ナンパ撃退法
ニンジンがそんな危険物指定だとは。
ジャガイモといい…カレーってそんな危険な料理だったっけ?
「女神様。確かにニンジンは薬や調味料に使われますが、専門の魔術師じゃないと抜けません。町中では止めてください」
「う、うん。そうする」
半月も眠りたくない。
掴んでいた手をゆっくりと離すと鉢植えを遠ざける。ホッと二人が息を吐いた。
「ボクは土の魔術が使えるのでニンジンを抜く事が出来ます。戻ったら抜きますね」
「本当?」
「はいっ女神様のお役に立てるなら!」
有難い。が、何やら世話になりっぱなしで頂けない。
年下の少年に負担をかけるとは…そうだ。神官になりたいなら…
「お礼に今度私の世界の事を教えるね」
「!!あ、ありがとうございます!」
喜んでる喜んでる。教えがいがあるってもんだ。
ニコニコとほんわかムードになった空間に影が差した。はて、雲ってきたかな?
「お前達…」
「げっ」
「ん?」
イオン君が丁寧口調を崩して呻いた。いや、その前に聞いた事のある声?
恐る恐る背後を見てみると、そこには憤怒の表情を浮かべた魔王が…
「そのまま町中観光とはいいご身分だな?」
「アスナ…っごめんごめん!アスナ達のこと忘れてたわけじゃなくて二人ならすぐ追い付くだろうって思って!ね、イオンく…あれ?!」
「あいつならもう逃げたぞ」
可愛い顔していい性格してんな!!
ひきつった笑みでアスナを見上げてみるが、効果はない。
歓迎会の時と同じ表情に私は内心悲鳴を上げる。
「ご、ごごめんなさい…」
「…今回は、イオンの事もあるからな」
なんとか謝罪の言葉を紡ぐと彼はため息を吐き表情を改めた。
イオン君、私を餌にして逃げた罪だ。フォローはしない。
「まさか私もあいつが魔術を使用してまでお前を連れて出ていくとは思っていなかった。監督不行きだな…悪かった」
「え」
逆に謝られた。
確かに最初はイオン君に無理矢理連れ出された感じだったが、ほぼ自分の意思だ。
しかも完全に観光気分で楽しんでいた。
よく見れば、彼の額にうっすらと汗が滲んでいる。走り回って探してくれていた?
そんなに…心配してくれた?
「ごめんなさい」
「…もう、いい。怪我もないようで、良かった」
ポツリと言われた言葉に心底反省する。目の前で悲鳴上げながら穴に落ちたもんなぁ…せめて無事だった事を知らせるべきだった。
…………あれ?
「あの…アスナ、さん」
「なんだ、気色悪い」
「失礼な。いや、まぁ今はいいや。その…ラスナグは?」
アスナでさえ必死に捜索してくれていたのだ。
これは嫌な予感がヒシヒシと…。
「町中を走り回ってるだろうな」
ですよね!
「わっ私探してくるっ!!」
「おいっ?!お前が動くなまた探す手間が…!」
猛ダッシュで町中を駆ける。後ろで焦ったようなアスナの声がした気がしたけど今は無視!
視線をさ迷わせながら走る。割りと背の高い人が多くて見回しにくい。
早く見つけないと…もう怒らせないって決めたのに!
後が怖すぎるっ!!!
「って、うわっわっ?!」
拓けた場所に出たと思ったら、断崖絶壁だった。町中にあるせいかしっかりとした柵が設けてある。
その柵に気付くのが遅れて勢いよくぶつかってしまったが、崖から落ちる事もなく私が脇腹を痛める程度で済んだ。
…が、痛いもんは痛い、涙目になりながらも踞り耐える。
「っ…あ。ニンジン!!」
しまった、腰に引っ提げてたのに!
丈夫なコルセットと腹の間に無理矢理詰め込んであったのだ。鉢植えも室内で育てるような小さいサイズだからいけたわけだが、今の衝撃で割れたりしてないだろうか?
血の気が引く思いでコルセットを取る。そこにはヒビは生えているが、何とか形状を保っている鉢植えがあった。
「よ、よかった…」
心底安堵の息を吐くとヒビを悪化させないようコルセットをグルグル巻き付け立ち上がる。
早くラスナグ探さない…と?
「おっと、ストリップショーは終わりか姉ちゃん?」
「柵にぶつかるなんて斬新じゃねーか。オレらが介抱してやんぜ?」
お?
三流臭い台詞と共に影が差す。見上げると柵を利用して私を囲むように体格のいい兄ちゃんが三人いた。服装が村人っぽくない。いかにも傭兵っぽい…まぁとりあえず好みじゃない。
ストリップショーか。町中で確かにコルセットほどき出したらおかしいもんね。
そこは反省しよう。だがしかし!
「お断りします。私、人を探してるんです」
「じゃあオレらが探してやるよ!」
「その間、嬢ちゃんは相手をしてくれるんだろ?」
「前払い前払い」
何が楽しいのか笑い声を上げて人に手を伸ばしてくる。
それを避けるようにすれば、背中に柵の感触。逃げ場なしか。
ガッチリとした手が私の二の腕を掴む。うへぇ、気持ち悪い。こんな在り来たりな展開望んでない。
裏路地なんか連れ込まれたらバットエンド間違いなし。どうにかしないと…どうにか。
出来るじゃん。
「その手を離しなさい」
「ははっ仔猫が警戒してるぜー」
「はいはーいオレのミルクをあげまちゅからねー」
「バッカ、下ネタかよ」
ゲラゲラゲラ。
笑ってばかりの男達に掴まれている逆の手を持ち上げてみせる。
そこには帯のグルグル巻き、の中に鉢植え、の更に中に、
「今すぐ離さないと、ニンジンの入った鉢植えを叩き割るわよ」
ピタリ。
一瞬にして笑いが止んだ。同時に物凄い勢いで距離をもたれた。
ニンジン効果凄い。
「な、なんでそんな物騒なモン…っ」
「偽物だろっ?!」
「おい、本物だったらヤベェだろーが!!」
そこからは早い早い。
あっという間に男達は人混みの中へ逃げていった。撃退成功だけど、呆気なさに少し悲しいものがある。
しかしニンジンって一般にも浸透してるくらい物騒なんだなぁ…これお城持って帰っても平気かしら?
ニンジンを凝視していると再び影が差した。三流達が帰ってきたのかと思って顔を上げると、そこには見知った顔があった。
「………」
「………」
とても複雑そうな顔。何でそんな顔なのかと思った所でハッとなる。
「あっあのっ勝手に町に来てごめんねっラスナグ達待ってればよかったのに、ニンジンがっいや鉢割れてないから平気なんだけどカレーに必要でイオン君が抜いてくれるって、って彼も探さないと?」
話さないといけない事を一気に言ったらこんがらがった。またか。
「待って、今整頓するから」と呟くと同時に大きなため息。
そして頭に触れた大きな手。強く感じる、汗の匂い。
「無事で、何よりです」
ほんと、二人には頭が下がる。
探し回った二人。ありがとうとごめんなさい。