↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

俺の作ったホラーゲームを遊んでくれた実況者が、テスト終了後も通話を切りたがらない

作者: 黒咲かぐら
掲載日:2026/10/18

 俺の作ったホラーゲームを、一番怖がってくれた人がいる。

 自動販売機の明かりにまで悲鳴を上げて、何も出てこない廊下で立ち止まり、最後には泣きながらエンディングを見た人だ。


 その人が今、通話の向こうで言った。


「テスト、もう終わっちゃったんですね」

「はい。しほさんのおかげで、今日、公開できました」

「じゃあ、次からは電話する用事がないですね」


 俺はマウスから手を離した。

 作業机の端には、彼女の感想を印刷した紙が置いてある。


「……ゲームの用事は、なくなりましたね」


 自分で答えて、思ったより寂しいことに気づいた。


     *


 水野直樹、二十七歳。

 平日は事務用品の卸会社で受発注の仕事をし、休日はゲームを作っている。


 職場では昼飯の話もするし、忙しいときには声をかけ合う。

 ただ、帰ってから何をしているか聞かれると、「パソコンを少し」と答えていた。


 自作ゲームと言うと、次に来るのはだいたい「売れるの?」だった。

 無料で公開していると伝えると、話がそこで終わる。

 俺も説明を足さなかった。


 一人暮らしは気楽だった。恋人はいたことがないが、休日にやりたいことはある。

 ただ、面白いものを見つけた帰りに、誰かに話したくなることはあった。


 最初の作品は、夜の団地を舞台にした二十分ほどのホラーゲームだった。

 活動名はミナト。絵は簡単なものしか描けないので、使用条件を確認した素材も借りた。物語と仕掛け、音の置き方は自分で考えた。


 何人かが遊んでくれた。

 怖かったという感想も、歩く速度が遅いという指摘もあった。

 半年かけたものを外に出してよかったと思えた。


 しほさんからメールが来たのは、公開から三週間後だ。


『はじめまして。趣味でゲームの実況をしている、しほと申します。作品紹介ページの実況許可を確認し、こちらのゲームを遊ばせていただきました』


 続いて、特定の手順で扉が開かなくなる不具合の報告があった。

 操作の順序と画面の画像が添えてある。おかげで、俺の環境でもすぐに再現できた。


『動画を公開する前に、ご報告だけと思いまして。急いで直していただかなくても大丈夫です。怖くて同じところを何度も往復したため、偶然見つけたのだと思います』


 最後の一文に笑った。

 俺は礼を伝え、修正ができたら連絡することにした。


 翌日の夜に修正版を送ると、彼女は週末に確認してくれた。


『今度は扉が開きました。開いてほしくない気持ちもありましたが』


 数日後、公開された実況動画のリンクが届いた。


 画面に映るのはゲームだけだった。

 顔の映像はない。声は明るくて、言葉の終わりに少し笑う癖がある。


『こんにちは、しほです。今日はミナトさんの「五階の灯り」を遊びます。短いお話だそうなので、今回は最後まで頑張ります』


 その決意は、開始四分で揺らいだ。


『待って。そこ、さっきドア閉まってましたよね? 閉まってたと思うんですけど。私が閉めましたもん』


 主人公が廊下を進まない。

 俺が置いた遠くの足音に反応して、彼女はさっきまでいた部屋に戻った。

 そこで椅子を眺め、カレンダーを読み、机の上の写真を調べる。


『この人、夕飯、二人分買ってるんだ』


 俺は椅子に座り直した。


 写真のそばに置いたレシート。

 調べなくても先へ進める、小さな仕掛けだった。


『写真は一人なのに。誰か帰ってくるのを待ってるのかな』


 彼女はレシートをもう一度読んだ。

 最後の場面で、その意味が分かった。


 ずっと主人公を追っていた足音の主は、死んだ家族だった。

 帰ってこない人を待ち続けた主人公が、最後に二人分の夕飯を一緒に食べる。

 翌朝、向かいの席には誰もいなかった。


『……怖いけど、悲しいな』


 それまでよく動いていたカーソルが止まった。


『待ってた人も、待たせた人も。もうちょっと一緒にいたかったんでしょうね』


 小さく鼻をすする音がした。


 俺は動画を止めた。

