俺の作ったホラーゲームを遊んでくれた実況者が、テスト終了後も通話を切りたがらない
俺の作ったホラーゲームを、一番怖がってくれた人がいる。
自動販売機の明かりにまで悲鳴を上げて、何も出てこない廊下で立ち止まり、最後には泣きながらエンディングを見た人だ。
その人が今、通話の向こうで言った。
「テスト、もう終わっちゃったんですね」
「はい。しほさんのおかげで、今日、公開できました」
「じゃあ、次からは電話する用事がないですね」
俺はマウスから手を離した。
作業机の端には、彼女の感想を印刷した紙が置いてある。
「……ゲームの用事は、なくなりましたね」
自分で答えて、思ったより寂しいことに気づいた。
*
水野直樹、二十七歳。
平日は事務用品の卸会社で受発注の仕事をし、休日はゲームを作っている。
職場では昼飯の話もするし、忙しいときには声をかけ合う。
ただ、帰ってから何をしているか聞かれると、「パソコンを少し」と答えていた。
自作ゲームと言うと、次に来るのはだいたい「売れるの?」だった。
無料で公開していると伝えると、話がそこで終わる。
俺も説明を足さなかった。
一人暮らしは気楽だった。恋人はいたことがないが、休日にやりたいことはある。
ただ、面白いものを見つけた帰りに、誰かに話したくなることはあった。
最初の作品は、夜の団地を舞台にした二十分ほどのホラーゲームだった。
活動名はミナト。絵は簡単なものしか描けないので、使用条件を確認した素材も借りた。物語と仕掛け、音の置き方は自分で考えた。
何人かが遊んでくれた。
怖かったという感想も、歩く速度が遅いという指摘もあった。
半年かけたものを外に出してよかったと思えた。
しほさんからメールが来たのは、公開から三週間後だ。
『はじめまして。趣味でゲームの実況をしている、しほと申します。作品紹介ページの実況許可を確認し、こちらのゲームを遊ばせていただきました』
続いて、特定の手順で扉が開かなくなる不具合の報告があった。
操作の順序と画面の画像が添えてある。おかげで、俺の環境でもすぐに再現できた。
『動画を公開する前に、ご報告だけと思いまして。急いで直していただかなくても大丈夫です。怖くて同じところを何度も往復したため、偶然見つけたのだと思います』
最後の一文に笑った。
俺は礼を伝え、修正ができたら連絡することにした。
翌日の夜に修正版を送ると、彼女は週末に確認してくれた。
『今度は扉が開きました。開いてほしくない気持ちもありましたが』
数日後、公開された実況動画のリンクが届いた。
画面に映るのはゲームだけだった。
顔の映像はない。声は明るくて、言葉の終わりに少し笑う癖がある。
『こんにちは、しほです。今日はミナトさんの「五階の灯り」を遊びます。短いお話だそうなので、今回は最後まで頑張ります』
その決意は、開始四分で揺らいだ。
『待って。そこ、さっきドア閉まってましたよね? 閉まってたと思うんですけど。私が閉めましたもん』
主人公が廊下を進まない。
俺が置いた遠くの足音に反応して、彼女はさっきまでいた部屋に戻った。
そこで椅子を眺め、カレンダーを読み、机の上の写真を調べる。
『この人、夕飯、二人分買ってるんだ』
俺は椅子に座り直した。
写真のそばに置いたレシート。
調べなくても先へ進める、小さな仕掛けだった。
『写真は一人なのに。誰か帰ってくるのを待ってるのかな』
彼女はレシートをもう一度読んだ。
最後の場面で、その意味が分かった。
ずっと主人公を追っていた足音の主は、死んだ家族だった。
帰ってこない人を待ち続けた主人公が、最後に二人分の夕飯を一緒に食べる。
翌朝、向かいの席には誰もいなかった。
『……怖いけど、悲しいな』
それまでよく動いていたカーソルが止まった。
『待ってた人も、待たせた人も。もうちょっと一緒にいたかったんでしょうね』
