を横に振って否定する。


「いいえ、なりません。なぜなら、被害者が死に、そして蘇ったのは被告が被害者を襲ったのとは別の時間帯だからです」


「……別の時間帯、ですか?」


 裁判長は目を丸くする。似たような反応は傍聴席でも起こり、ドヤドヤとした騒がしい雰囲気が巻き起こっていた。


 ――バンッ!強烈なラップ音がした。シェーファー検事が机を叩く音だった。


 その音を合図に法廷に沈黙が訪れる。沈黙をつくった主は底冷えのするような声で言う。「……ハッタリも大概になさい、ダニエル」


「可能性を示すのは結構ですけど、それを裏付けるだけの根拠がなければそんなものはただの机上の空論、ハッタリにすぎないのよ。わかってるの、弁護士さん」


「根拠ならあります」


 僕は、徹底的に相手を馬鹿にしてやるつもりで、シェーファー検事に笑みを送る。


「検察側は前回の冒頭弁論で、ハッキリと主張しました。現場で発見された遺体の一部には生活反応は出なかったと」


「……」

「……」

「……どういうこと?」


 傍聴席側から不思議そうな声が漏れた。それは裁判長も同じで、眉根を深々と寄せて僕と検事を見比べている。


「弁護士さん、弁護士さん、セイカツハンノウってなんですか?」


 被告人席についているクラウディアも何がなんだかわからないといった表情を浮かべ、僕に小声で話しかける。


「生活反応とは……」僕は法廷全体を見渡しながら答える。「生きている生物のみに起こる反応のことです。例えば呼吸や化膿、皮下出血などは人間が生きていないと起こらない反応です。そして前回の裁判で、検事側はこう主張しました」


――『右腕の切断面から生活反応は出ませんでした。そのため、これは死後切断であると思われます。詳しい死因はまだわかっておりません。解析中です』


「検察側は確かに主張しました。現場より発見された遺体の一部、右腕は死後切断されたものだ、と」


 僕は続ける。


「いいですか、被害者が蘇った方法をよく思い出してください。被害者は死者の宝珠を使用して蘇生しました。死者の宝珠は使用者が死んだ時点をもって被害者を蘇らせます。では」


 ――一体いつ、被害者は死亡したのでしょう?


「被告が被害者を襲ったときに死亡したのでしょうか?それとも屋上より落下している最中に死亡したのでしょうか?どちらも違います。なぜなら、その時点で死亡したのであれば、まさにその時点をもって被害者が蘇るからです。蘇った状態で右腕を切断されたのであれば、生活反応がでなければおかしい」


「そ、そんなの……」


 シェーファー検事が何か言おうとしていたが、何も続かなかった。


「司法解剖の結果に間違いはありません。被告が被害者を殺害したというのならば、被害者は襲撃時もしくは落下中に死亡していなければならない。でなければ死後切断なんて司法解剖の結果が出ることがおかしい。しかし、落下中に死亡したとなると別の疑問が生じます。なぜ死亡時に死者の宝珠が作動しなかったのか?答えは簡単です。被害者は死んでいなかった」


「な、なんでよ?じゃあなんで現場には遺体があったのよッ!」


 シェーファー検事は顔を赤くして叫んだ。


「難しいことはありません。被告が襲撃した人物と、実際に落下した人物は別の人物であった。これならば、全て筋が通ります」


「ば、馬鹿なこといわないでッ!それこそあり得ないわ!」


 法廷中が騒がしくなった。それはそうだ。まさか死んだのは別人だったなんて言うのだから。だが、裁判長だけはその言葉をよく考慮しているようで、両目を閉じて真剣に考えているような表情を浮かべていた。


「しかし、そうなると一つわからないことがありますね」


 裁判長はもふもふと白ひげを動かしながら疑問を呈する。


「被害者は死んでいなかった。にわかには信じられませんが、確かに司法解剖の結果を見る限り、被告が襲撃した後に死者の宝珠が使用されたとは思えません。しかしそうなると、被害者はいつ生き返ったのでしょうか?魔法解析の結果によれば被害者が蘇ったのは間違いないようですが……」


「確たる証拠はありません。ですが、心あたりはあります」


 僕は女検事から被害者、ハル・アンダーソンを見る。


「被害者は魔族出身で間違いないですね」


「ええ、間違いないですよ」


 ハル・アンダーソンはやけに余裕のある表情を浮かべながら言う。


「死んだ人間を蘇らせる秘宝、死者の宝珠。これは大戦時に魔王が盗んだ国宝です。そして50年前、魔王は勇者に討たれ、死亡した。これは間違いのない歴史的な事実です」


 ――これは推測ですが、と前置きしてから僕は被害者に言う。


「あんた、魔王じゃないのか?」


「……バレたか」


 あまりにも奇を衒った質問なのに、ハル・アンダーソン、いや魔王は大胆不敵な態度であっけなく認めた。

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