 窓に映る自分の顔が、変に緩んでいた。


 怖がらせたかった。

 でも、ただ驚いて終わるものにはしたくなかった。

 そのために置いたものを、この人は見つけてくれた。


 チャンネルの登録者は三百人ほどだった。

 説明欄には、本業の合間に好きなゲームを遊んでいること、投稿は不定期であることが書かれていた。

 過去の動画を少し見ると、ホラーばかりではない。小さな商店を経営するゲームや、動物が手紙を届けるゲームもあった。


 俺はメールで、レシートに気づいてくれたのが嬉しかったと伝えた。

 彼女はこう返してきた。


『怖いと立ち止まるので、部屋の中をよく見るんです。怖がりにも役に立つところがありました』


     *


 次の作品を試してもらえないかと頼んだのは、一か月ほど後だった。


 前作の仕上げと並行して準備していた新作は、閉店した小さな食堂が舞台だ。

 夜中に店へ入った主人公が、誰もいないはずの厨房から聞こえる音をたどっていく。


 俺は制作途中の画像を公開していて、彼女はその投稿にも感想をくれていた。

 不具合だけでなく、物語が伝わるかも知りたかった。

 自分では手がかりの場所を知っているので、説明が足りているか判断しにくい。


 完成前なので録画や公開は控えてほしいこと、時間がなければ断ってほしいことを添えた。

 具体的な不具合報告と、細かな感想をくれた彼女に頼みたかった。

 彼女からの返事は、翌日の昼に届いた。


『遊びたいです。ただ、夜中には絶対にやりません』


 最初は、彼女が遊んだあとにメモを送ってくれる形だった。

 ところが、二回目のテストで、俺のパソコンでは起こらない不具合が出た。

 状況を確かめるため、画面共有で一緒に確認できないかと頼んだ。


『土曜の午後なら大丈夫です。作者さんが見ている前で、怖くて進めなくなったらすみません』


 午後二時。

 俺は飲み物を用意し、通話をつないだ。


「こんにちは。ミナトです」

「こんにちは、しほです。わあ、本当に作者さんがいる」

「います」

「動画では、あちこち怖がってすみませんでした」

「作った側としては、かなり嬉しかったです」

「そうですよね。そうなんですけど、喜ばれるとちょっと複雑です」


 動画と同じ声が、俺の返事で笑った。

 それだけで、急に自分の部屋が片づいていないことが気になった。

 映しているのは彼女のゲーム画面なのに。


 通話も録画しないことを確かめ、彼女の操作を見せてもらった。

 不具合は十五分ほどで原因を絞れた。

 記録を取って礼を言い、今日はここまでにしようと伝えると、彼女は続きを遊んでみたいと言った。


「この先、今の状態でも進めますか?」

「はい。直前のセーブからやり直して、扉を調べる順番を変えれば進めます」

「じゃあ、少しだけ。人の声があると、行ける気がします」


 彼女はセーブを読み直し、伝えた手順で厨房の扉を開いた。

 古い冷蔵庫が低くうなる。どこかで、食器が一枚落ちる。


「今の何ですか」

「食器の音です」

「食器が自分で落ちること、あります?」

「ありますよ。置き方が悪いと」

「作者さんに現実的なことを言われた」


 主人公が棚を調べる。

 奥に人影が横切った。


「あっ、待って、いました!」

「いましたね」

「いましたね、じゃなくて!」


 俺は声を出して笑ってしまった。

 彼女が黙る。


「……すみません」

「いえ。ちょっと意外でした」

「何がですか」

「メールが丁寧だったから、もっと堅い人なのかと思ってました」


 彼女も笑った。


「普通に笑うんですね」


 その言い方が、なぜか耳に残った。


 彼女は人影を避けて、入口へ戻った。

 けれど、途中で食卓の前に止まる。


「お箸、二人分ある」


 画面の中に出された二膳の箸を、彼女は交互に調べた。

 少し迷ってから、厨房へ向き直る。


「戻るんですか」

「もう一人、ここで食べるつもりだったのかなって。奥に何かあるかも」

「怖いんじゃ?」

「怖いです。だから、ちょっと待って。心の準備します」


 俺は答えを言いかけて、やめた。

 彼女は短く息を吐き、自分で一歩進んだ。


 どこが怖いかより、しほさんが何を気にしているかを知りたくなっていた。

