証言台(4) 被害者
――ざわ。ざわ。
傍聴席が騒がしい。ひそひそと話す声が法廷中に響きわたっていた。
――これは、まずい。
魔法解析。思ったよりも厄介だな。
死者を蘇らせる宝珠。そして蘇った被害者。
こんなことは前代未聞だ。聞いたことがない。死者を蘇らせることができるなんて歴史上の発見だ。本当ならばもっとちゃんと調べるところだろう。
ここが研究室で、僕らが科学者ならば、それが至極まっとうな考えだ。だがここは法廷で、僕は弁護士で、あいつは検事で、クラウディアは実験対象ではなく殺人事件の被告としてここにいる。
――崩せそうだと思ったのに。
でも、なんで今更なんだ?これほど完璧な証人がいるのならば、どうして前回の裁判で呼ばなかったのだろう?
引っかかる点があるとすれば、そこだ。
――いや、違う。そうじゃない。そうじゃないんだよ。ケイトは法廷に奴を呼ぼうとしていた。だが、断られたんだ。
この国の司法のルール上、参考人には拒否権がある。いくら法廷で証言を依頼したくても、参考人招致では無理に証人を呼ぶことができない。断られてしまえばそれでお終い、強制権はないのだ。
今回アイツを法廷に呼ぶことができたのは、裁判所から召喚状を出すことができたから。召喚状が出た以上、証人に拒否権はない。強制力のある召喚状だからこそ、ここに被害者を呼ぶことができた。
ハル・アンダーソンは、法廷に顔を出したくなかった。だから前回は不在だった。
――だったら何だよ?それがどうした?
自問自答してみたところで自縄自縛に陥るだけだった。
何も、わからない。
「あの、弁護士さん」
恐る恐るといった様子で、クラウディアが話しかけてきた。
「なんだよ?」
「私、わからないことがあるんです」
「……事件と関係あることか?」
「わかりません。ただどうしても気になるんです」
――どうしてなんでしょう?とクラウディアは眉根を寄せ、真剣な眼差しでハル・アンダーソンを指さしながら言う。
「あの人、お父さんに似ている気がします」
「はあ?」
――何言ってるんだ、こんな時に?
カンッと盛大に木槌に音が鳴り、裁判長は言う。
「被害者が魔法によって生還したことはよくわかりました。信じがたいことですが、起こってしまった以上は仕方がありません。まさか被害者が生きている殺人事件を審議することになろうとは……」
深々とため息をつくと、裁判長は続けた。
「しかし、こうして生きている以上話を聞かないわけには参りません。それでは次の証人、証言台へ」
証言台からサマンサ主査は退く。そして控え席に座ると、それとは入れ違いにハル・アンダーソンが立ち上がり、証言台へ上った。
「それでは証人。名前と職業を」
「ハル・アンダーソンです。職業は……警備員をしています」
――いや、してたと表現するべきか、会社では死んだって扱いになってるしと、ハル・アンダーソンはどこか場違いな発言をした。
「いえ、それで構いません。それでは証人は宣誓書にサインと捺印をしてください」
ハル・アンダーソンは証言台の机にある用紙にペンでサインをすると、朱肉に親指を押し当て、そのまま判を押した。
係官は宣誓書を手に取る。そしてそのまま裁判長へ手渡した。上から下までじっくりと裁判長は宣誓書を読んでいる。
「……ふむ。よろしい。では証人、証言を始めてください」
「証言も何も、何を話せば良いのやら」
「事件当日、何があったのか話せばいいんです」
どこかイライラした口調でシェーファー検事が言う。苦手なのか?
「ああ、事件当日ですね。ええ、そうですね、あの日は確か、いつも通りホテルで警備の仕事をしていましたよ。こう見えて真面目な性格でね、サボったことはないんです」
「そんなことは聞いていません。早く本題に入ってください」
苛立たしそうに指で机をコンコンと小突きながらシェーファー検事が言った。
「ああ、これは失敬。そうですね、事件当日事件当日……。あの日はいつもと同じように勤務していましたよ。マニュアルに沿ってね。で、その晩、マニュアル通り屋上へ見回りに行ったとき、襲われました」
――そこの女の人にね、とハル・アンダーソンはクラウディアを指さして言った。




