本当の理由
大きく開かれた扉の先、また以前とは違う空間が広がっていた。
青と赤の服装で纏めている片方、そして白と黒で纏めている片方。
真っ赤な絨毯の伸びた先には上座と呼ぶべき王座がある。その絨毯を境に分かれているものだから驚いた。そして全員が…自分に注目している。
こ、こうした場合どうすれば?
女神と呼ばれた異世界人でーす、なんて言える空気じゃない。
召喚された時とは違う緊張感に思わず固まると、自分の手がスッと持ち上げられた。
見れば、アスナが私の手を添えるようにしている。そのまま誘導するように歩き出した。従って私も動く。
ゆっくりと二つの団体の境を歩くと王座の前に来た。顔を上げれば、にこやかに迎えてくれる女王陛下と…厳つい顔のおじ様。
…誰?
陛下と同じ豪華な椅子にどっしりと腰かけている。隣同士というより若干向かい合う形で王座に君臨している。視線は強く、目は赤い。白髪混じりの黒髪を撫で上げいかにも威厳のある顔立ち。白と黒を生かした格好いいマントを羽織っている。
陛下と同い年くらいかな…旦那さん?うーん…でも空気は…悪い。
ふとフィノアの言葉を思い出す。今日行われるのは私の歓迎会で、隣国の王達も――…
「ハナ、今回の主役である貴女を皆で待っていたのよ。服も、また似合っているわ」
「ふん。このような小娘が女神であるはずもない。馬鹿馬鹿しい祭りに片腹痛いわ」
にこやかに陛下が言った反対で、おじ様は誰もが私に思うだろう事を言ってのけた。ただその文句は私でなく陛下に向けているようだが。
「笑っているのは今のうち。ハナはカレーを作り出せる。泣きを見るのはそなたの方よ」
「本物を見たことも食した事もない者が強気で余所者に頼むのもおかしな話だろう」
白熱していく二人は周りの存在など気にしないらしい。置いてかれた私はどうしたら…。
どうリアクションしていいか迷っていると、こちらに近付いてくる一人の男がいた。
少し垂れ目がちの目だが光が強い深海の色を持ち、片眼鏡を右目にはめている。焦げ茶色の髪を一つにまとめ後ろに流し、やはり一部青のメッシュが入っていた。
いかにも堅苦しい雰囲気を纏っている。初対面だけど、私を真っ直ぐ見てますねー。
動かずとりあえず待ってみると、隣にいたアスナが動いた。私を庇うように前に立ってみせる。おお?
「ごきげんよう、宰相殿。陛下の元へは今日付き添わなくても良いのですか?」
「ごきげんよう。いえ、主賓に挨拶するのは当然と言えるでしょう?女神様に、是非とも私の名を知って頂きたい」
丁寧に私に話しかけたいというオーラを出している。
宰相?今アスナってば宰相って言った?
発言に気を取られていると彼はアスナを挟んでいるにも関わらず優雅に一礼してみせた。
「初めまして、女神様。私はトストン国の宰相を勤めておりますサイシャルーア=マスルルと申します。以後お見知りおきを」
「ご丁寧にどうも。私はハナと申します」
丁寧にされれば丁寧に返す。
基本でしょうと挨拶したのに何故か相手が驚きの表情を浮かべた。
「…言葉を話すんですねぇ」
貴 様 も か 。
なんだって女神呼ばわりするクセに謎生命体反応なんだよ!
憤慨しようとする私をアスナが押さえ込む。この為に前に出たわけじゃなかろうな?!
「彼女はそう人と変わりないようですので、会話だけで充分でしょう」
「そのようですね。では私の事も頭の隅に置いて頂くとして、主の事も紹介させてください」
そう言って男…サイシャルーアは王座の一角へ目を向ける。白熱している口論は止まっていない。寧ろ悪化だ。
「あの彼がトストンの王で在らせられるムルシャルヤ=イル=ラグヤード陛下です。三十年我が国を支えてくださっている名君となります」
「名君…?」
今、周りを無視して口論してるのが?
「はい。あれでも名君なんですよ」
この人自分の王様の事アレ呼ばわりしやがった。
腹黒タイプか。見た目穏やかなのになぁ…。
私の残念そうに見る目に彼はニコリと笑みを返すと「カレーの進み具合はいかがですか?」と天気を聞くように気軽に言ってきた。
対決している身として勝手に進行情報を話していいものかとアスナを見れば、軽く頷いてくれた。
「近いうちにお披露目出来るかと」
「本当ですか?それは良かった。両陛下とも認めてしまえば早いでしょうに…勝負などと回りくどい事をされてハナ様にはいい迷惑ですね」
はい?
よく分からない言葉に私は思わず目を瞬いた。サイシャルーアも私の反応に目を瞬いてみせる。
「まさか…ご存知ないのですか?」
何が?
え、私何か隠されてんの?カレー作れば戦争回避とかそんな話じゃなかったわけ?
再びアスナに目を向ける。逸らされた。完全こっちが黒かいっ!
睨み付けるようにしてサイシャルーアを見た。
「説明してください」
人に全て話さず行動させるとはどういった了見だ。話次第じゃ寝返るぞ本気で。
とばっちりで睨み付けられた彼は怯む事なくニコリと笑みをやっぱり浮かべて説明を始めてくれた。
「我が国トストン、そしてこの国レナーガルは、長年争いもなく良好な関係でした。国民も共に穏やかで、日々幸せに暮らしております」
おります?
あれ、現在進行形?
「そして両国に御子が誕生しました。異性同士引かれあった彼らは将来を誓い合う仲となり、両親らも認めました。しかし流行り病が広まり両陛下は命を落とし、王位継承権を持つ子が受け継ぐしかありませんでした。将来共にある約束は破られ、互いに王になり国を支えていく。そういった覚悟を決めた…にも関わらず、諦めきれないのでしょうね。かれこれ三十年ほど自国に相手を迎え入れようと痴話喧嘩を繰り広げています」
「…カレーの話も、トストン王が我が国を吸収し陛下を嫁がせようとした結果の勝負事だ」
諦めたようにアスナが説明を引き継ぐ。
仰々しい召喚術まで使って私を呼び寄せてカレー作ってくれって…そんな理由?!
じゃあ何か。私がカレー作ったら女王陛下の勝ちになって向こう側からの求婚は無しでこっち優先ってこと?かれこれ三十年も傍迷惑な痴話喧嘩してきたって?
ふ………
「ふざけんなーっ!!!」
色々台無しだろうよ!
政はとても双方優秀だそうです。政は。