心の中にある何か
最近流行りの小説はなんだろうか。悪役令嬢?
異世界転生? 私の予想ではそこらへんなのだ。
私は今葛藤している。……書けない。書けないのだ。
「設定が決まればサラッと書けばいいか」という安直な考えがだめだったのだ。
設定が決まったとしても、伏線をどこには貼るか、どこで、どうやって回収するか。
私のこの小さい頭脳では面白い作品は書けなかった。
下手な設定、下手な伏線を書いたってこれは意味があるのか。と、私は近々考え始めるようになった。
それからと言うもの、考え込む。落ち込む日が多くなった。頭にも情景が思い浮かばない。浮かんだ所で書く気力もない。バイトも忙しくて、あんまり精が入らない。
かと言って、書かなければ胸の奥底がそわそわする。これはなんだのだろうか。
書けない自分自身への失望? 書かないといけないというプレッシャー?
残念だがどれも違う。
私が求めているもの、それは……
「小説を知る前の私を取り戻すこと」だ。
何も知らず、文頭を開けるだとか、3点リーダーが2個でセットだとか、そういうルールを知らなかった時代。
その時に書いた小説が自分自身で最も、納得がいっている。
キャラクターをあまり出さないことで、一人一人に味の濃さを出させる。あるいは、そんなに複数登場させても、ひと言も喋させてあげられないと思ったのかもしれない。
どちらにせよ、私は基本的には二人いれば十分だと思っている。
なぜ二人なのかと言うと、面白くないギャグをするからだ。
一人だとボケのオンパレードとなる。読者から見ると、雨天中止を願うばかりだろう。
しかし、ツッコミ役を登場させることで、いろいろと幅が広がるのだ。
だが、その面白くないギャグには欠点がある。
それは、「小説」という堅苦しい雰囲気がなくなる、ということである。
そもそも、小説とはなんであろうか。
私が中学生の頃に良く好んで読んでいた本がある。それが、太宰治の『人間失格』だった。
当時の私はそのインパクトある題名に興味を惹かれ、購入した。
あの頃を振り返ってみると、本が好きというわけでもなく、そもそも本自体全く読んでいないのである。
そんな人間が、ガッチガチの小説を読むとどうなるのか。それはお分かりの通り……
「なんだこれ? 面白いのか?」と、中学二年生の私は思ったのであった。
漢字もわからない部分が多すぎるし、なんせ単語の意味までもわからないときた。
それは致命傷だったが、朝の強制読書タイムに時々、寝落ちしながら読んだのだ。
その結果どうなったのかと言うと。
結論から言うね。あんまり変わってない。
一つ、言うのであれば、性格の形成に貢献した、ということであろう。
私は積極的に絡みに行く人間ではなく、通称待ち組だった。
それは高校生まで続いた。
そのせいで……友達ができなかった!
ということはなく、毎年クラスが変わるたび、自分のクラスで話せる人を見つけていたのだ。
一度知り合ってしまったのならこっちのものだ。しかも席も隣ときた。
「これはチャンスだ」
高校三年生は隣の席になった子と朝、休み時間と空いてる時間があれば無意識に話すようになった。
だが、その内容は「今日の晩ごはんは?」「いい天気だね」という一言で表わせばクソみたいな内容だった。
見くびってもらわれちゃ困る。私はそこから話題を広げることができる、と考えたのだ。
晩ごはんからその料理が出てくるオススメの店。反応が良ければそのまま誘ってみたりする。
そもそも、隣の席と喋るようになったのは高校三年生の後半に差し掛かった直後に行われる行事。
そう、「文化祭」だ!