 俺の仕掛けた人影から逃げたあとに、そこにいる誰かのことを考えて戻る。

 また怖がったら、今度は笑わずに待とうと思った。


 それから週末、都合が合う日に、修正箇所を確かめながら少しずつ先へ進んだ。

 長くても一時間。彼女が疲れたと言えば、その場で終える。

 俺が説明を急いでしまったときには、彼女は「待って、まだ分かってないです」と止めた。


「ここ、写真を見つけてないと、何の話か分からないかも」

「さっきの棚にあったんですけど」

「見てないです。人がいたので、棚より出口を見てました」


 なるほど、と思った。

 分かるはずだと考えていたのは、自分が作った場面だからだ。


「それ、俺が知ってるから分かるだけですね。直します」


 彼女が何を見たか確かめてから、手がかりの場所を変える。

 正解を教えるより、そのほうがゲームはよくなった。


 通話の最後には、少し別の話もした。

 昼に食べたものとか、週末なのに洗濯物を干し忘れたとか。


「今日は、昨日の仕事帰りに買ったプリンがあるんです」

「いいですね」

「だから、怖いところまで行けました。終わったら食べようと思って」

「自分でご褒美を設定するんですね」

「ミナトさんは、何かないんですか」


 俺は机の端に置いたコンビニの袋を見た。


「シュークリームなら」

「同じことしてる」


 二人で笑った。


 帰り道で、次の土曜は何を買おうかと考えるようになった。

 しほさんに話したい出来事を、忘れないよう覚えておくことも増えた。

 けれど、こちらから連絡するのは、修正の報告がある日ばかりだった。

 俺が話したいというだけで、彼女の時間をもらっていいのか分からなかった。


     *


 四回目のテストで、彼女はエンディングまでたどり着いた。


 幽霊が作り続けていたのは、店を継ぐことをやめて町を出た息子の好きな料理だった。

 息子が謝りに戻ると、厨房にはまだ明かりがついている。

 叱られると思っていた息子の前に、一人分の皿が置かれる。


 彼女はしばらく何も言わなかった。

 俺はメモを取る手を止めた。


「……帰ってきてよかった」


 やがて、そう聞こえた。


「息子、店を継がなかったことを、ずっと怒られてると思ってたんですよね」

「はい」

「でも、お父さんは、ただご飯を食べさせたかったんだ」


 俺が一番伝えたかったことだった。


「怖かったです。でも、この最後なら、また最初から遊びたい」


 嬉しくて、返事に迷った。


「ありがとうございます」


 結局、いつもと同じ言葉になった。


 テストの協力者として活動名を載せてもいいかと聞くと、彼女は快く了承した。

 お礼のつもりで用意した電子ギフトも、最初は遠慮されたが、何度も時間をもらった分だと伝えて受け取ってもらった。


 公開までに、残った不具合を直した。

 紹介ページを整え、音量を確認し、最後に最初から遊び直す。

 予定どおりの日曜に、完成版を公開した。


 その夜、通話で公開を報告し、紹介ページを画面共有で見てもらった。

 自分の活動名を見つけて喜んだあと、彼女が言った。


「テスト、もう終わっちゃったんですね」


     *


 ゲームの用事は、なくなった。


 そう答えた俺の耳に、椅子のきしむ音が届いた。

 彼女が座り直したらしい。


「今日は、プリン買ってないんですか?」


 俺は聞いた。

 仕事でもゲームでもない話を、初めて自分から続けた気がした。


「あります。冷蔵庫に」

「俺も、今日はシュークリームあります」

「……じゃあ、食べながら、もう少し話しませんか。ゲームの話じゃなくても」


 彼女の声が少し弾んだ。


「はい。俺も話したいです」


 口にしてから、顔が熱くなった。

 彼女が飲み物を取りに行くあいだ、俺は袋を開けた。


 彼女が戻ってきたところで、俺は画面共有を止めた。

 俺のパソコンには、通話中を示す小さな印だけが残った。


「ミナトさんは、明日、仕事ですか」

「仕事です」

「私もです。月曜って、お休みの日より朝が早く来ません?」


 大した出来事のない日でも、彼女となら話が続いた。


 その翌週には、彼女から連絡が来た。


『今日、例のプリン、新しい味が出てました』


 画像がついていた。