小さく鼻をすする音がした。
俺は動画を止めた。
窓に映る自分の顔が、変に緩んでいた。
怖がらせたかった。
でも、ただ驚いて終わるものにはしたくなかった。
そのために置いたものを、この人は見つけてくれた。
チャンネルの登録者は三百人ほどだった。
説明欄には、本業の合間に好きなゲームを遊んでいること、投稿は不定期であることが書かれていた。
過去の動画を少し見ると、ホラーばかりではない。小さな商店を経営するゲームや、動物が手紙を届けるゲームもあった。
俺はメールで、レシートに気づいてくれたのが嬉しかったと伝えた。
彼女はこう返してきた。
『怖いと立ち止まるので、部屋の中をよく見るんです。怖がりにも役に立つところがありました』
*
次の作品を試してもらえないかと頼んだのは、一か月ほど後だった。
前作の仕上げと並行して準備していた新作は、閉店した小さな食堂が舞台だ。
夜中に店へ入った主人公が、誰もいないはずの厨房から聞こえる音をたどっていく。
俺は制作途中の画像を公開していて、彼女はその投稿にも感想をくれていた。
不具合だけでなく、物語が伝わるかも知りたかった。
自分では手がかりの場所を知っているので、説明が足りているか判断しにくい。
完成前なので録画や公開は控えてほしいこと、時間がなければ断ってほしいことを添えた。
具体的な不具合報告と、細かな感想をくれた彼女に頼みたかった。
彼女からの返事は、翌日の昼に届いた。
『遊びたいです。ただ、夜中には絶対にやりません』
最初は、彼女が遊んだあとにメモを送ってくれる形だった。
ところが、二回目のテストで、俺のパソコンでは起こらない不具合が出た。
状況を確かめるため、画面共有で一緒に確認できないかと頼んだ。
『土曜の午後なら大丈夫です。作者さんが見ている前で、怖くて進めなくなったらすみません』
午後二時。
俺は飲み物を用意し、通話をつないだ。
「こんにちは。ミナトです」
「こんにちは、しほです。わあ、本当に作者さんがいる」
「います」
「動画では、あちこち怖がってすみませんでした」
「作った側としては、かなり嬉しかったです」
「そうですよね。そうなんですけど、喜ばれるとちょっと複雑です」
動画と同じ声が、俺の返事で笑った。
それだけで、急に自分の部屋が片づいていないことが気になった。
映しているのは彼女のゲーム画面なのに。
通話も録画しないことを確かめ、彼女の操作を見せてもらった。
不具合は十五分ほどで原因を絞れた。
記録を取って礼を言い、今日はここまでにしようと伝えると、彼女は続きを遊んでみたいと言った。
「この先、今の状態でも進めますか?」
「はい。直前のセーブからやり直して、扉を調べる順番を変えれば進めます」
「じゃあ、少しだけ。人の声があると、行ける気がします」
彼女はセーブを読み直し、伝えた手順で厨房の扉を開いた。
古い冷蔵庫が低くうなる。どこかで、食器が一枚落ちる。
「今の何ですか」
「食器の音です」
「食器が自分で落ちること、あります?」
「ありますよ。置き方が悪いと」
「作者さんに現実的なことを言われた」
主人公が棚を調べる。
奥に人影が横切った。
「あっ、待って、いました!」
「いましたね」
「いましたね、じゃなくて!」
俺は声を出して笑ってしまった。
彼女が黙る。
「……すみません」
「いえ。ちょっと意外でした」
「何がですか」
「メールが丁寧だったから、もっと堅い人なのかと思ってました」
彼女も笑った。
「普通に笑うんですね」
その言い方が、なぜか耳に残った。
彼女は人影を避けて、入口へ戻った。
けれど、途中で食卓の前に止まる。
「お箸、二人分ある」
画面の中に出された二膳の箸を、彼女は交互に調べた。
少し迷ってから、厨房へ向き直る。
「戻るんですか」