そこで私は仕事を失った。
何もすることがなかったのだ。「なにか一つくらいあるだろー!」という芯のない声が聞こえるが、このクラスの出し物は演劇だ。
私は人前に出ると緊張のあまり震えてしまうタイプだったので、役決めの時、私は机に突っ伏して寝た。
だから、仕事がなくなったのだ。自業自得だが、これは私の選んだ道だ。そう言い聞かせた。
あたりをキョロキョロ見渡していると、なんと同士を発見した。
窓のカーテンに身体を預け、地面を永遠と虚無の目で見つめている男。それが私の隣の席の男だった。
私は迷った。このまま知らんぷりをしてぼーっと明け暮れるか、この男に話しかけ高校生活の彩りを気にするか。
時計を見る。男を見る。それを何セットも行い、ホームルームが近づいてくるのを感じていた時。私のカラダが動いた。
「ねぇ。暇だね」
そう一言、その男に話しかけた。私は引かれると思っていた。冴えない男が急に話しかけ、同情を誘うような謳い文句で話しかけてくる。教室でなければギリ通報されても文句は言えない。
そのような覚悟があるにも関わらず、震えていた。相手の返事が来るまでの間が、100年間のように感じた。これはBLEACHを見すぎたせいだが。
私はその男を凝視した。周りから見ると、ただの浮いた変人に見えるが、私は真剣だった。
その男の口が動く……その瞬間を見ていた。
「そうだね」
なんと、同情してくれたのだ! その一言でテンションがバクアゲだったことを思いだす。
「そうだよねぇ! 帰りたいよね!」
「ほんとにね。帰ってゲームしたい」
その返事は気遣いをしただけなのかは、定かではないが当時の私からすればこの出来事は異例だった。
これまで、話しかけても声量が小さくて無視されてきた男が、今話しかけ、ラリーをすることに成功したのだ!
と、言った感じで高校生活は終わった。あの男とはあれから毎度の休み時間に話す仲になっていた。卒業するまで。ラインは交換した、がまったく話していない。そんなものだ。
それと『人間失格』と何の関係があるのか? と言うと、あんまりない。というか、ない。
つい私の癖で話を脱線させることがよくある。それがさっきの高校時代の友達についてだ。あの小説を読んだのは中学生だったから関係がない。
そんな私もついに大学生になった。ここらへんから私の自我が芽生えてきたと思う。
その理由として、私は元自閉症という理由もある。
「元」と表現しているのは、私自身に自信がついてきたからである。つまり、独断と偏見だ。
恐らく、それを乗り越えたのは大学1年生の長期休み期間だった気がする。
キッカケは……あまり覚えていない。気づけば、自我が芽生えてきた。
私は一つのある仮説を立てた。それは……
『この世界に、慣れてきたのではないか!?』
という説である。
ぶっ飛んだ説ではあるが、説明しよう!
まず、大学1年生ということは齢、18である。小学生の頃とかは「20歳が大人かー」と遠い目をしていたのに、法律が変わって「日本の中なら」大人、と言うものになってしまった。
だが、正直実感が湧かない。理由は明白だ。
まだ、完全に自由じゃない。
まだまだ、親に縋ってばかりで、酒も飲めない。
そんな大人がいていいものか。(恐らく、この発言は将来ブーメランとなる)
そんな大学生活では、真っ先に友達を作った。
私の通っている大学ではなんとクラスがある! そのクラスの中で一人、話しかけやすい雰囲気の男を見つけた。太やかで、着ている服が黒色と落ち着きのある色で、なにより、優しい目をしていた!
