証言台(4) 不可解なロジック
「彼女が犯人ですよ、間違いありません」
一瞬、法廷が沈黙に包まれた。誰も言葉を発せず、ただ証言台に立つ被害者と、名指しされたクラウディアの二人を注目するばかりだった。
「それは間違いありませんか?」
シェーファー検事は念を押す。するとハル・アンダーソンは「はい、この目で確かに見ました。間違いありません」と断言した。
「今でもはっきり覚えていますよ。俺が屋上を見まわっているとき、突然背後から斬りつけてきたのは間違いなく、そこの女です」
「ま、待ってください」
僕は反論しようとした。その次にどんな言葉が来るのかを、傍聴人はもちろん、被告であるクラウディアも、検察官も、被害者も、裁判長も今か今かと待っているようだった。
「ひ、被告は……被告は……11日ではなく、10日に現場に向かったと証言しています」
「それが?」
女検事はやけに冷淡に言う。
「だからどうかしたの?それだったらもう解決したでしょ?その被告は嘘の証言をしているのよ。もしくは間違えたんじゃないの?10日と11日、今となっては1ヶ月も昔の話だからね。一日くらいの誤差、間違えても不思議じゃないわ」
「で、ですが!監視カメラの映像には矛盾点がありました!」
僕は必死に抗弁した。だが、心のどこかではそれが無駄な抵抗だと気づいていた。
「被告が被害者を襲った映像と、同時刻に撮影したと思われる庭園の映像には矛盾点がありました!」
「ああ、雪の話ね。それなら最初に言ったでしょ。屋上に積もった雪は被害者が現場より退かしたのよ。それについてはどうなの、証人?」
シェーファー検事に促されるようにして、ハル・アンダーソンは答える。
「それってもしかして屋上に積もっていた雪ですか?あれなら俺がどけときました。いくらホテルが休業中といっても展望台は開放していますからね。放置したら危ない」
「だ、そうよ?」
シェーファー検事は僕の方を見る。なんの感情もこもっていないその眼差しは無機質で、見下している。
「でも、でも、そんなのは……」
――なんだこれ?
全く、反論できなかった。
今まで散々事件について調べてきたのに。いろいろわかったのに。新しい事実を沢山発見したのに。どれもこれも、今のこの状況を打破するだけの証拠にはならなかった。
たった一人。たった一人証人が出てきた。それだけのことで、完全にひっくり返された。
クラウディアは、11月10日にホテルの屋上に現れて、どこの誰とも知らない人間に唆されて、今まで会ったこともない見ず知らずの他人を魔王だと信じて襲った。
それはそれで、確かに責められることだ。事情はあるのかもしれないが、罪を犯したのならばそれについて罰を受けないといけない。
だけど、いざ蓋を開けてみれば話がまったく咬み合わない。10日に襲ったというのに、いつの間にか被害者が殺害されたのは11月の11日ということになっている。そしてそれを裏付けるような証拠が次から次へと出てくる。
挙句の果てには、被害者まで出てきてしまった。
死者の宝珠とか、人間が生き返るとか、魔法の力とか、そんなことは今では些細な問題に成り果てていた。
僕は被告を信じている。信じているが、この圧倒的なロジックの前に打つ手がなかった。
「――弁護士さん」
クラウディアの声が聞こえた。もしかしたら今まで何度も呼びかけていたのかもしれない。
「私、これから先、どうなるんでしょう?」
「……」
「私、やっぱり人を殺してしまったのでしょうか?」
「わからないのか?」
「わかりません」
――でも、と彼女は続けた。
「本当に殺してしまったのなら、罪は償います。そのときも、弁護してもらえますか?」
碧眼の彼女はただそれだけ言うと俯き、何も喋らなくなった。
――本当に殺したのなら、か。
「弁護人?どうされましたか?」
裁判長が待っている。僕が反論をするのか、それとも今の証言を認めるのか、どちらを選ぶのかを聞くのが裁判長の務めだから。
だけど僕には、次の言葉が見つけられなかった。
「……」
「特に反論がないようならば、今の証言を認めたことになりますが、それでよろしいですか?」
反論。反論。反論。反論。ここは大事なところだ。
認めるべき、なのか?
この少女は何も知らない。何も知らずに育った。世間の常識なんて誰にも教わらず、ただ偏った知識だけを押し付けられて、それが絶対に正しい唯一無二の真実だと教わって、それを信じて生きてきた。
そして彼女は実行した。
クラウディアは人を襲った。どのような動機があるにせよ、それは罪だ。
襲ったのは間違いない。監視カメラの映像もそれを証明している。
そうだ。そうなんだよ、なんでこんな単純なことに気が付かなかったんだろう?
「勘違いしてたな」
「え?」
「クラウディア。確かに君は人を襲った。背後から見ず知らずの他人を襲うなんてハッキリ言って勇者のすることじゃない。ちょっと卑怯じゃないのか?」
「な、なんなんですか、急に?」
クラウディアはまるで可哀想なものでも見るような眼差しで僕を見る。どうやら僕がおかしくなってしまったと思ったようだ。
――冗談じゃない。
「裁判長、弁護側は今の証言に異議を唱えます」
「ほう。そうですか。確かに今までの証言、なかなか理解しにくいことばかりですが、一応筋道は通っているように思われましたが?」
僕は首を横に振り、否定した。
「そんなことはありません。死者の宝珠なんてモノが存在しようと、死んだ人間が生き返ろうと、奇天烈な人間が法廷に現れようと、あり得ないことはあり得ませんし、起こりえないことは起こらないんです」
「じゃあ、聞かせてよ?」
今まで黙っていたのが不思議なくらいだ。シェーファー検事はようやく口を開き、僕を睨めつける。
「一体、何を根拠に反論をするの?」
「それは――」
僕は意を決する。そして一瞬、クラウディアを見てから、口を開いた。