 俺は帰りに同じ店へ寄った。売り切れていたので、代わりに買った焼き菓子の写真を送った。


『そっちもおいしそう。週末、感想聞いていいですか』


 もう、テストの約束ではなかった。


 彼女は新作の実況動画も公開した。

 説明欄には、公開前のテストに協力したことが短く書かれている。

 動画の中では、初めて遊ぶときとは違う楽しみ方をしていた。


『ここ、前に進むと、後ろで音がするんです。分かってても振り返りたくないですね』


 また廊下で止まっていた。

 俺は笑った。


 動画には、小物の意味を考えるコメントや、前作も遊んでみたいという感想がついた。

 彼女はそれぞれに返事をしている。

 俺も作者として、不具合についての質問に答えた。


 そのやり取りのあと、彼女から個別のメッセージが届いた。


『今日、仕事でちょっと疲れました。もし都合がよければ、十分だけ話せませんか』


 テストのときより、俺は緊張した。


 電話をつなぐと、彼女はいつものように挨拶した。

 仕事の愚痴を少し言って、それから俺の一日を聞いた。


 俺は得意先から届いた注文書の読み間違いを話した。

 笑ってもらおうと思ったわけではないのに、彼女は声を立てて笑った。


「私も似たことあります。数字の一と七、何回見ても迷うときありますよね」


 彼女の話を聞きながら、俺は注文書の数字を思い出した。

 今度迷ったら、この声まで思い出して笑いそうだった。


 約束の十分が過ぎたので、疲れているだろうから今日はここまでにしようと伝えた。


「疲れてましたけど、今は楽しいです。もう少し、だめですか?」


 俺は時計を見るのをやめた。

 彼女を気遣ったつもりで、彼女に聞く前に決めていた。


「だめじゃないです。明日困らないくらいなら」

「じゃあ、あと少し」


 飲み物を口にする音がして、彼女が呼んだ。


「……ミナトさん。今度、お茶しませんか」


 彼女が、息を整えるように一拍置いた。


「直接、会って話してみたいです。ゲームの打ち合わせじゃなくて」


     *


 互いに無理なく出られる駅を選び、土曜の昼に会うことになった。

 カフェの場所が決まってから、名前を教え合った。


『小坂千帆です。二十六歳です。活動名は、名前を少し変えただけなんです』

『水野直樹です。二十七です』

『では、水野さん。土曜日、よろしくお願いします』


 画面に出た自分の名字を、何度か読み返した。


 土曜は、少し早く着いた。

 白いシャツを着ていくか迷った末、店に着いてから汚さないか気にしそうなので、紺色にした。


 入口に近い場所で待っていると、こちらへ歩いてくる女性がいた。

 肩にかかる柔らかな髪。淡い色のブラウス。手には、事前に教えてもらった青いバッグ。


 目が合うと、彼女は小さく手を上げた。


「水野さん、ですか」


 聞き慣れた声だった。

 声は知っているのに、目の前にいるのは、きれいな、知らない女性だ。

 一瞬、うまく返事ができなかった。


「はい。小坂さん?」

「はい。よかった、合ってた」


 彼女はほっとしたように笑った。目元がくしゃっと緩む。

 動画の中で何度も聞いた笑い方だった。


 席に座ると、俺は妙に背筋を伸ばした。

 注文を済ませても、机の上に置く手の位置が落ち着かない。


「なんか、変ですね」


 小坂さんが言った。


「電話だと、もっと普通に話せるのに」

「そうですね」

「私、今日、服を二回着替えました」


 彼女はカップの取っ手に触れ、こちらを見た。


「楽しみにしてたの、私だけだったら恥ずかしいので、言うか迷いました」


 俺は顔を上げた。


「俺も楽しみにしてました。シャツ一枚で迷うくらい」

「その紺色?」

「はい。白だと、コーヒーをこぼしたら終わると思って」


 彼女が笑った。

 俺の肩から、少し力が抜けた。


 話しているうちに、ようやくいつもの調子になった。

 彼女の本業は、小さな会社の経理だという。

 実況を始めたのは、一人で遊んだゲームの感想を、誰かと話したかったからだった。


「有名になりたいとかは、ないんです。見てくれた人と感想を話せるのが楽しくて。毎週投稿とかは、たぶん続かないです。休みの日まで締め切りになると、遊ぶのが嫌になりそうで」

