ピアスと涙
何でこんなところにサイシャが?
驚いて目を瞬けば、まだ溜まっていた涙が頬を伝う。げっ、私泣いてたんだった!
この年になって子供のように泣く姿を見られるとは…!恥ずかしいというよりも罰ゲームに近い。掴まれていない腕の袖口でグイグイ涙を拭うと、その腕までも掴まれた。
「擦ると、赤くなってしまいますよ」
そして顔を覗き込まれる。うっぎゃー!止めて!若干鼻水出てるし涙でグチャグチャな顔なんて美人しか許されない特権でしょうが!自分より整った顔の男にじっくり見られるなんて何の拷問?!
「苛められたんですか?」
「ち、ちがっ」
「では何故…泣いていたんです?」
ゆっくりと手を外されて涙を拭われる。意外にも優しい感触に抵抗が止まった。
何で泣いてたって…アスナに信用されてなくって悔しくて泣いてた?
……………。
あ、凄く勢いで大嫌いとか言って飛び出してきたけど今冷静になると物凄く恥ずかしい。
そりゃそうだー!今まで国の為に生きてきた人がポッと出た奴を信用するなんて無茶な話だろー!いや、そりゃ、一緒に過ごしたことで少しは信用してくれたかなーとは思ったけど…。
うん、アスナの言い方も悪い。ありゃカチンとくるって。私の対応も売り言葉に買い言葉だったけど…泣くほど、ショックだったんだろうか。
「……人の存在を無視して物思いに耽るのは失礼だと思いませんか?」
「っは?!」
そうでした!今完全にサイシャの存在スルーしてた!
慌てて距離を取ると頭を深くふかーく下げる。
「ごっごめん!人の城来ていきなり泣くなって話よね!いやこれは虐めなんて残虐性あるものじゃなく勝手な感情の高ぶりのものであって!」
「おや、リヒル殿を庇うんですか?優しいですね」
「庇うとかそんなんじゃ…って、私アスナのこと言ったっけ?」
リヒルってアスナのことだよね?名前なんて一つも挙げてないはずだけども?
首を傾げた私に彼は笑って手を翳した。その長い指先に吊るされているのは赤いピアス。い、いつの間に取ったんだ…。
「これはリヒル殿の魔石ですね?」
「そうだけど…分かるの?」
「これだけ強い火の魔石を作れるのは彼くらいですし…纏う力が酷似していますからね。私も魔術はたしなみ程度に出来ますので判別くらいなら」
ニコリと説明してくれた。魔力は一人一人違うって言ってたもんなぁ。アスナも魔術長なんだし、一般とはまた違う魔力なんだろう。
サイシャも魔力強いんだろうなぁ目の色濃いし。私は一人納得してピアスを返してもらおうと手を伸ばし――…
「………」
「………」
宙を掻いた。何で避けるの?
身長差を強調するようにピアスを持った手を高く持ち上げてしまう。届くはずないでしょーが!
「ちょ!サイシャが苛めっ子になってどうすんの!」
「おや、返してほしいんですか?捨てようとしていたのに?」
「止めたのもサイシャでしょ?!いいから返してよ」
「もう一つなら、貴女の手の中にあるでしょう?」
確かにラスナグのならまだ私の手の中にある。だからってアスナのあげていいってわけでもない!だからさっきのは感情の爆発であって決して手放したいと思ったわけじゃないのだ。
「返して!」
飛び付くようにして手を伸ばす。瞬間相手が笑った気がして、嫌な予感に後悔しても後の祭り。
腰に腕を回され引き寄せられる。固い胸板にベシリと顔面がぶつかって痛い。ときめくより先に痛い。伸ばした手は案の定届いてなくて、虚しく宙を掴んでいる。
しかし相手が私を引き寄せた事によってあたかも抱き合っているかのような体勢になってしまった。
サイシャの行動の意味が理解出来ず、ピアスに意識を向けていた私は気付かなかった。
まさか第三者がいるなんて。
「おや、覗き見なんて失礼ですよ?」
「へ?」
何の話?
