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前回までのあらすじ そして……

「では――」裁判長は難しい顔を浮かべてこちらを見る。まずは検事を見て、次に僕を見て、最後に被告の姿を確認すると、「全員いるようですし、審理を再開したいと思います」


「前回の裁判で被告が被害者を襲っている監視カメラの映像が問題視されました。監視カメラのそれぞれの映像の矛盾点から撮影された日付が実は間違っているのではないのかという異議が弁護側より出ましたが――」


 シェーファー検事は両腕を組み、裁判長の後を追うように言う。


「監視カメラの映像。庭園の映像では雪が積もっていたにも関わらず、屋上の展望台には雪が積もっていなかった問題ですね」


「ふむ。思えばそれがキッカケで裁判が延長してしまったのですね」


「まったくえらい迷惑ですね」


 ――なんでだよッ!


 渋い表情を浮かべる裁判長。そしてそれに同意する検事を見てそう突っ込みたかった。


「しかし矛盾点が見つかった以上、これはハッキリさせる必要があります。検察側はこれについて何か異議はありますか?」


 女検事は組んだ腕を解き、検察事務官のユージンから資料の束を受け取った。


 束となった書類の紙を一枚ずつ捲る。そして答える。「もちろんです、裁判長。検察側はそれに対する明快な答えを持っています」


 ――ッ!え、答えられるの?


 まさか、いきなり前回の裁判の争点を崩しにやってきて、少し目眩がした。


「なぜ11月11日に降った雪が庭園には積もっていて、展望台には積もっていなかったのか?その答えはとても簡単です。雪かきをしたからです」


「へ?」


「前回の裁判でも述べたように、11月の11日の8時から16時まで、ウェストミンスターホテル周辺は雪が降っていました。雪は16時に止んだものの、積雪量が多く、現場一帯は人が通るには不向きな環境でした」


「そ、そうでしょうね。では、展望台もやはり雪が積もっているのでは?」


「弁護士さん」シェーファー検事は顎を上げ、見下すような表情をした。実際、見下しているのだろう。


「さきほど述べたはずですよ、雪かきをしたと」


「し、しかし、11月は確かホテルが休業中であった筈です」僕は先日の調査結果から判明した事実を思い出しながら反論する。


「事件があった日、ホテルには従業員はいませんでした」


「従業員は、でしょ?人がいなかったわけではありません」


「それは、地下のフロアで働いている人たちのことですか?もしも彼らのことを言っているのならば――」


 僕は警備員の言葉を思い出す。


「彼らは遅刻の常習犯です。休業期間中、ホテルの支配人は別の仕事のため現場にはおらず、それをいいことに地下フロアのスタッフは時間通りに毎回職場へはやってこなかったそうです」


 ――ドンッ!僕は机を叩き、前のめりになって反論する。


「何もない日ですら時間も守らない遅刻の常習犯が、雪の日に限って時間より早く職場にやってくるなんて考えられません。むしろ、遅刻するどころか休む可能性すらあります!」


 ――ふふ、検事は笑った。とても愉快そうに笑った。


「あははははは!遅刻どころかズル休みですって!あはははは!とんでもない言い掛かりよね!なにそれ、証拠どころか完全なる偏見じゃない!」


「しぇ、シェーファー検事?」


 突然の嬌笑に傍聴席もザワつき始めた。


「ひひひひ、くくくく、ええ、ええ、確かにそうね。そうよ。弁護士さんの言う通りよ!証拠も根拠も欠片もないけど、その異議には同意だわ」


 ようやく笑いがおさまったのか、シェーファー検事はふうと大きく息を吸い込み、そして冷淡な眼差しを浮かべてこちらを睨む。


「今の弁護側の異議に間違いはありません、裁判長。警察の捜査結果によって判明したのですが、11月11日、ホテルの従業員はホテル直属のスタッフはおろか、外部より派遣されたスタッフもいませんでした」


「ほう。それは一体全体、どういうことなのでしょう?」


「簡単なことです」


 シェーファー検事は意地の悪そうな笑みを浮かべて言った。


「サボタージュした、それだけですよ」女検事は資料ごと机に叩きつけ、やけにドスのきいた声を出す。「11月11日、ホテルに従業員はいませんでした。それはスタッフ本人が認めているので間違いありません」


「ふむう。それはその、関心できませんね」


 ということは、僕の推測は正解だったのか?


 ――いや、待てよ。だとすると、一体全体、どこの誰が屋上の雪かきをしたんだ?


「一人、いるんですよ」


 シェーファー検事は、淡々と告げる。


「雪の降る日。面倒事を嫌ってことごとく出社を拒絶する最中、たった一人だけ勤勉にもホテルにやってきて、仕事をこなした人物が」


「そんな人物は……」


 僕は記憶を思い起こす。


 11月11日。ホテルの従業員が全員休みで、地下フロアのスタッフも(ズル)休みしていなかった。


 そうなると……一人だけ、確かに心当たりがあった。


 だが、それはありえないだろ。冗談も大概にして欲しい。


 背筋にひんやりと冷たいものが走る感覚があった。


 いる。けどありえない。そう、ありえない。


「11月11日。ホテルの正規のスタッフでもなければ派遣スタッフでもない人物。そして唯一現場にいた人物。それは……警備員のハル・アンダーソンです」


「被害者が、雪かきを?でもそれは……」


 それだと、僕の推理が成り立たない。


 ハル・アンダーソンは11日ではなく10日に殺害された。それがクラウディアの証言から導きだした僕の結論だ。でも、被害者が雪かきを11日にしたという証拠が出た場合、その推理はあっけなく破綻する。


 証拠?そうさ、証拠だ。


「しょ、証拠はあるんですか?」


「……」シェーファー検事は押し黙る。固く唇を閉ざし、僕をじっと観察しているようだった。


「そこまで言うのなら、証拠はあるのですよね?」


「証拠は――ありません」


 シェーファー検事は淡々と当たり前のように言い、続けた。


「でも、証人はいます」


 ――証人、だと?誰だ?


 ここまで来るともう予測できない。あの当時、ホテルにいたのは警備員ただ一人だけだったはずだ。


 いや、もしかしたら展望台にやってきた客か?ホテルは解放されているのだから、第三者がやってきて何かを目撃した可能性は十分にある。


「皆さんもよく知っている人ですよ」


 シェーファー検事は検察側の扉を開き、そして続ける。


「では、証人、入廷してください」


 扉の奥から誰かがやってきた。その一挙手一投足に衆人の視線が集まる。


 光が照らす。顔が見えた。それは男の顔だった。黒く短い髪に、尖った目つき。筋の通った鼻。


 写真で見たのと瓜二つの顔。そして映像でも見た顔だった。


「え、なんで?」


 クラウディアは突然立ち上がり、わなわなと肩を震わせた。


「しぇ、シェーファー検事。これは一体どういうことですか?」


 裁判長は声を震わせてもっともなことを言った。


「どうもこうもありません。こちらにいる証人はハル・アンダーソン、事件の全てを知る目撃者であり、証人です」


「ふ、ふざけるなッ!」


 僕は叫んだ。そして指差す。


「そいつは、死んだんだろ!」


「ええ、死にましたよ」


 ――でも、生き返りました。シェーファー検事は当たり前のように言いのけた。

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