「分かります。俺も、完成予定日を書いてから後悔しました」

「お互い、自分で仕事を増やしてますね」


 小坂さんは紅茶を飲んだ。


「でも、作ってくれてよかったです」

「最初のゲーム、あのレシートを見つけたとき、ちゃんとこの部屋に人が住んでたんだなって思いました。驚かされる場所だと思ってたのに、急に誰かの家になって」


 俺は膝の上で、指を握った。

 彼女の言葉を、家に帰ってからも覚えていたかった。


「そういうのを作りたかったんです」

「うん。だから、次も遊びたかった」


 そこで、彼女は少しだけ目を伏せた。


「会ってみたくなったのは、もっと後ですけど」


 俺は言葉を待った。


「通話で、分からないところを分からないって言っても、ちゃんと聞いてくれるから。私も、遠慮しすぎずに話せるようになって」


 彼女は、少し笑った。


「あと、私の話ばっかりじゃなくて、水野さんの話もしてくれるようになったのが嬉しかったです」


 俺の話。

 シュークリームとか、読めなかった字とか。


「ああいう話でいいんですか」

「ああいう話がしたかったんです」


 返事がすぐに来た。


 俺は、ゲームについてなら彼女と話せると思っていた。

 俺の作ったものを好きでいてくれる人だから。

 その先も話したかったのは、自分だけではなかった。


「俺も、小坂さんが何を好きなのか、もっと知りたいです」


 小坂さんは一度目を丸くして、それから頷いた。


 時計を見ると、二時間近く経っていた。

 小坂さんがバッグを持ち直す。


「今日は、会えてよかったです」

「俺もです」


 ここで別れたら、また電話で話せる。

 でも、それだけで満足したふりはしたくなかった。


「小坂さん」

「はい」

「次、俺から誘ってもいいですか」


 彼女の目が、まっすぐこちらを向いた。


「お茶でも、ご飯でも。ゲームの用事がなくても、また会いたいです」


 小坂さんは、バッグを膝の上に戻した。


「はい。私も会いたいです」


 次の週末の予定を、その場で決めた。


     *


 二度目は、一緒に昼飯を食べた。

 三度目は、彼女が見つけた焼き菓子の店へ行った。


 店の看板を見ながら、俺はあの食堂のゲームを作るとき、何軒も古い店の外観を見て歩いたことを話した。

 小坂さんは、俺が撮った写真を見たがった。


 何枚か見せると、「こういうのも見てみたい」と言った。

 駅へ戻る途中、俺が気になっていた小さな写真展にも立ち寄った。


 彼女が好きな音楽を教えてくれて、俺は帰りの電車で聴いた。

 その夜の通話で、一番好きだという曲より三曲目のほうが気に入ったと伝えると、彼女は理由を聞いてくれた。


「最後に同じメロディーへ戻るところ、落ち着くんです」

「私は、二曲目の途中の静かなところが好きです。ちょっと、帰り道で一人になる感じがして」


 そこから、彼女は一度に三曲分の話をした。

 途中で気づいたように止まる。


「ごめんなさい、話しすぎました」

「続き、聞きたいです。帰り道のところ」


 あとで聴き直すと、確かに静かな道を歩いているように思えた。

 同じものが好きでなくても、彼女の好きなものを知るのは楽しかった。


 通話も続いた。

 翌朝が早い日は短く、会った日の夜にはしないこともあった。

 次のゲームを作り始めた俺に、彼女は「無理にテストを頼まなくていいですよ」と言った。


「完成してから、知らない状態で遊ぶのも好きなので。最初から、全部分かっちゃうと寂しいです」

「分かりました。今回は、できてから」

「はい。でも、お話はしてください」


 何を頼まれているのか、今度は分かった。


