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騎士が全てを捧げた話






 結局彼女の居場所が判明するのに三時間という長い時間が経過してしまった。



 魔力を遮断する結界を張られているようだった。魔術長でもあるアスナの魔力を防ぐともなれば、相当の使い手だろう。トストンの兵士にいた魔術師や神官にも手伝ってもらい居場所が分かった。しかし魔石であるピアスを彼女から外した可能性はない。結界を張るとなればそういう事。


 罠という可能性が高い。しかし躊躇はなかった。場所が判明した瞬間、俺は駆け出していた。

 引き留めるようなアスナの声やトストン王の声が背中にかかっというのに止まれない。




 ハナ様。

 貴女が俺を変えました。俺の世界を変えてくれました。


 ハナ様。

 正直騎士である事に苦痛を感じるようになっていました。でも、まだ騎士でありたいと願う自分もいたんです。


 ハナ様。

 貴女の言葉が、心が、救ってくれた。騎士の誇りも、俺の気持ちも。だから…




 無事で。




 アスナの告げた場所は襲撃を受けた場所から遠くない所にあった。人気のない山小屋が目に入り、そこでようやく俺にも魔石の気配が感じられるようになる。入ろうとした時、足元にカチリと不思議な音が鳴り咄嗟に横へと転がった。







 ドオォオンッ!!







 激しい爆音と爆風に襲われる。しかし気付いて転がったのが幸いし怪我はない。即座に身を起こし周りを確認した。魔術を使われた気配はなかった。何かを踏んだ感覚もあった…トラップか何かだろう。

小屋の中を確認しなければ。



 早く、早く、早く!




「ラスナグ!待てっ!」




 駆け出そうとした所で肩に手がかかる。反射的に剣を引き抜き振りかざすが、相手がアスナだと分かり踏みとどまる。なんで止める。




「邪魔するな!」


「そのまま駆け付けても張られた罠にかかるだけだ。今場所を判明させる。もう一度言うぞ?待て。ハナにだって危険が及ぶ可能性があるんだ」




 冷静な彼の言葉で頭が一瞬にして冷えた。そうだ、こういう場面でこそ冷静でなければならないのに。




「…悪い」


「…ハナは確実にあの小屋にいる。魔石の傍にあいつの気配があるからな。この距離なら正確なはずだ。敵はいないと思うが…用心はしておけ。俺がここ一帯にある罠をわざと発動させる。小屋の方には一切被害を出さないようにするから、中は頼んだ」


「ああ」




 真っ直ぐ向けられた深紅の瞳に感謝しながら頷く。剣を構えた所で低くアスナが呪文を唱えた。





「火の精霊よ、我が障害と成すものを排除し道を成さん」





 言霊が精霊を揺るがす。アスナの力強い魔力が空気充に広がるのが肌で分かりピリピリした。流石…と感心した瞬間、小屋の周りの地面が大規模な爆発を起こす。

 しかし小屋には一切火が飛ばない。そして、目の前に切り広げられる道が。




「行けっ!」




 駆け抜ける。

 真っ直ぐ障害物のない道は簡単に通過出来た。その勢いで扉を蹴破る。


 奥に、人の気配があった。






「ハナ様っ!!」






 返事が欲しい。

 ここにいると、彼女の声が聞きたかった。


 声を出すのは危険な行為。だが無事を確認したいという考えが強かった。

 二つ目の扉を破り藁の敷かれた部屋へと辿り着く。その隅に――…




「ハナ様っ?!」


「ふっぐぅ!」




 藁に埋もれるように身を潜めていたハナ様がいた。両手両足を縛られ猿轡までされている。慌てて駆け寄れば、特に衰弱された様子も暴行された様子もなかった。その事に酷く安堵し、体が震える。



