男心と学習能力
トントントントン
リズムよく刻む音が響く。まぁ切るぐらいならトチらない。独り暮らし長いからね。料理は得意とは言い難いけど。
タマネギを刻んでいる私の背後には真剣な眼差しを向ける観客の皆様。正直とてもやりづらい。皮剥き始めてからもなんちゅーか…悲鳴を呑み込んだ顔だったしねぇ。
タマネギは美味しい。血液もサラサラにしてくれる。有難い食材なのだよ諸君。特に今のところ私の世界のものと違いはない。
うん、だからちゃんと目に染みるんだよねぇ。
「う~…」
順調に刻みながら涙が滲んでくる。いくら我慢しても出てくるものは止められない。人によっては染みない人もいるらしいけど、私は普通に痛い。しみ、しみる…いたたた。
目をシバシバさせていると涙が一粒落ちた。おっと、タマネギの上にかかる。避けるようにしていると包丁を持っている手を掴まれ強く引かれた。あ、危なぁ?!
「ちょ、ちょっと何す」
「もう止めろ」
は?てか何すんですか。本気で危ないっての。
真剣な顔で言ってくるアスナに眉を潜める。止めろって…他のみんなもいい顔はしていない。泣いちゃってる私が原因か。呪いじゃなくて成分だってば。
「止めるんだ。お前が泣く姿は…もう見たくないんだ」
驚いた。私が泣いてたこと、アスナにとってまだ辛いことだったらしい。真剣な顔は辛そうな顔に変わる。別に今は悲しくて泣いてるわけじゃないのに…なに責任感じちゃってるんだか。
自然と、微笑んだ。
「ありがと。アスナってなんだかんだで、優しいよねぇ」
言葉や行動が乱暴だったりするけど、優しい。私のこと考えてくれてる。
今なら分かるよ。
赤い瞳が丸くなる。瞬間、アスナの顔も赤に染まった。照れたのか。
「な、なにを…」
「やっさしーい、アスナってばぁ」
「からかうな!」
「ま、待った待った!悪かったから手を離して!」
照れ隠しに掴んだままの手を振り回さないで!まだ包丁持ってんだから!
あわや大惨事の所でラスナグが乱入。アスナの手を押さえて止めてくれた。ありがとう。
「アスナ、落ち着け」
「わ、悪い…」
「ハナ様も。刃物を持っている時にからかってはいけません」
「いや、本音を言っただけだからからかったわけじゃないよ?」
まぁ少し後半ふざけたけど。優しいと思ったのは事実だから。
はて。アスナは明後日の方向を向きラスナグはため息を大きく吐いた。
「成る程成る程。女神は男心を捉えるのに長けているんですね」
「ハナ様。そんな無防備ではいけません!」
サイシャは頷きフィノアは怒る。えー…そんなグッとくる言葉吐いたか?割りと普通の誉め言葉でしょうに。納得いかない…。
とりあえず料理を再開するということで。皆にはまた奥に引っ込んで貰う。手伝おうとする申し出はあったけど、そう手の込んだ料理でもないしまだタマネギの不信感が募る皆には遠慮してもらった。
輪切りにしたタマネギに塩コショウを振り撒き小麦粉をつける。とき卵に浸してパン粉をつけて…いざ油へダイブ!!
そう、オニオンリングの出来上がり!!
タマネギ単独で簡単に出来そうなのがこれしか浮かばなかったよ…そもそも凝った料理は作れないからね、うん。油に注意しながら狐色になったリングを取り出す。美味しそうだ…一つ味見。
「あふっはふっ」
熱い衣を噛めばジュワリとしたタマネギの身が出てくる。この世界特有の甘味が強いが、私の世界とほぼ変わらない味。うん、美味しい!