 四度目に会った帰り、俺から気持ちを伝えた。

 俺の作品を好きな人、というだけでは、もう足りなかった。

 怖くても誰かのことが気になると戻ることも、好きな曲の話になると止まらなくなることも。会うのを楽しみにしていたと、照れながら言ってくれたことも。

 彼女自身が好きだった。

 駅前は人が多かったので、少し離れた歩道で立ち止まった。


「小坂さんが好きです。付き合ってほしいです」


 準備していた言葉は、緊張するとそれだけになった。

 彼女は俺を見て、唇を結んだ。

 それから、笑った。


「私も、水野さんが好きです」


 ほっとして息を吐いたら、彼女も同じように息を吐いた。


「今日、言ってくれなかったら、私から言うつもりでした」

「……危なかった」

「危なくないです。どっちからでも、同じですから」


 彼女が、俺の袖をつまんだ。


「でも、嬉しいです」


 これからが楽しみで、少し不安でもあった。


「俺、付き合うの、初めてなんです。分からないことは、聞いてもいいですか」

「もちろん。私も、してほしいことはちゃんと言いますから」


 彼女は俺の袖をつまんだまま、手元を見た。


「たとえば今は、手、つなぎたいです」


 俺はその手を取った。

 通話では分からなかった温かさがあった。


     *


 千帆は、今も休日にゲームを遊んでいる。

 俺も、仕事から帰って少しずつゲームを作る。


 彼女の実況がある夜は、公開されたあとに動画を見る。

 俺以外の作者が作った怖い廊下でも、彼女はよく立ち止まっていた。


 昨日の動画では、明らかに怪しい扉の前で、長いこと迷っていた。

 どうしてそんなに怖いのに遊ぶのか、付き合ってから改めて聞いたことがある。


「最後、どうなるか知りたいから」


 千帆は、当たり前のように答えた。


 その答えが好きだった。

 怖くても、自分で続きを見にいくところも。


 今夜の通話で、昨日の扉のことを話すと、彼女は不満そうな声を出した。


「あれは迷いますよ。絶対、何かいますもん」

「でも、開けたじゃん」

「そうですけど。直樹さんなら、平気なんですか?」

「俺も、知らないゲームは普通に怖いよ」

「今度、一緒にやりましょう。私ばっかり怖がってるの、不公平です」


 俺は笑って、約束した。


 話しているうちに、十時になった。

 明日は二人とも仕事だ。


「そろそろ寝る?」

「はい。……あ、その前に」


 通話の向こうで、少し間があった。


「土曜日、お昼から行ってもいいですか」


 次の土曜、千帆が初めて俺の部屋へ来る。

 一緒にゲームをして、夕飯を食べる予定だった。


「もちろん。昼、何食べたい?」

「近くに、好きなお店あります?」

「あるよ。じゃあ、先にそこへ行こう」

「楽しみです」


 彼女が笑う。

 俺は土曜の天気を調べながら、言った。


「俺も、早く会いたい」


 今度は千帆のほうが、黙った。


「……もうちょっとだけ、話してもいいですか」


 俺は時計を見た。

 まだ、五分くらいなら。


「いいよ。俺も切りたくない」


 ゲームは、とっくに終わっている。

 俺たちにはもう、通話をつなぐための用事はいらなかった。


~完~


お読みいただき、ありがとうございました。


用事があって始めた通話が、いつの間にか、その人と話すための時間になる。そんな二人の距離の変化を楽しんでいただけたら嬉しいです。


「面白かった」「二人を応援したい」と思っていただけましたら、評価やブックマークで応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。