 ああ…俺はこの人を失う所だった。



 苦しそうに何かを言いかける彼女の口元に手を伸ばし、猿轡を外す。赤くなってしまった口から伸びた唾液を指で切れば、今度は顔を赤くされた。




「ご、ごめっ」


「無事で……無事で…っ良かった!!」




 慌てる彼女を抱き締める。暖かい。確かにここにいる。俺の腕の中に、彼女は存在する。

 ああ駄目だ。もう無理だ。この気持ちは動きようがない。



 ハナ様が好きだ。大切で大切で仕方ない。





「なんでラスナグは…そんなにも私を大事にしてくれるの?」





 腕の中の小さな少女は分からないと俺を見上げてくる。その黒い瞳には様々な感情が浮かんでいた。

 不安、希望…好意を表してくれる。だから、俺の返事を怖がっている。


 大丈夫。大丈夫です。貴女の不安は取り除きます。貴女は俺を救ってくれた。それだけの価値が俺の中にある。




 好きです。

 好きですハナ様。






「貴女が、貴女だけが…俺の欲しかった言葉をくれたんですよ」






 愛しています。


 不思議そうにしている彼女に微笑みながら足の縄をほどく。少しだけ赤くなっていたが、傷にはならなそうだ。手に目をやり息を飲む。縛られている手首から血が流れ出ていた。

 丁寧に縄を外し、見れば何かに無理矢理押し付け縄を千切ろうとした形跡がみて取れた。擦りきれた肌が痛々しい。綺麗な傷口でもないから、血も所々から滲み出ていた。




「…ごめん。解けるかなーと思って頑張ったんだけど、酷くするだけで終わっちゃったんだ」




 俺が情けない顔をしていたせいだろう。素直に謝り経緯を話す。彼女は自分が悪いと判断したら潔く謝る人だ。それが長所だと分かっているが…苦笑いしか溢せない。




「この怪我はハナ様のせいではありませんよ。浚った者が悪いんです」


「そうだ!王様大丈夫だった?あと、ラスナグやアスナ、フィノアも怪我してない?」




 慌てたように聞いてくる。何故自分の状況より他人が先なのか。これは短所とも言えるだろうに…愛しさが募る。俺も末期だ。




「大丈夫です。俺達もトストン王も…他の者も酷い怪我は負っていません。賊も捕まえる事が出来ました」




 ハナ様を浚った者以外は。しかし小屋にはいないようだ。あの仕掛けから見て魔術師である上腕も確かだろう。何故浚った彼女をこの小屋に放置したのか。相手の意図が見えない。早急に調べる必要があるだろう。

 それなのに誰も酷い怪我を負っていないことに安心したのか、彼女はホッとしたように表情を緩め、続いて気の抜けたような笑みを向けてきた。





「ラスナグ。助けにきてくれて、ありがとう」





 …ハナ様の手は小さく、細い。掬い上げるように両手を俺の手に乗せて口元に寄せた。




「…水の精霊よ。我に力を貸し与えたまえ…」




 自分の魔力を守護している精霊へと送る。光と共に彼女の腕へと吸い込まれた。傷は綺麗に消えたようだ。酷い怪我ではないらしい。そのまま、ゆっくりと手に唇で触れる。

 ビクリと彼女が震えたのは分かったが、止めはしない。まだ乾いていない血を丁寧に舌で拭っていく。残さないように皺の隙間も一つ一つ。彼女の血も全て、大地にくれてやるには勿体なく、甘く感じた。




「ら、ラスナグっ?!」




 動揺したように彼女の手が引かれそうになるが、力でそれを留め続ける。全て舐め終えた頃には手まで真っ赤に染めたハナ様がいた。




「ハナ様」




 誓おう。


 見も心も、国でも陛下にでもなく、貴女に。








「我、ラスナグ=シャルフは貴女を主とし、生涯守り抜くと命と騎士の誇りをかけて誓う。もう危険な目には合わせません。ですから…傍に置いてください」








 この世界にいる間は。


 貴女を愛する事を許してほしい。






これでラスナグ視点は終了です。

好き好き攻撃を一身に受ける彼女。頑張れ!(イイ笑顔)

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