私の騎士
あれこれ悩んでる間に戻ってきましたーレナーガルー。
こんなことになるなら早々戻る宣言なんてしなきゃ良かった。
「…何か、悩み事ですか?」
「へ?」
「帰国してから思い詰めたような顔をしています。何か…やはり浚われた時にあったんですか?」
帰ってきて通されたのは自室ではなく客間。私が浚われたとなって部屋に何か仕掛けとかないかチェックするんだって。
専属メイドであるフィノアも一緒に出掛けてたから常に使用人がいたわけでもないしね。そしてそのフィノアも部屋のチェックに忙しいのでこの場にいない。トストン王は陛下に挨拶に行って、アスナはその案内へ。私の護衛にと残されたラスナグと二人っきりの空間です。
甘い空気を作りたいのは山々だが如何せん私の問題が問題だ。ウンウン頭を悩ませても改善策が浮かばず不振がられてラスナグに問われる始末。駄目じゃん私。
「いやぁカレー作るの上手くいくかなーって。作るの成功してもバカップル計画が成功しなきゃ意味がないでしょ?柄にもなく緊張しちゃってるみたい」
誤魔化しに一応納得してくれたのか「緊張、ですか」と目を丸くした。まぁ私の性格からして緊張なんて程遠いよね。するときはするけど。
「……ハナ様」
「ん?」
呼び掛けに応えればラスナグは口の中で何かを呟く。
よく聞こえなかったので席を立って近付こうとした時に、世界が変わった。
「わっ………!!」
キラキラと星が瞬くように部屋の中が変化した。青く輝く小さなものが空間を支配する。幻想的な光景に私のテンションが一気に上がった。
「なにこれっ綺麗っ!!ラスナグ、何したの?」
「水の精霊に頼んで空気中の水蒸気に光を反射させたんです。初めて使った初歩の魔術ですが、上手く出来て良かった」
初めて?
驚いてみれば、彼は照れ臭そうにして説明してくれた。
「以前、ハナ様に魔術を見せてくれと言われた時に何も見せるものが無かったでしょう?ですから何か簡単なもので喜んで貰える魔術はないかと調べたんです」
…それってさ…
私の為、だよね?
わざわざ?私の好奇心で言った事を覚えてて?
ボヒュッと効果音付きで全身が赤く染まる。そんなのっ
「よっ喜ぶに決まってる!凄く綺麗だよ、ありがとう!」
初歩的な魔術って言ってたけど、ラスナグは魔力少ないし使うのは苦手って言ってた。なのにこうやって調べて私の望みを叶えてくれた。
キュンキュンするでしょうがー!!はっ正に告白タイムじゃない?さっきは邪魔されたけど今なら…
「はい。ハナ様の悩みが少しでも癒されれば嬉しいです」
…ですね。
告白タイムより今は小箱の行方を探す方が先決ですよね!
キラキラとした光景を目にしながら考える…が、そんなすぐに解決策が見つかるはずなくて。
どうしたらいいかな。
黙ってるわけにはいかない。あれは凄く、大事なものだから。
トストン王の気持ちを蔑ろにしたくない。
「…ラスナグ」
「はい」
「暫く旅に出ます」
「はい?」
馬を借りて走れば今日中にはあの山小屋に辿り着ける!馬なんか乗った事ないけどなんとかなるよ!多分!
盗まれたとか前提に思ってたけど、もしかしたらただ落としただけかもしれない。犯人が迂闊にも落としているかもしれない。ともかく山小屋付近を徹底的に捜索するのは有りでしょう。やれることはやる。よし決定!
「ハナ様、お待ちくださいっ何処へ?!」
「山小屋に。私、あそこに忘れ物しちゃったっぽいの。ごめんラスナグ、陛下達にはよろしく伝えておいて…」
ね。と言い切る前に腕を掴まれた。そのままグイッと引かれて私の体が180度回転する。
真剣な眼差しが私を貫いた。
「今から急いで向かったとしても、夜中になります。失せ物を探すなど無理です。それに、ハナ様は馬を操れますか?馬車を借りるつもりですか?」
「ランプか何か持っていけば…馬も根性かなんかで…」
「ランプの灯し方を知っているんですか?それに馬は訓練なしにいきなり操れません。大怪我の元です。馬車も今のハナ様の状況では貸し出しされない。無理だと、分かっているでしょう?」
分かってるよ。
分かってるけど…!
「俺を使ってください」
「………へ?」
なんですと?
「俺はランプを使えますし、馬も乗れます。この国や隣国の地理も把握しています。野盜にも対処出来る。俺は貴女に忠誠を誓いました。ですからどうか…俺に行かせてくれませんか?」
真っ直ぐ向けられる青の瞳に、私を心配している意志が取れた。それに…騎士として役に立ちたい願い。
確かにラスナグが言った通り私が行くよりも彼が一人で行った方が早いだろう。でも、
「え…と。でもまだ本当に落としたかどうかも分かってないし、私事でラスナグに迷惑をかけるわけには」
「迷惑などと考えてません。俺から行くと告げたんです。それに…あんな危険な場所に、貴女を行かすとでも?」
「で、でもっ」
「俺が行きます。ですからハナ様は…カレーを作り、我が国を救ってください」
クスリと、困ったように笑ってラスナグは私との出会いのシーンの言葉を口にした。
続けようとした会話を閉ざす。一度だけ瞼を伏せるようにしてから私は思いっきり両腕を伸ばして、
彼の首ったまに抱きついた。
「ごめん、ラスナグ……お願いっ」
「はい」
彼は甘えてほしいって言ってた。私の甘えはとても身勝手だし、面倒なのに。本当に嬉しそうに返事をされたら、これが正解だと思うしかない。
しかし…背が高いな青年よ。つま先立ちは正直キツイわ。背中に腕を回して支えてくれてなきゃ無理だった。今度からは腰に抱きつこう。
どさくさに紛れて抱きついたが拒絶されなくて一安心。探し物はなんですか、と何処かの歌詞のような問いかけに腕を降ろして手と手を小さく広げて箱の大きさを表してみる。
「このくらいの大きさの紺色の小箱なの。中身は装飾品。浚われた時に落としたか小屋の中に落ちてるか…もしくはそこにも無いかもしれない」
「はい」
「見つからなかったり、何か危ないことになったら戻ってきて。私は明日の夕方くらいにカレーを作り終わる予定。だから、それまでには帰ってきて」
「はい」
「我が儘言って、ごめん」
「俺が望んだことです。叶えてくださってありがとうございます」
未だに腰を支えていた腕が上がる。頬に手が触れて、そのまま上にいって額にかかる髪を払われた。
そこに唇が落ちてくる。いつかの手の甲の口付けのように、神聖なものを感じ素直に受け止めた。
そしてそのまま踵を返すと彼は部屋を出ていく。もう発つのだろう。
私の騎士、か。
恋人じゃなくて?
彼の気持ちは恋愛じゃなくて敬愛だろうか。複雑な想いに私は額に指で触れる。
熱はないはずなのに、酷く熱く感じた。
ラスナグとは別行動。小箱は見つかるでしょうか。