「安易にすぐ食べては、危険を伴いますよ?」
一人感動していると、背後から手が伸びてきた。サイシャはその細い指でオニオンリングを一つ掴むと側にいる兵士に渡した。悠長なく口に含む兵士さんはどうやら毒味役に呼ばれていたらしい。もう私食べたし平気でしょ。こっちの世界の人と中身が一緒ならだけど。
食べている兵士は一瞬だけ意外そうな顔を見せたけど、後はよく噛み締めるようにして味わいサイシャに頷いてみせた。
「問題ないようですね。しかし衣をつけて揚げるだけとは…」
「シンプルだから味が分かりやすいと思って。サラダだと辛いし、こっちの方がいいっしょ」
「辛い…?」
ああ、辛いはない世界だったね。
でもカレーの辛さとタマネギの辛さはまた違う気がしてどう説明していいか分からない。しかも新玉よりこのタマネギ甘いし。サラダにしても辛みは少ないかも。
「慣れない味よりいいかなって。タマネギは火を通すと甘くなるんだよ。さぁさぁ食べて!」
美味しいよ?と差し出せば、ポテチを以前前にしたミアさんと同じ反応をした人がチラホラ。最初に手を伸ばしたのは、やっぱりラスナグ。
「…すいません」
呟かれた謝罪に何のことか一瞬分からなかったが、毒味役の兵士に目を走らせた彼の様子に理解する。
「うん、分かってるよ」
多分最初に食べたかったんだろうけど、ここは他国。毒味をする前提のような調理で相手が慎重になるならそれを尊重しないとダメだしね。毒味役を最初に出させるのを止めるのは、失礼なことになる。私の推測でしかないけど。
謝らなくてもいーよ、と笑えば彼はやっぱり蕩けるような笑みを……心臓に悪いです。
何故かその間にもう食べているアスナが「悪くない味だな」と評価してくれた。
「このような味が出るんですね…野菜スープに加えても美味しそうです」
「うん、スープ類には凄く合うよ。今度お試しあれ」
フィノアも恐る恐る口にしたが、好みの味だったのかパクパクと食べている。熱いの大丈夫なのかな。
「サイシャも食べなよ。冷めたらタマネギの水分が出ちゃってベタベタになるからさ」
はいよと少しだけ冷めたものを爪楊枝らしきもので刺して渡す。が、受け取らない。ニコニコといつも通りの笑みを浮かべるだけ。
あの…ここまできて食べないって選択肢はないですよね?
「食べないわけ?」
「頂きますよ。…少し、猫舌なので」
冷めるの待ってたってか?さっきは躊躇なく掴んでたくせに。
でも次の瞬間浮かべた笑みは嫌な予感をさせるものだった。なんかデジャブ!
咄嗟に引こうとした手は大きな手に覆われ固定される。そのままの状態をキープされ、彼の顔が近付いた。
しかしだ。
同じ手は…受けん!!
私は素早く揚げたてのオニオンリングをもう一本持っていた楊枝にザクリと刺して、反対の手でそれをサイシャの口に押し付けた。
「っ!」
「美味しい?」
はっはー熱そうだな!
ビクリと体を揺らし離れる彼は唇を手で覆いながら苦笑いを浮かべているっぽい。ふふん、乙女に不埒なことをするからだ。
「…手厳しいですね」
「散々好き勝手されたからね。学習します。はい、ちゃんと食べて安全なものだって理解して。それで食材として普及させてよ。トストンが流行れば他国も食べるでしょ?」
交易が盛んなら色んな人の耳に入るはず。んな悪魔なんて説笑い飛ばしてよく食べるべし!
美味しいものは共有したいからね。あと様々な調理法が生まれることを希望します。甘くない料理とか甘くない料理とか。切実に。
「ハナ様は、色々な視野で物事を考えていますね」
「へ?タマネギは美味しいって事言ってるだけだよ?」
「…そうですね」
さりげなくサイシャから距離を取らせるように引き寄せたラスナグが囁く。色々な視野でってどういう事だろ?
まぁいいか。ともかくタマネギもクリアだね。
後は本番。カレー作りだ。
サイシャの悪戯は不発(笑)カレー材料揃いました!バカップル計画、乗り出します!