「もう一人、ここで食べるつもりだったのかなって。奥に何かあるかも」
「怖いんじゃ?」
「怖いです。だから、ちょっと待って。心の準備します」
俺は答えを言いかけて、やめた。
彼女は短く息を吐き、自分で一歩進んだ。
どこが怖いかより、しほさんが何を気にしているかを知りたくなっていた。
俺の仕掛けた人影から逃げたあとに、そこにいる誰かのことを考えて戻る。
また怖がったら、今度は笑わずに待とうと思った。
それから週末、都合が合う日に、修正箇所を確かめながら少しずつ先へ進んだ。
長くても一時間。彼女が疲れたと言えば、その場で終える。
俺が説明を急いでしまったときには、彼女は「待って、まだ分かってないです」と止めた。
「ここ、写真を見つけてないと、何の話か分からないかも」
「さっきの棚にあったんですけど」
「見てないです。人がいたので、棚より出口を見てました」
なるほど、と思った。
分かるはずだと考えていたのは、自分が作った場面だからだ。
「それ、俺が知ってるから分かるだけですね。直します」
彼女が何を見たか確かめてから、手がかりの場所を変える。
正解を教えるより、そのほうがゲームはよくなった。
通話の最後には、少し別の話もした。
昼に食べたものとか、週末なのに洗濯物を干し忘れたとか。
「今日は、昨日の仕事帰りに買ったプリンがあるんです」
「いいですね」
「だから、怖いところまで行けました。終わったら食べようと思って」
「自分でご褒美を設定するんですね」
「ミナトさんは、何かないんですか」
俺は机の端に置いたコンビニの袋を見た。
「シュークリームなら」
「同じことしてる」
二人で笑った。
帰り道で、次の土曜は何を買おうかと考えるようになった。
しほさんに話したい出来事を、忘れないよう覚えておくことも増えた。
けれど、こちらから連絡するのは、修正の報告がある日ばかりだった。
俺が話したいというだけで、彼女の時間をもらっていいのか分からなかった。
*
四回目のテストで、彼女はエンディングまでたどり着いた。
幽霊が作り続けていたのは、店を継ぐことをやめて町を出た息子の好きな料理だった。
息子が謝りに戻ると、厨房にはまだ明かりがついている。
叱られると思っていた息子の前に、一人分の皿が置かれる。
彼女はしばらく何も言わなかった。
俺はメモを取る手を止めた。
「……帰ってきてよかった」
やがて、そう聞こえた。
「息子、店を継がなかったことを、ずっと怒られてると思ってたんですよね」
「はい」
「でも、お父さんは、ただご飯を食べさせたかったんだ」
俺が一番伝えたかったことだった。
「怖かったです。でも、この最後なら、また最初から遊びたい」
嬉しくて、返事に迷った。
「ありがとうございます」
結局、いつもと同じ言葉になった。
テストの協力者として活動名を載せてもいいかと聞くと、彼女は快く了承した。
お礼のつもりで用意した電子ギフトも、最初は遠慮されたが、何度も時間をもらった分だと伝えて受け取ってもらった。
公開までに、残った不具合を直した。
紹介ページを整え、音量を確認し、最後に最初から遊び直す。
予定どおりの日曜に、完成版を公開した。
その夜、通話で公開を報告し、紹介ページを画面共有で見てもらった。
自分の活動名を見つけて喜んだあと、彼女が言った。
「テスト、もう終わっちゃったんですね」
*
ゲームの用事は、なくなった。
そう答えた俺の耳に、椅子のきしむ音が届いた。
彼女が座り直したらしい。
「今日は、プリン買ってないんですか?」
俺は聞いた。
仕事でもゲームでもない話を、初めて自分から続けた気がした。
「あります。冷蔵庫に」
「俺も、今日はシュークリームあります」
「……じゃあ、食べながら、もう少し話しませんか。ゲームの話じゃなくても」
彼女の声が少し弾んだ。
「はい。俺も話したいです」
