専属メイドの恐怖
「失礼します。ハナ様、具合はいかがですか?」
入室を促した所、入ってきたのはメイドさん。
着替えやら道案内やらで世話になったメイドさんだ。水色の肩で揃えられた髪は緑のメッシュが入っている。向けてくる瞳の色は深緑。…魔力強いのかな。
年は私より少し低く見える。穏やかな顔をした可愛らしい少女だ。…お風呂場では鬼かと思ったけど。
確か名乗られていた記憶がある。えーと、確か…
「フィノアちゃん?」
「はい、ハナ様」
にこやかに返事がきた。そう、フィノアちゃんだ。
なんとなんと私の専属メイド!こりゃまた凄い身分になったもんだと思う。
彼女はふと私の持っている上着に目をやって驚いた顔をした。
「まぁ、ハナ様。騎士の上掛けなど持ってどうしたのですか?」
「あ、ラスナグ!」
「シャルフ様のですか?先程ハナ様の着替えを手伝うようにと告げられて自室に戻られましたが…」
う…自室に戻っちゃったんだ…。
部屋で休んでる所に押し掛けるのもなぁ。仕方ない、明日多分会えるだろうしその時に謝ろう。…怒りも治まってるかもしれないし。
若干時間任せの考えでいるとフィノアちゃんが背後に回ってきた。そして背中のファスナーを下げる。
え、ちょ…
「ふ、フィノアちゃん??」
「着替えをされてからお休みください。ゆっくり寛げませんよ?」
「じ、自分で脱げるよ」
「あら。着方も分からなかった人が出来るんですか?さぁ…ハナ様は力を抜いてわたくしに全てをお任せになって…ウフフ」
怖いよこの子?!
お風呂場の時異常に体を洗いたがってたけどソッチのケがあったりするの?!
「さぁ、ハナ様…」
「いいい、いい!!自分で着替える~っ!!」
ごめんラスナグ!今すぐ謝罪するからフィノアに着替えを手伝わせる指示撤回して!!
寧ろこれ彼に手伝わせた方が安全な気がしますが?!
お風呂場で裸はもう見られたわけだが怪しい笑みを浮かべる相手を前に着替えたくなんぞない。
あれ、彼女私の専属だよね?毎日これ?こうなっちゃうの?
「ふふ…ハナ様、涙目になっちゃって…カワイイ…」
「ひぃ!」
だ、誰か助けてー!!
**
…そんな都合よく誰かが現れてくれる事もなく…
「寝間着も似合っていますよ、ハナ様」
「…………」
しっかり着替えさせられました。
いや、うん…何があったかは敢えて言わないけど嫌がったり逆らったりは止めよう。フィノアちゃんそうしたら変なスイッチ入るみたいだから。
寝間着はネグリジェ。別に透けたり露出が高かったりはしていないけど、リボンやレースが多い。ジャージで慣れていた私にとって乙女趣味じゃなかろうかと悩まされる一品だ。
しかし違うのが着たいと言えば目の前の悪魔にまた笑顔で迫られるだけだろう。
「もうお休みになられますか?」
「寝たい…気もするけど…」
まだ確認したい事がある。
これはフィノアちゃんに聞くべきか…まぁ着替えとかじゃなきゃ普通の子だし。
専属にされたからには仲良くならないと。寧ろ慣れないと。
「この世界の文字って、共通語?」
「はい。六ヵ国全て同じ文字を使用しています」
驚いた事にこの世界、文字が英語だったのだ。
知らない単語もあったけど、特に読めない文はない。文系大学で本当良かった。
なので本からでも充分学べる。知識はあった方がいい。
あとは…
「この世界って、冷蔵庫ある?」
「レイゾウコ…ですか?」
「食べ物を冷えた場所に保管するようなものなんだけど…」
「あ、保冷庫ですね。ございますよ」
あるんだ。
なら有難いと引き出しに仕舞っておいたカレーのルーを取り出した。常温はちょっと怖い。
「これを置いておいて欲しいんだけど、いいかな?」
「承知致しました」
はい、と渡せば彼女は快く受け取ってくれて部屋を出て行った。
一人になった空間でボンヤリ思う。
ああ、私異世界にいるんだなーって。
テンション高くてあんまり実感がなかった。一月すれば戻れるらしいし楽しむつもりだからいいんだけど、何だか染々感じてしまう。
不思議な感覚。
こうやって、何もかもが違う世界に一人放り出されるとちょっと心細いかもしれない。
「…うーん」
ゴロリとベッドの上に横たわる。見える天井が広くて高くてゴージャスで。場違いなのがよくわかった。
目を閉じれば意識も薄れてくる。何だかんだで疲れていたんだと気付くと、そのまま身を委ねる。
明日から…頑張らないと…。
ラスナグにもちゃんと謝ろう。
そう決意して、落ちた。
久々更新です。フィノアちゃんは書いてて楽しい。