女神と出逢った騎士の話
「魔術、なんて摩訶不思議なもんもないねぇ。戦いに必要なのは我慢と根性だよ」
女神と呼ばれた少女は、いつも胸に突き刺さるような言葉をくれた。
陛下の意向で異世界召喚という大それた魔術を行う事が決まり、騎士になる前からの知り合いであるアスナが主任となって実行された。
そのせいか、召喚時の代表として彼に引っ張りこまれた。言葉は交わせるということなので、相手を怒らせないよう会話をする。交渉まで持ち込むのが仕事だが、こちらに危害を与えるようなものだったら処分しなければならない。万が一の為に陛下には別室で待機してもらっているが、城内で暴れられては困る。
現れたのは一人の少女だった。
何色にも染まらないアスナに似た黒髪に、この世界には見られない漆黒の瞳。精霊の加護を受けていない、異世界のものだとすぐ理解出来た。
どちらかといえば可愛らしい少女は我々と変わらなく見える。変わった衣装に変わった盾を持ち、召喚された瞬間は驚いた表情を見せた。だがすぐ状況を理解した様子で自分の立場が上だと確信しながら言葉を紡ぎだした事に驚く。
ああそうか。力があると知った人間は、やはり下位の者を見下すのか。
とりあえず己の仕事を思い出し交渉してみる。するとアッサリ彼女は承諾し、アッサリと仮面を脱ぎ捨てた。自分は庶民だから畏まらなくていいと、まだ敬う姿勢を見せている俺に簡単に。
成り上がりの貴族でさえ、見下すのは早かった。異世界の者は考え方が違うのかもしれない。
アスナと口論したり、この世界の知識を求めたりコロコロ変わる表情は見ていて面白かった。気付けば自分から彼女の世話を焼いている始末。
どうしようもなく惹かれた。
彼女の、ハナ様の言葉や行動一つ一つに。
「人が困ってたら、何とかしたいと思うじゃない」
そうやって、俺の肯定してしまった答えを覆す。どれだけ嬉しかったか。
ただ一人だけでも、異世界人であろうと、間違いなく俺は救われたのだ。
ああ団長、見つけた。見つけました。心の底から思う。俺は彼女を守りたい。
彼女の、騎士になりたい。
帰ってしまう方だというのに、強く願ってしまう。
願いが思わず言葉になって、隣国へ発つ彼女に告げてしまった。真っ赤な顔で待ってほしいと返され顔が綻ぶ。
はい、大丈夫です。追いかけますから。
待つのは構わない。側にはいたい。タマネギの話が持ち込まれた時に嬉々として自分が行くと立候補してしまった。意味深な笑みを浮かべた女王陛下が少し怖い。
着いてみれば、彼女の耳に光るもの。アスナの魔石のピアスだった。
彼女の行動はなかなか把握しにくい。トラブルに巻き込まれる可能性も十分にある。居場所を感知出来る魔石を含んだ装飾品を贈ってはどうだろうか、とアスナに提案したのは俺だった。魔力の低い自分には感知は出来ても場所を特定出来る範囲が狭い。魔術長であるアスナなら、素早く対応が出来る。それに…まだ俺だけの贈り物は受け取って貰えないと思ったから。
しかし数日ぶりに会った彼女はアスナの魔石だけを身に付けていた。その事実にショックを受ける。
同時に黒い感情も。
何故?どうして。アスナは受け入れても、俺は駄目なのか。すぐさま俺の魔石の方も身に付けて貰えたが、気分は晴れなかった。
ハナ様は…アスナのことが好きなのだろうか?
その時身を包んだのは独占欲と嫉妬だった。愕然とする。自分は主として彼女を気に入っているだけではない。女性として…好きなのだ。
忠誠心と恋心。胸を占める二つの感情は両方とも確実に存在するものだった。これは、二つも持っていてもいいものだろうか?不誠実ではないだろうか。
モヤモヤしている時にかつての部下だったフィノアが噛みついてきた。俺がハナ様の側にいるのが気に入らないらしい。
相変わらずの男嫌いだ。ミアの下につかせた事で拍車がかかってしまったのは俺の落ち度。ミアの婚約も決まり、あの事件があったせいでフィノアは心を痛め騎士団を辞めた。まだ引きずっているんだろう。勘違いである怨みを受けながら、なんとも言えない気分になった。ハナ様が俺の事を嫌いだと決めつけられても、反論出来なかった。
でもそれを真っ向から否定してくれたのは本人で。
「私の気持ちは私が決める」
ハッキリと告げた答え。
それは…少なからずも自惚れてもいいものだろうか?フィノアとの関係を疑われたのは辛かったが、それも誤解だと解ければその目を己に向けてくれる?
語ってくれている。彼女の気持ちが瞳から伝わってくる。
嬉しい。凄く嬉しい。一人の騎士として、男として、幸せだと思える。顔が赤くなるのが止められない。睨み付けてくるフィノアや呆れた顔を向けてくるアスナには見逃してほしいと思う。
だから油断した…言い訳にしかならないけれど。
守ると心から誓ったのにも関わらず、彼女が浚われたのだ。トストン王の馬車が襲撃され、その事件性を重視した彼女に頼まれ兵に加勢した。敵は均一の取れた行動で、更に魔術師を二人以上連れていたのでアスナも駆り出された。ハナ様の護衛が薄くなるのが懸念だったが、フィノアがいるので大丈夫かと判断する。彼女の優秀な魔術は騎士団にいた頃に知っている。
間もなく全員取り押さえられた賊は雇われただけだと主張した。王族の馬車など知らなかったと喚く彼らを兵士が本国へ送る準備をしている。厳しい取り調べがされるだろうが、同情はしない。彼らの言葉が嘘であれ本当であれ王の命が危険に曝されたのは事実なのだから。
「隊長っ!!」
悲鳴のように昔呼ばれていたような名で声がかかる。彼女が、フィノアがそんな声を自分にかけるのは珍しい。混乱しているようで、隊長と呼ばれた。
振り返れば真っ青な顔で馬車の前に立っている。まさか…?!
慌てて走って馬車を覗き込めばそこには誰もいない。ただ窓が外されているだけだ。
「ハナ様はっ?!」
「賊が…近くに来たので排除にわたしが出て…終わって戻ったらハナ様の姿がないんですっ」
泣きそうに経緯を語られ舌打ちをする。彼女は意外と冷静に物事を判断する人だ。戦闘中に馬車から降りるのは有り得ない。それに、外側から外された窓が起きた現実を知らしめた。
「狙いは…彼女か!」
何故傍を離れてしまったのか。隣国であれ王を守るのは騎士としての仕事だが、己の誓いを破るとは…!
女神と喚んだ異世界人。その知識は誰もが欲しがるもの。危険は常にあったというのに。
「アスナっ!」
「どうした」
声をかければ異変に気付いたのだろう。即座に反応してくれた彼に感謝しながら走り寄り告げる。
「魔石の気配を追ってくれ。ハナ様がいない」
「…っ分かった」
アスナは低く呪文を唱え集中するように目を閉ざす。俺よりも早く正確に出来るだろう。微かな気配さえない、彼女の行方を。
…無事で。
どうか無事でいてくれ…っ!
引き裂かれるような痛みが全身を支配する。
ただただ祈るしかない自分が無力で仕方なかった。
ラスナグ視点第二段。長くなってしまったので分けました。
次回で彼視点最後です。読んでくださりありがとうございます!