痛い鼻をを押さえながら顔だけ動かして背後を見る。広い広い庭。その先に――…アスナの姿。
アスナの姿ぁ?!
「アス…げふぉ?!」
「見ての通り、今取り込み中です。遠慮して頂けますか?」
慌てて離れようとしたら腰に回っていた腕の力が倍になった。お腹が圧迫して変な声が出たんですけどっ!苦しい!
そしてなんて言葉を吐くんだサイシャ!それじゃあコソコソ私達が逢い引きしてたみたいじゃないか。
違う!と叫びたいのに腹の圧迫感と胸板の痛みに言葉が出ない。止めてくれぇ更なる泥沼劇なんて望んじゃいない。
「…それは失礼した」
「おや?素直ですね」
「そいつが誰と付き合おうと関係ないので。宰相殿、というのは意外でしたが…」
そう言いながら声が近づいてくる。私は顔を動かす事が出来ないので気配だけで判断してるわけだけど…ま、まずい。さっき癇癪のように飛び出してきた身としてはなるべくアスナの怒りゲージは下げておきたい。
私が国を跨ぐうんねんの話が現実になったような展開では本気で怒られる。いや、怒られるのはまだいい。見限られたりでもしたら…したら…
私うちに帰れないじゃん!
他に還せる人いるかもだけど安全圏でいたい。とりあえず私を召喚したアスナなら無事帰還させてくれるだろう。そんな命運握ってる相手を好きで怒らせたくなんてない。大嫌い発言は、まぁ、勢いということで。
「付き合うのは自由でも、取り込むのは止めて頂きたい」
「わっ?!」
すぐ傍で声が聞こえたと思った瞬間強く引き寄せられる。視界には少しだけ驚いた表情のサイシャ。私の腹には違う人の腕が巻き付いている。背中に感じる熱は、一人しかいない。
アスナ?
「彼女は我々レナーガルの客人であり、保護下にある。勝手をされては困るのです」
見上げた彼はただ真実を告げるように深紅の瞳をサイシャに向けている。抱いている腕が意外に強くて、私は目を瞬いた。
こ…れは…庇われてる?
「っは?!ち、ちが、アスナ違う!私は別にサイシャと付き合ってない!」
「…照れ隠しなら、しなくていい」
「何でこの腹黒に照れなきゃならんのよ?!ただピアスを――…そうだピアス!!」
忘れてた!
慌ててサイシャに視線を向ければにこやかに見せつけられる赤いピアス。返せっつーに。
「何故宰相殿がピアスを持っているんだ?」
「盗られたの。返してって言っても返してくれないから揉み合いになってたのをアスナが見て誤解したんだってば」
誤解は解いておくに限る。納得してくれたのかアスナがサイシャへと近付く。ちょいと、私を離してからにしてもらえませんかね?
「戯れは過ぎると…こちらにも迷惑がくるので止めて頂きたい」
「おい、それって私のことだよね?」
「ふふふ。でしたら…これを捨てさせるほど、泣かせないでほしいですね」
今度は簡単に私の手に握らせてきた。返してくれるのはいいけど…余計なことを言ったよね?
捨てようとした事言ったよね?!マズイ、魔石ならぬ迷子札をポイ捨てしようとしてましたなんて一気に沸点だよ。なんてこと言ってくれるのかと睨み付ければ、サイシャはやっぱり笑みを見せた。イケメン爆発しろ。
「では、私はこれで」
そして素早く退散。本当、なんでここに来たんだろう…。消えていく背中を思わず見送っていると、腰の拘束が解かれた。そうでした、アスナの説教が待ってたね!
覚悟を決めて体ごと振り返った私は――…驚いた。
今まで見たことのないくらい、彼の眉間に皺が寄っている。そして、凄く苦悶な表情を浮かべていたから。
「泣いた……のか、お前は」
泥沼は回避(笑)次はアスナのターンです。
読んでくださりありがとうございます!