口にしてから、顔が熱くなった。
彼女が飲み物を取りに行くあいだ、俺は袋を開けた。
彼女が戻ってきたところで、俺は画面共有を止めた。
俺のパソコンには、通話中を示す小さな印だけが残った。
「ミナトさんは、明日、仕事ですか」
「仕事です」
「私もです。月曜って、お休みの日より朝が早く来ません?」
大した出来事のない日でも、彼女となら話が続いた。
その翌週には、彼女から連絡が来た。
『今日、例のプリン、新しい味が出てました』
画像がついていた。
俺は帰りに同じ店へ寄った。売り切れていたので、代わりに買った焼き菓子の写真を送った。
『そっちもおいしそう。週末、感想聞いていいですか』
もう、テストの約束ではなかった。
彼女は新作の実況動画も公開した。
説明欄には、公開前のテストに協力したことが短く書かれている。
動画の中では、初めて遊ぶときとは違う楽しみ方をしていた。
『ここ、前に進むと、後ろで音がするんです。分かってても振り返りたくないですね』
また廊下で止まっていた。
俺は笑った。
動画には、小物の意味を考えるコメントや、前作も遊んでみたいという感想がついた。
彼女はそれぞれに返事をしている。
俺も作者として、不具合についての質問に答えた。
そのやり取りのあと、彼女から個別のメッセージが届いた。
『今日、仕事でちょっと疲れました。もし都合がよければ、十分だけ話せませんか』
テストのときより、俺は緊張した。
電話をつなぐと、彼女はいつものように挨拶した。
仕事の愚痴を少し言って、それから俺の一日を聞いた。
俺は得意先から届いた注文書の読み間違いを話した。
笑ってもらおうと思ったわけではないのに、彼女は声を立てて笑った。
「私も似たことあります。数字の一と七、何回見ても迷うときありますよね」
彼女の話を聞きながら、俺は注文書の数字を思い出した。
今度迷ったら、この声まで思い出して笑いそうだった。
約束の十分が過ぎたので、疲れているだろうから今日はここまでにしようと伝えた。
「疲れてましたけど、今は楽しいです。もう少し、だめですか?」
俺は時計を見るのをやめた。
彼女を気遣ったつもりで、彼女に聞く前に決めていた。
「だめじゃないです。明日困らないくらいなら」
「じゃあ、あと少し」
飲み物を口にする音がして、彼女が呼んだ。
「……ミナトさん。今度、お茶しませんか」
彼女が、息を整えるように一拍置いた。
「直接、会って話してみたいです。ゲームの打ち合わせじゃなくて」
*
互いに無理なく出られる駅を選び、土曜の昼に会うことになった。
カフェの場所が決まってから、名前を教え合った。
『小坂千帆です。二十六歳です。活動名は、名前を少し変えただけなんです』
『水野直樹です。二十七です』
『では、水野さん。土曜日、よろしくお願いします』
画面に出た自分の名字を、何度か読み返した。
土曜は、少し早く着いた。
白いシャツを着ていくか迷った末、店に着いてから汚さないか気にしそうなので、紺色にした。
入口に近い場所で待っていると、こちらへ歩いてくる女性がいた。
肩にかかる柔らかな髪。淡い色のブラウス。手には、事前に教えてもらった青いバッグ。
目が合うと、彼女は小さく手を上げた。
「水野さん、ですか」
聞き慣れた声だった。
声は知っているのに、目の前にいるのは、きれいな、知らない女性だ。
一瞬、うまく返事ができなかった。
「はい。小坂さん?」
「はい。よかった、合ってた」
彼女はほっとしたように笑った。目元がくしゃっと緩む。
動画の中で何度も聞いた笑い方だった。
席に座ると、俺は妙に背筋を伸ばした。
注文を済ませても、机の上に置く手の位置が落ち着かない。
「なんか、変ですね」
小坂さんが言った。
「電話だと、もっと普通に話せるのに」
「そうですね」
