騎士になった男の話
俺、ラスナグ=シャルフが騎士団に入団したのは僅か十ニ歳のことだった。
貴族でもない平民の出である俺が入団試験を受けられたのは、ほぼ偶然と奇跡があったからだ。
通っていた学校で成績もよく、剣術も人一倍出来が良かった。あくまでも学校内のことであり、自身がよく理解していたので威張り散らす事は無かったが、己の限界を目指すようで挑戦することが楽しかった。
そんなある日、両親が剣術を学ぶなら騎士団の訓練を見るといいと連れ出してくれた。騎士団の訓練は十日に一度一般公開される。この国を支える騎士の姿を見てもらう為だ。
講師である教員や同級生の剣捌きしか見たことのない俺には、革命だった。
力強い振り、素早い身のこなし、統一感のある行進、迫力ある切り合い。
惹かれ憧れていくのに時間はかからなかった。訓練を終えた騎士達は、子供に慣れた様子で剣術を教えていく。勿論それに参加し、打ち合ってくれたのは当時第二騎士団隊長であったティマ=マルサードだった。
「よろしくお願いしますっ!」
「ああ…打ってこい」
渡されていた木刀を強く握りしめ誘われるがまま打ち出した。己の力を全て出しきっても、彼の剣は揺るがない。手も足も出ない状態で感じたのは、歓喜。
強い、強い人。校内や近所では一の剣士などと言われていたが、国の剣豪となるとこうも容易く負ける。限界は、ないんだ。そう思えたのが嬉しくて嬉しくて。
気付けば問いかけていた。
「何故そんなに強いんですか?」
打ち合いの途中。息も絶え絶えに溢した言葉はしっかりと拾って貰えたらしい。騎士はやはり揺るがぬ瞳で答えてみせる。
「守るものがあるからだ」
騎士になりたい。
強く強く願った。守りたいものはまだ漠然としたものだったし、国は好きだが忠誠心があるとは思えなかった。けれど、自分の理想がそこにあると信じたから。
「…騎士になりたいか?」
「はいっ!」
だからその問い掛けに迷うことなく答えた。すると彼は小さく笑って…
「いい返事だ」
手を差し伸べてくれた。
彼の推薦により突如騎士団に入隊する事が決定した。魔力は生まれつきない方だったが、水の守護持ちだった為咎められることはなかった。騎士団では魔力が強い者も優遇される。低くても入団出来るのは貴族くらいだろう。
ティマ=マルサードは魔力も強かったが、剣術だけでも本当に強かった。入団後彼の直属の部下となり稽古をつけてもらえる機会に恵まれていたが、一度も勝つことが出来ていない。
それでも良かった。騎士団に入団して色々学んだ。女王の素晴らしさも、国の特性も。普通に暮らしていては気付けなかった素晴らしいもの。
同時に、醜いものも知った。
「いくら強くとも、庶民は庶民。貴族に恥をかかせるなんて、騎士団とは名ばかりね」
いつかの練習試合。俺の対戦相手は位の高い貴族の息子だった。年上で鼻にかけた相手だったが、特に腕が立つわけでもない。正直、格下だった。
手を抜かず戦うのが練習試合の礼儀。稽古とは違い全力で相手をした所、数分も持たなかった。
そうして、彼の親が見下して話しかけてきたのだ。何故、練習試合で身分の差を咎められるのか。騎士団を馬鹿にするのか。
思わずそう反論したら、懲罰房へ連れていかれた。すぐに異変に気付いた隊長に救われたがショックは大きかった。
視野を広げれば見えてきた。身分差の暴力。これだけ温な国であっても存在する。陛下はご存知なのかと隊長に聞けば、把握していると。何故どうにかしないのかと言えば、貴族は貴族で役割があるとたしなまれた。
全員が全員そういった存在ではない。分かっていても、見えてくるものは耐え難いものだった。我が物顔で騎士団に指示する奴も、市民を蔑ろにする奴も、守らなければならないのか。
俺がそんな考えに捕らわれている時、隊長が団長に昇進となった。空いた隊長の席には、何故か俺が収まる事になる。ただでさえ国への忠誠心が折れそうな自分には荷が重い。辞退を申し入れたが受け入れて貰えなかった。
「実力で現在お前に勝る剣士はいない。それに…まだ見つかってはいないだろう?」
隊長の言葉は当時意味が分からなかった。見つかる、とは何を指しているのか。
モヤモヤとする中、一年に一度は訪れる魔物の繁殖期がやってきた。普段大人しく森奥にいる魔物も活発化し気性が荒くなる。数を減らす為にも町に来させない為にも騎士団の派遣は例年のことだった。
俺の意向で部下は殆ど平民の出ばかりだ。だが、全員では無理がある。団長の薦めで何人か団員は貴族だ。薦めなだけあって、話せば理解出来る人柄なもの達ばかりだった。
中でも珍しい女騎士であるミア=ラゴナッティは貴族だが、実力主義の真面目な性格で好感が持てた。魔力はないが剣の使い手としては男に負けない腕前。仕事のフォローも自然としてくれる。副官にするのも時間はかからなかった。
魔物狩りを開始する直前に押し付けられた貴族の娘の部下は見ないようにしていた貴族そのものの性格で、忙しさと苦手意識で副官に指導と言って部下として彼女の下につけた。…のちに後悔したが。
穏やかな国であっても魔物との戦いは壮絶なものだった。毎年、騎士団や森に近い住民で亡くなる者も多い。俺自身も傷だらけになりながら、動かなくなった部下達を弔った。
陛下からは労りの言葉を頂いたが、やはり貴族からは嘲りと侮蔑の目を向けられた。
よく見れば貴族出の騎士には真新しいままの鎧で式典に立っている。討伐に参加しなかった騎士も、多かったのだ。平民以外の騎士では。
服がボロボロで汚く見苦しいと。
――…当然だ、戦場から帰城したのだから。
守るのは当然、死んだもの達は身分がないのだから仕方ないと。
――…戦場を見たことのない奴が何を言う。死んでいい人などいなかった。
野蛮な立ち振舞い、これだから……。
――…続けられる言葉に慣れた。慣れてしまった。
国は好きだ。けれど、俺はこんな者達を守るために騎士になったわけじゃない。
モヤモヤとした気持ちを抱えつつ、表面だけは取り繕う事を覚えたある日。
出会ったんだ。
真っ直ぐと、黒い瞳を向ける少女に。
ラグナスの過去話。の、少しの部分。アスナと出会ったり部下と交流したりと辛いだけではなかった。けれど身分の壁がどうしても許せなかった。そんな彼の話です。もうちょっと続きます。