証言台(3) 死者の宝珠
「それはうちの一家に代々伝わるお守りです」
一瞬、一体誰が発言したのだろうと不思議に思った。傍聴席からもざわつきが起こり、視線が右往左往する。
だが1人だけ、クラウディアだけは真っ直ぐに検事席側を見据えていた。その碧眼に誘われるようにして検事席側を見ると、いつの間にか証人専用の控え席にいたはずの被害者が、検事席側に立っていた。
――なんだ、あれは?
先ほどまで悠然と佇んでいたシェーファー検事の態度がどこか落ち着かない。彼女は眉根を寄せ、苛立たしそうに横目で被害者を睨んでいた。
そんな女検事の様子などお構いなしといわんばかりに被害者のハル・アンダーソンは、ゆっくりと丁寧な口調で続けた。
「あの宝珠がいつ、どのような形で我が家にやってきた代物なのかはわかりません。ただとても大切なものだから常に肌身離さず持っていろと子供の頃からきつく言われて育ったんですよ」
――まさか魔王が盗んだものだったとは思いも知りませんでした、とハル・アンダーソンは心底驚いているといった態度で言った。
何もおかしなことは言っていない。彼は魔族の出身で、魔王も魔族の出身だ。
元々そういう話だった筈だ。彼の遠い親戚にたまたま魔王本人か、もしくはそれに近しい者がいて、その流れから大戦時に奪いとった宝珠がたまたまハル・アンダーソンの手に渡った。
そういう解釈でいい。それが、今のハル・アンダーソンの発言からわかる結論だった。
――なんだそれ、白々しい。
理論としては間違っていない。だけど何故か、この男の言葉には何か、齟齬があるように思えた。
それに、と僕はカバンの中に仕舞った水晶球を思い浮かべる。
今朝、改めて死者の宝珠を調べた。そして気づいた。
ダークフォレストで入手した水晶球は、どこからどう見ても死者の宝珠そのものだった。
――これは一体全体、どういうことだろう?
最初はただの偶然の一致かと思った。だが、こうなってくると話が違う。
出来過ぎている感が否めない。たまたま黒い森の中で発見した水晶球が実は50年前の大戦で失われた国宝の一つで、それを使用して蘇った人間が今、事件の被害者として検事席側で立っている。
どういうつながりがあれば、こんな結果が導き出されるんだ?
――偶然、ではないのか?全部、起こるべくして起こったのだろうか?
「言いたいことはそれだけかしら?」
僕は何も言っていない。だから今のシェーファー検事の発言は、隣にいるハル・アンダーソンに向けて放った言葉なのだろう。
「ええ、おかげ様で言いたい事はすべて言い終えました」
「あら、それは良かったわ。では、おとなしく控え席に戻ってくださる?」
言葉遣いは丁寧だが、どこか刺のある言い方だった。ハルは口元に笑みを浮かべ、「おっとこれは失礼。すぐに退散します」と言うと、やけにゆったりとした動作で証人席に戻る。
口元に浮かんだのは笑みだけではなかった。その隙間より浮かぶ八重歯は鋭く尖り、凶々しくさえある。
証言台には今、サマンサ主査がいた。だが果たして、彼女がいなかったとしてもあの男は証言台で今の発言をしたのだろうか?
――違う気がした。あいつは、検察側から証言がしたかったのだろう。
根拠はないけれど、なぜかそれが絶対の真実のような気がしていた。
「死者の宝珠は――」
嗄れた声が法廷を包んでいた緊張感を打ち破った。サマンサ主査はスピーカーを通じて証言を続ける。
「全部で3つあると言われています。一つにつき一回、一人の死者を蘇らせます」
「うん?待ってください」
僕はサマンサ主査に疑問を呈す。
「それは何故わかるのです?お言葉ですが、死者の宝珠は伝説上の代物の等しいものではありませんか?仮にそんなものが存在したからといって、ハイそうですかと納得できるものではありません」
「……死者の宝珠が一人しか蘇らせられない根拠として、まずサドム共和国の公式記録があります」
サマンサは証言台の上に設置されているタッチパネル式のディスプレイに触れる。何か操作をしていると突然、弁護側席のディスプレイが作動し、画面一杯に古めかしい文書が表示された。
「現在ディスプレイに表示されているのがサドム共和国の国会図書館に保管されている、死者の宝珠に関する公式記録の原文です」
僕は原文の下の方を見た。確かにサドム共和国の国璽がある。
「原文にはこう記されています。死者の宝珠は使用者が死亡したときに発動、使用者を生まれたときの状態で蘇らせる」
――生まれたときの状態?ああ、裸ってことか……
いや、そういうことじゃないな、と僕は被害者の全身を見て思う。
以前の裁判のとき、シェーファー検事は現場で遺体の一部を発見したと言った。
あれは今思えば、この状況のことを言っていたのだろう。遺体の全部ではなく一部、つまり本体は現場にはなかったのだ。
だが、一部は発見した。片腕は現場に残されていたわけだ。
そして今、ハル・アンダーソンは五体満足の状態で証人用の控え席に腰をおろしている。
――生まれたときの状態というのはつまり、身体の完全復活ということかもしれない。
僕の推測をよそに、サマンサは続ける。
「死者の宝珠がその効力を発揮させるためには、死亡時に宝珠を身体に身につけなければならない。これはただ所有するだけではダメで、体の一部に接触している状態ではないといけないということです」
ならば被害者は死亡したとき、死者の宝珠を持っていたということか?
「そしてこれがもっとも重要なことなのですが、死者の宝珠を使用するとそれは破壊され、二度と使用することができなくなります」
「破壊というのはどのような状況を指すのですか?」
「文字通りです」
サマンサ主査はこちらを見る。といってもフルフェイスのマスクのせいで、本当にこちらを見ているのかは定かではないのだが。
「この原文に書かれている通り、死者の宝珠には死んだ生物を蘇らせる効果があります」
――そして、と防具服に身を包んだ魔法解析官は続ける。
「現場には破壊された状態の死者の宝珠の残骸を発見、そこから採取した魔法粒子のパターンを分析した結果、この宝珠には人を蘇らせる効果があることがわかりました」
「それは、間違いありませんか?」
シェーファー検事は冷淡な声でサマンサに質問する。
「間違いありません」
一点の躊躇もなしにサマンサ主査は答え、傍聴席のざわつきはピークに達した。
――カンッ!裁判長の木槌を合図にざわつきは収まり、束の間の静けさが場を支配した。
「人を蘇らせる。まさかそんなことが可能とは……魔法の世界はまだまだ奥が深いですね」
と裁判長は感慨深そうな声をあげ、「しかし」と付け加える。
「ここは法廷であって、研究室ではありません。一体事件当日何があったのか、真実を追求する場です。証人は証言を続けてください」
「はあ。ですが……もう言いたいことは全部言ってしまったのですが……」
「そんなことないでしょ?」
サマンサ主査の言葉を遮ったのはシェーファー検事だった。
「まだあるでしょ。大事なことはちゃんと言わないと、伝わらないわ」
「あ、ああ、そうですね。魔法解析の結果をお伝えします。現場で発見した死者の宝珠には魔法の残滓が残っており、そこから採取した魔法粒子のパターンと、被害者の血液より採取した未発見の魔法粒子のパターンを解析したところ……」
――両パターンは一致、この被告が死者の宝珠を使用して蘇ったことは間違いありません、とサマンサは法廷中の人間に聞こえるように伝えた。




