証言台(1) 魔導心理研究所職員の証言
「うわぁ……弁護士さん、なんですかあの人?」
と眉根を寄せながらクラウディアが素っ頓狂な声をあげるのも無理はなかった。僕も以前のサマンサの素性を知っていなければ同じような気分になっただろう。
検察側の扉が開き、その奥から現れた魔導心理研究所の職員にして本事件の死体検案も担当したサマンサ・ウォリック主査は、
「シュコー、シュコー」
と不気味な酸素音をたてながら法廷入り、証言台に立った。
クラウディアが入廷したときも確かに傍聴席はざわついたが、今回のざわつきはそれとは明らかに異なる。
法廷画家も口をあんぐりと開き、ペンの動きを一旦止めた。その視線の先、証言台の上にいるのは人間と呼ぶべきか、それとも宇宙人と呼ぶべきかよくわからない代物だった。
「け、けけ、シェーファー検事!」
裁判長はその威厳たっぷりな白ひげをわっさわっさと揺らしながら女検事に説明を求める。
「こ、これはどういうことですか?」
――本当にその通りである。いや、半ば予想はしていたのだが、まさか本当にやるとは……逆にアッパレである。
証言台には今、酸素ボンベを背負った謎の女がいた。いや、外見だけで女と判断するのは難しいから、もしかしたら僕以外の人間はこの宇宙人を男と思っているかもしれない。
それもそのはずで、サマンサの今日の服装は昨日の白衣とはうって変わり、まるで宇宙船の外で活動をするために作られたような、白い防具服を着用していた。
一部の肌の露出もないその様子はまさに宇宙人。背中のボンベから伸びる黒いチューブはそのまま顔のあたりに装着されており、きっとその中に酸素を送り込んでいるのだろう。
球体のような形をした白いヘルメットのちょうど前側には透明な四角いガラス板がはめ込まれてあり、そこからかろうじて外の様子が伺えそうだった。
ヘルメットの中は完全に密閉されているようで、あの内部と外側とではきっと酸素の濃度が著しく違うのであろう。
――あれ、これどうやって喋るんだろう?
あまりにも異様な光景なのに、なぜか冷静としている僕自身が一番の謎だった。
「彼女は――」
シェーファー検事はなぜか憮然とした表情をしていた。おそらく、あの防護服はケイトの意思ではないのであろう。あいつは自分の思い通りに物事が進まないとすぐに拗ねるからわかりやすい。
「魔導心理研究所のサマンサ主査です。彼女にはその、持病がありまして。酸素ボンベがないと外出できないのです」
ピー、ガチャ。変な機械音が聞こえたかと思ったら、サマンサ主査が証言台の前に置いてある机の上に何かを設置していた。
あれは、スピーカー?
ピー、キィーン、がちゃ、がちゃ……スピーカーからわけのわからない音が鳴り響く。そして「あー、あー、ただいまマイクのテスト中」
それは昨日聞いたのと同じ、サマンサ主査のしわがれた声だった。よくできた拡声器である。
「あー、ごほん。裁判長、これはただの医療装置です。ペースメイカーみたいなものですから、気になさらないでください」
「は、はあ……」
――そういうものですか、いやはや、時代ですなあと裁判長は目を丸くしながら驚きつつも、サマンサ主査の奇天烈な服装を納得することにしたようだ。
いや、納得しちゃダメでしょ、おかしいでしょ、と突っ込みたいのは山々なのだが、今回の事件とはさほど関係ないので僕も喉からでかかった言葉を無理やり押し込み、証言を聞く準備をした。
「あ、あの弁護士さん」
ツンツンと肩を小突かれた。振り向くと、いつの間にかクラウディアがすぐ近くまで移動していた。彼女は真面目そうな表情を浮かべながら言った。「私、宇宙人って初めて見ました」
「……あれは、宇宙人ではない。変人だ」
「ヘンジン?それは野菜か何かですか?」
……誰かこの女に常識を教えてやってくれ。




