入った亀裂
「ようこそお越しくださいました、女神様。心より歓迎致します」
深々とお辞儀をされ、さぁどうぞと言わんばかりに道を開けられる。
やってきましたトストン王国。女王陛下に見送られ嬉々として着いてきたフィノアと嫌々連れてこられたアスナ。荷物も最小限にし、馬車に揺られて約二日。交易の盛んな国ってのは本当のようで馬車の行き交いが凄い。あと物が溢れている。いいなぁ買い物行きたい。レナーガルでの買い物も一回しか結局行けてなかったしね。
街中を抜けて真っ直ぐ城へ。私が来ることは知らせてあったので、丁寧に迎え入れられた。いやぁ…女神様呼びがナチュラル過ぎて泣きそうです。
最初に通されたのは謁見の間。お城の外見はレナーガルに比べて派手な印象を受けたけど、中はシンプルだった。騎士の正装が黒と白だったのと同じで場内もその色が溶け込んでいるようにシックに見せている。趣味いいな…。どっちかと言えばこっちの国のセンスのが好きかも私。
「よく来たな、異界の客人。我が国一同歓迎しよう」
「ありがとうございます、トストン王。暫くの間お世話になります」
堂々と王座に腰掛けているのは歓迎会で見たトストン王。これまたシックな黒と白を基調とした服が格好いい。ナイスなミドルですよ王様。女王陛下も素直になればいいのに。
そして王様の横にはサイシャの姿が。目が合うとニコリと微笑まれた。ふふ、その下が真っ黒だって私は知っているから騙されないぜ?
「本日は初日ともあり疲れただろう。部屋で休み、暇があれば町に出てみるといい。城内も大体の場所は好きに見ろ。例のものは明日用意する」
例のもの…カレーが記述されたものの話しかな?長旅ってほどの旅じゃなかったから疲れはないけど…アスナとフィノアも一緒だし、お言葉に甘えさせて貰おう。
彼らは特に王様に話すことはないらしく、私が二三口挨拶した所で部屋に案内される事になった。メイドさんに連れられて辿り着いたのは大きな客室。こっちも色が統一されてて落ち着く雰囲気だ。私が借りてる部屋と同じくらいの広さ。うーん…もうちょっと狭くてもいいんだけど…。
アスナ達も部屋を貰っている。私の部屋とちょっと離れてるけど、遠すぎる距離でもない微妙な場所に。何で隣同士にしてくれなかったんだろう?
まぁこうして私の部屋に集まってるから別にいいんだけどね。
「何故私がお前の連れとして隣国に来なければならないんだ」
人より先にフカフカソファーに腰掛けたアスナが文句を口にする。そうなのだ。案の定と言えば案の定だけども、一番トストンに来るのをごねたのはアスナだ。
鶴の一声ならぬ女王陛下の一声になんとか足を運んでくれたわけだが…私も言い慣れた理由を口にする。
「私が来てほしかったからって言ったじゃん」
「だから、何故私でなければならない?一応重役である私が国を抜けるのは普段なら有り得ないんだぞ?」
「陛下は簡単にオッケーくれたけど」
「ぐっ…」
アスナの尊敬して止まない女王陛下は貸し出しオッケーですかー?オッケー!みたいなノリでした。いや、実際はこんな会話じゃないけど。雰囲気としては合っている。
平和な国だし他国と争ってるわけじゃないから、簡単に許可が出たんだろーなぁ。ちなみに私がアスナを連れてきたしっかりした理由は面白そうだからデス。
あと国事情詳しい人連れてないとウッカリしちゃいけない約束とかしそうだしね。そこら辺王様といいサイシャといい油断出来ないからねぇ。
「今更グダグダ仰るのは男らしくありませんよ。それにハナ様に選ばれたんですから、名誉なことだと思います」
部屋に持ってきていた荷物をテキパキ出してくれているフィノアが呟く。凄いよね。必要最低限の荷物をって言ったら彼女即座に積めるもの積めて…ほぼ私の衣服なんだけど。何処にそんな収納出来るスペースがってくらいの量を持ってきちゃうんだし。
出発前で荷物整理を手伝おうとしたらやんわりと…セクハラめいたお断りを受けたので今も眺めるだけだ。でもなんか落ち着かないなぁ。
「これに選ばれたことが名誉になるか?厄介ごとを増やすだけだろう」
「失礼な。厄介ごとなんて起こしてないでしょ?」
「…………」
え。なんでそんな可哀想なものを見るような目を向けるの?ジャガイモだってニンジンだってカレーの為にやったことだし…まぁあの後ポテチとキャロットケーキを陛下に試食して貰うのは大変だったけど。ラスナグの説得でようやく陛下にまで行き届いたからねぇ。アスナの心配事は分かるけど、毒なんて入ってないっての。
後はまぁ迷子の件とか?ピアスは未だに耳に着けていない。フィノアの話を聞いちゃったらなかなか…。でも肌身離さず持っていよいと小袋に入れて首から下げてある。お守りっぽい。実際迷子札ですけど。近いうちに着けたいと思ってる。
「カレーの文献を目で確かめるのは良い事だ。後々弄られたら厄介だからな。だがな、お前がこの国になつかない保証はない」
「……はぁ?」
なつくって動物か私は。
つまり、アスナの心配事って…
「私がこの国に寝返るってこと?」
「…この世界に来て日が浅いお前には、有り得ない話ではないだろう」
なんだそれ。
なんだそれなんだそれなんだそれ!
「神官長!その発言はあまりにも…」
「ふーん、そうですか。よーく分かりました。成る程、アスナはそんな目で私を見てたわけね」
確かに私はまだこの世界に来て日が浅い。でも、でもさ。色んな人と色んな経験して、仲良くなって。好きになってきてたんだよ。この世界に連れてきてくれた事に凄く感謝してるのに。
それを、全部否定するんだ。
「っ…アスナの、バカ!だいっきらい!!」
まるで子供のような言葉を吐いて衝動的に部屋を飛び出す。
腹が立つ!私はそんな感謝もせず他の人にホイホイ着いてくような奴だと思われてたんだ。だから陛下に食べ物を渡すときもあんなに警戒を?信用してないから?
買い物に行った時、心配してくれたのも嘘だったの?
胸元で鳴るチャラチャラした音に足を止める。どれだけ走ったのか、気付けば城の外に出ていて庭らしき広い場所にいた。
小袋を取り出して中からピアスを出す。光を反射してキラキラと輝く二つの色。
綺麗で綺麗で…嬉しかった。
私のために、くれたもの。
嬉しかった…のに。
「……酷い、よ」
ただ危険視してたらくれたものなの?
ボロリと、溜まっていた涙が耐えきれず零れ落ちる。全員に好かれたいなんて思ってない。女神なんて呼び方で崇拝してほしいわけじゃない。
だけど。
近くにいたじゃない。何も隠さず、言葉を交わした。面倒そうにしながらも、説明してくれたし連れ添ってくれた。
全部全部全部!
否定するんだ奴は!
赤のピアスを掴み大きく振りかぶる。
その手をガシリと誰かに掴まれた。
「止めておきなさい」
驚いて振り向けば、穏やかに私を見下ろすサイシャの姿があった。
トストン在中初日。一番の腹黒が接触しましたー。信用されるのは難しいことだと思います。