「私、今日、服を二回着替えました」
彼女はカップの取っ手に触れ、こちらを見た。
「楽しみにしてたの、私だけだったら恥ずかしいので、言うか迷いました」
俺は顔を上げた。
「俺も楽しみにしてました。シャツ一枚で迷うくらい」
「その紺色?」
「はい。白だと、コーヒーをこぼしたら終わると思って」
彼女が笑った。
俺の肩から、少し力が抜けた。
話しているうちに、ようやくいつもの調子になった。
彼女の本業は、小さな会社の経理だという。
実況を始めたのは、一人で遊んだゲームの感想を、誰かと話したかったからだった。
「有名になりたいとかは、ないんです。見てくれた人と感想を話せるのが楽しくて。毎週投稿とかは、たぶん続かないです。休みの日まで締め切りになると、遊ぶのが嫌になりそうで」
「分かります。俺も、完成予定日を書いてから後悔しました」
「お互い、自分で仕事を増やしてますね」
小坂さんは紅茶を飲んだ。
「でも、作ってくれてよかったです」
「最初のゲーム、あのレシートを見つけたとき、ちゃんとこの部屋に人が住んでたんだなって思いました。驚かされる場所だと思ってたのに、急に誰かの家になって」
俺は膝の上で、指を握った。
彼女の言葉を、家に帰ってからも覚えていたかった。
「そういうのを作りたかったんです」
「うん。だから、次も遊びたかった」
そこで、彼女は少しだけ目を伏せた。
「会ってみたくなったのは、もっと後ですけど」
俺は言葉を待った。
「通話で、分からないところを分からないって言っても、ちゃんと聞いてくれるから。私も、遠慮しすぎずに話せるようになって」
彼女は、少し笑った。
「あと、私の話ばっかりじゃなくて、水野さんの話もしてくれるようになったのが嬉しかったです」
俺の話。
シュークリームとか、読めなかった字とか。
「ああいう話でいいんですか」
「ああいう話がしたかったんです」
返事がすぐに来た。
俺は、ゲームについてなら彼女と話せると思っていた。
俺の作ったものを好きでいてくれる人だから。
その先も話したかったのは、自分だけではなかった。
「俺も、小坂さんが何を好きなのか、もっと知りたいです」
小坂さんは一度目を丸くして、それから頷いた。
時計を見ると、二時間近く経っていた。
小坂さんがバッグを持ち直す。
「今日は、会えてよかったです」
「俺もです」
ここで別れたら、また電話で話せる。
でも、それだけで満足したふりはしたくなかった。
「小坂さん」
「はい」
「次、俺から誘ってもいいですか」
彼女の目が、まっすぐこちらを向いた。
「お茶でも、ご飯でも。ゲームの用事がなくても、また会いたいです」
小坂さんは、バッグを膝の上に戻した。
「はい。私も会いたいです」
次の週末の予定を、その場で決めた。
*
二度目は、一緒に昼飯を食べた。
三度目は、彼女が見つけた焼き菓子の店へ行った。
店の看板を見ながら、俺はあの食堂のゲームを作るとき、何軒も古い店の外観を見て歩いたことを話した。
小坂さんは、俺が撮った写真を見たがった。
何枚か見せると、「こういうのも見てみたい」と言った。
駅へ戻る途中、俺が気になっていた小さな写真展にも立ち寄った。
彼女が好きな音楽を教えてくれて、俺は帰りの電車で聴いた。
その夜の通話で、一番好きだという曲より三曲目のほうが気に入ったと伝えると、彼女は理由を聞いてくれた。
「最後に同じメロディーへ戻るところ、落ち着くんです」
「私は、二曲目の途中の静かなところが好きです。ちょっと、帰り道で一人になる感じがして」
そこから、彼女は一度に三曲分の話をした。
途中で気づいたように止まる。
「ごめんなさい、話しすぎました」
「続き、聞きたいです。帰り道のところ」
あとで聴き直すと、確かに静かな道を歩いているように思えた。
同じものが好きでなくても、彼女の好きなものを知るのは楽しかった。
