好きな人の為に
安心したら力が抜けたわけで。
カクリと足が崩れて支えていたイオン君と一緒に床に倒れた。
これにはギョッとしたらしくアスナが目を見開いている。支えようとしてくれたみたいだけど、今は見たこと無い杖のような錫杖のようなものでティマさんの剣を遮っているので動けなかったみたいだ。
「おいっ怪我でもしたのかっ」
「…してない……」
「ちょっと…痛いんだけど…」
「…ごめん……」
二人に言われてもボンヤリとした返事しか出来ない。あれ?私震えてない?もしかしなくとも、怖かったのかな?
だって、殺されるかと思ったから。
「ふぇ…」
「「?!!」」
ボロボロと涙が溢れてきた。歪んでいく視界に焦ったような師弟の姿が見える。泣くつもりなんて無かったけど、安心感が強くて体が言うことを聞かない。
「…子供だな」
ふと、そんな声がした。
「子供がこの国の事情に巻き込まれ、歯向かい、私に啖呵をきり、…陛下の幸福を願うのだな」
カランと、続いて聞こえた音。何かをキャッチする音も。
涙を拭っても次々に溢れてきて確認出来ない。ああしゃっくりも出てるよ。子供って言われても仕方ないくらいに情けない。
ゴシゴシと目元を擦っていると腕を掴まれた。また赤くなるって止められたのかな。でも今は泣いてる場合じゃないのに。
「もういい。泣くな、ハナ」
「う…うぇっ…ぐすっ」
「…鼻水出てるよ。女としてどーなの」
鼻をゴシゴシされる。鼻はいいのか。
しかし泣き顔見られるなんて恥ずかしい。早く泣き止め身体~変に頭の中は冷静なくせに…。
「もう怖くない。騎士団長はもう去った。ルーとやらと、何かの小箱も無事だ」
「う………へ?」
なんですと?
驚きで涙も鼻水も引っ込んだ。
パチパチと瞬きすれば残っていた雫が落ちて視界がクリアになる。見えたのは覗き込んでいる師弟二人の顔。ちょ、女の子の泣き顔間近で見てるって罰ゲームかっ!この世界の男は全員そうなわけ?
抗議しようと口を開くが、アスナが持っているものに目が行き違う言葉になった。
「それっ!」
「ああ…団長殿が投げ寄越してきた。全てお前のか」
ルーと小箱!
慌てて手を伸ばすと彼はすぐ渡してくれた。目の前まで持ってきてマジマジと見る。
……本物だ。
「よ、よかった~…」
無事に手元に戻ってきた。特に小箱。安心したらまた涙が滲みそうになったけど我慢する。ティマさん、何で返してくれたんだ?反発してたのに。
「何で返してくれたんだろう」
「あまりにもアンタが間抜け面で泣いたからでしょ」
え。そんな酷いの私の泣き顔。
抗議しようとイオン君に顔を向けて…言葉に詰まる。改めて見た彼の顔色は悪い。
「…ごめんね。私を庇ったせいで痛い思いを」
「ホントだよ。全く…ぼーっとしてないで周りに気を配る事は常にしておいてよね」
「うん。ごめんなさい」
「…いいよ、もう」
彼の文句に素直に謝れば拗ねたように許してくれた。いや、本当庇ってくれなければ私また気失ってただろうに。
「アスナもありがとう。助けてくれて…でもよくナイスタイミングでここに来たね」
「偶然じゃない。イオンにもハナと同じ魔石を懐に持たせてある。それを媒介に私へ信号を送ってきたんだ。緊急用に持たせておいて正解だったな」
ああ、だから「遅いよ」ってイオン君が呟いたのか。お世話かけました本当に。
「だがラスナグはどうした?お前の護衛だから真っ先に駆けつけていいものを…」
「ああーっ!ラスナグっ!!」
連れ戻さないと!
いきなり叫んだので二人の肩が揺れた気がするが気にしない。
立ち上がろう…としたわけだけど、あれ?立てない。
まさか腰も抜けているとか?
叫んだ後固まる私を可哀想な目で見てくるのでなんとかしようとするが無理でした。くっ…こんな事って。
「ラスナグが今、私が浚われたとこにいるの。戻ってきてって知らせないと」
「何でそんな場所にいる?」
「………わ、私の忘れ物を取りに?」
汗がだらだら出ます。何で急に連れ戻すとか言い出すのかとか、突っ込まれたらこの小箱の事を説明しなきゃいけない。
どうしたらいいのか分からなくてグルグルし始めたら、隣から大きなため息が聞こえた。
「いつまでこんなとこいるの?僕もう早く上に行きたいんだけど。頭痛いし休みたいし。何よりあの男のこと報告しないと不味いでしょ」
「…そうだな。ついでにラスナグに早馬を出すよう伝えるか」
イオン君の言葉に頷いてアスナが立ち上がる。これって助けられたんだろうか?
チラリとイオン君を見てみるが少しだけ回復したんだろう、ふらつきながらも立ち上がってみせる。
礼を言っても素直に頷いてくれる子じゃない。甘えてするべきことをしてしまおうと思った時、視界が変わった。違う、体が浮いた。
何で?
答え=アスナが抱き上げたから。
ええぇえっ?!!
「な、なななななっ?!」
「暴れるな、落とすぞ。ただでさえ重いんだ」
「失礼な!いや、そーじゃなくて何で姫だっこ?!」
「腰が抜けたんだろう?こんな場所に放置するのも問題だからな。移動する」
何で異世界の男共は人をヒョイヒョイ抱き上げるかね?しかし意外だ…ヒョロイと思っていたアスナの腕はガッチリしていて私が暴れてもビクともしない。
暴れるのを止めると歩き出す。それに続くようにイオン君が後を追ってきた。彼を担いだ方がいい気がするけど歩けない私が言うのもなんだよね。
しかしティマさん…私達が陛下に今のこと伝えるだろうって予想出来るはず。阻止しなかったのはアスナが来たから?私が、泣いたから?
分からない。さっきは調子に乗って弱虫だのイケメンだの叫んじゃったけど…イケメンは言ってないか。
「……なんでかなぁ」
憎めない。彼はきっと、本当に陛下が好きだった。
臆病になるのは誰でもあること。でも、周りを巻き込むやり方が気に入らなかった。好きな人を、傷付ける行為が嫌だった。
気付いるのかな。
こんな報告したら、陛下が一番ショック受けるんだよ?
「いらん同情はするな」
「同情じゃないよ…でも、陛下は悲しむでしょ?」
「…………」
「陛下大好きなアスナなら分かるでしょ?」
会って間もない私が言うんだ。彼の目尻が上がる。あれ、怒られる?
「悲しむだろうな。が、陛下は立ち直れる。ちゃんと向き合うだろう。それにお前…イオンも。殺されることは無かったにしろ、痛い目をみたんだ。それを忘れるな」
いや、忘れてはいないけどさ…。怖かったし、イオン君に酷いことしたのは許せない。
アスナが陛下を心配しないのは絶対の信頼によるものなのか。若しくは…それ以上に私達に危害を加えた彼に怒っているのか。
複雑な心境になって、アスナの胸元に頭を預ける。一瞬、彼の体が跳ねた気がする。
大きなイオン君のため息が聞こえた。
戦えない主人公を書くに当たって戦闘シーンがない…。
残念。そして意外と解決が早そうです。残念。