通話も続いた。
翌朝が早い日は短く、会った日の夜にはしないこともあった。
次のゲームを作り始めた俺に、彼女は「無理にテストを頼まなくていいですよ」と言った。
「完成してから、知らない状態で遊ぶのも好きなので。最初から、全部分かっちゃうと寂しいです」
「分かりました。今回は、できてから」
「はい。でも、お話はしてください」
何を頼まれているのか、今度は分かった。
四度目に会った帰り、俺から気持ちを伝えた。
俺の作品を好きな人、というだけでは、もう足りなかった。
怖くても誰かのことが気になると戻ることも、好きな曲の話になると止まらなくなることも。会うのを楽しみにしていたと、照れながら言ってくれたことも。
彼女自身が好きだった。
駅前は人が多かったので、少し離れた歩道で立ち止まった。
「小坂さんが好きです。付き合ってほしいです」
準備していた言葉は、緊張するとそれだけになった。
彼女は俺を見て、唇を結んだ。
それから、笑った。
「私も、水野さんが好きです」
ほっとして息を吐いたら、彼女も同じように息を吐いた。
「今日、言ってくれなかったら、私から言うつもりでした」
「……危なかった」
「危なくないです。どっちからでも、同じですから」
彼女が、俺の袖をつまんだ。
「でも、嬉しいです」
これからが楽しみで、少し不安でもあった。
「俺、付き合うの、初めてなんです。分からないことは、聞いてもいいですか」
「もちろん。私も、してほしいことはちゃんと言いますから」
彼女は俺の袖をつまんだまま、手元を見た。
「たとえば今は、手、つなぎたいです」
俺はその手を取った。
通話では分からなかった温かさがあった。
*
千帆は、今も休日にゲームを遊んでいる。
俺も、仕事から帰って少しずつゲームを作る。
彼女の実況がある夜は、公開されたあとに動画を見る。
俺以外の作者が作った怖い廊下でも、彼女はよく立ち止まっていた。
昨日の動画では、明らかに怪しい扉の前で、長いこと迷っていた。
どうしてそんなに怖いのに遊ぶのか、付き合ってから改めて聞いたことがある。
「最後、どうなるか知りたいから」
千帆は、当たり前のように答えた。
その答えが好きだった。
怖くても、自分で続きを見にいくところも。
今夜の通話で、昨日の扉のことを話すと、彼女は不満そうな声を出した。
「あれは迷いますよ。絶対、何かいますもん」
「でも、開けたじゃん」
「そうですけど。直樹さんなら、平気なんですか?」
「俺も、知らないゲームは普通に怖いよ」
「今度、一緒にやりましょう。私ばっかり怖がってるの、不公平です」
俺は笑って、約束した。
話しているうちに、十時になった。
明日は二人とも仕事だ。
「そろそろ寝る?」
「はい。……あ、その前に」
通話の向こうで、少し間があった。
「土曜日、お昼から行ってもいいですか」
次の土曜、千帆が初めて俺の部屋へ来る。
一緒にゲームをして、夕飯を食べる予定だった。
「もちろん。昼、何食べたい?」
「近くに、好きなお店あります?」
「あるよ。じゃあ、先にそこへ行こう」
「楽しみです」
彼女が笑う。
俺は土曜の天気を調べながら、言った。
「俺も、早く会いたい」
今度は千帆のほうが、黙った。
「……もうちょっとだけ、話してもいいですか」
俺は時計を見た。
まだ、五分くらいなら。
「いいよ。俺も切りたくない」
ゲームは、とっくに終わっている。
俺たちにはもう、通話をつなぐための用事はいらなかった。
~完~
お読みいただき、ありがとうございました。
用事があって始めた通話が、いつの間にか、その人と話すための時間になる。そんな二人の距離の変化を楽しんでいただけたら嬉しいです。
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