だから、勝手に横に座った。
「初めまして! いい天気だね!」
「え? あぁ……そう……だね」
なんとか日本人あるある「話題に困ったら天気の話に逃げる」を遂行し、挨拶を済ませた。
相手の声は凄く優しい声だった! だが問題が……
「今日……だね」
「……ほんとごめん。なんだって?」
「えーと……今日…………だね」
極端に声が小さかった。
私の耳が遠いせいもあるのかもしれないが、それ以上に声が小さかった。
本人は「声がよく小さいって言われるんだよねー」と言っていた。その言葉を聞いた途端、フラッシュバックした。
「声小さいよ」
「もっとハッキリ喋りましょう」
「わからないことはちゃんと聞いてくださいね」
どの場面も、私が失敗や、挫折をしたシーンだった。
私自身も、元は声が小さいと言われていたことを思い出した。だからこそ、同情する。
今私はノリに乗っている。コーヒーという魔法のカフェインを飲めば、自然に声が大きくなるし、行動力もあがる。
だが、心の傷はそれでは治らない。
時間が過ぎ、サークルに入る時期となった。あの男は「家でゴロゴロしたいから……」とサークルに入らなかった。
私は、廊下を彷徨っていた。帰ろうにも帰れないのだ。
サークルに入るには自ら情報を掴み、自らここに入ります! と、宣言する試練が待っていた。
その勇気が出せなくて廊下を彷徨っていたその時、ある男が肩にぶつかった。
「すいません……」
「いえいえこちらこそ。それより……」
その男は謝りながらも話題を私に振っていた。まるで肩に当たるのは計算内と言うように。
その男の話で、私は大学の本棟から、隅に追いやられた、まるで土地がなくなったユニバみたいな感じの棟に移動した。
そこはプレハブで、とにかく狭く、廊下にエアコンなどついていない。
しかもそこは直射日光がよく当たる場所だった。
専業主婦の人は喜ぶと思うが、暑すぎてそれどころではない。
なんと、こんな所に「文芸部の部室」があるらしいのだ。私はその男と一緒に、部室に乗り込んだのだった。
コンコン
「失礼します」
私は緊張で震えながら部室に入った。最初にお出迎えしてくれたのは、ぬいぐるみだった。後で聞いた話だが、コンビニの当たりくじであたったらしい。
「おーいらっしゃい。といっても、狭いけどね」
あるデカい男が自虐ネタを披露した。私たち1年生は「いえいえ」と言うしかなかった。
しばらく、肩にぶつかった男と先輩は話し込んでいた。彼は小説を書いていたらしい。だから文芸部に入ろうと決意した。
当の私はあんまり乗り気ではなかった。だって、読むだけでも疲れる男が書けるわけがない、と思い込んでいたからだ。
しかし、3桁以内の小説でもいいよ! と言われてしまった。その魔法のような言葉に私は惚れた。
結局、入ることになってしまった。
これが、今現在悩んでいる大元の元凶となる。
とは言え、後悔はない。正直、小説を書くのは楽しいし、最高の暇つぶしにもなる。
まぁ、文芸部に入った彼に見せたときは馬鹿にされたが。
「1000文字しか書けてないのー?」
「そうだが……」
「僕3000だよー」
というマウントを取られることになってしまった。
私は何も思っていなかった。なぜなら、相手の方が私よりよっぽど経験がある。そして、自信もある。
だが、そんな私でも選択肢は幾らでもあった。今どき、AIに手伝ってもらえるのも手だ。
あくまでも、私は。自分で書いた作品を作り上げたい。
最初の目標はそれだった。
誰の力も使わず、自分自身の小説を完成させる。どんなに駄作でもいい。笑われてもいい。だけど、「自分自身で満足できる小説」それを目指した。
約半月を費やして、それは完成した。
彼は大して読んでくれなかった。その割には彼が書いた小説を読まされていた。
そこについてはノーコメントでいかせてもらう。彼は彼の自信で溢れかえっていたから、口出しは不要と考えたのだ。
最初に書く小説。それも、本好きとかでもなく、本を日常的に読んでいるわけでもない。そんな男の小説。
後から見返してみると、それはト書きと呼ばれるものだと気づいた。
現在。それを参考にその小説を完璧な物にするために、リメイクをしている。
だが、そこで邪魔をしてくるのが、私だ。
変に語彙力を中途半端に持ったおかげで、いい表現が浮かばない。かと言ってト書きの小説を書けるわけでもない。
後にも先にも退けない戦いが始まっていたのである。自分の首を自分で絞める。過去の偉人たちの言葉は重い。
ある事情で三重に行っていた期間がある。それは合宿だ。文芸部? いやそうじゃない。
放送部だ!
実は部活を掛け持ちしている。とは言っても文芸部は週一に部室に集合ってだけで、結局のところは個人作業だ。
あまり、部室に来る人もいない。まぁ、そこが小さいので、沢山来られても座るスペースがなくなるが。
一方、放送部の方では何かと活動している。ラジオ活動にユーチューブの動画投稿。さらには生配信まで。さまざまな事に挑戦をしている。それが放送部だ!
スーパー戦隊モノみたいだが、部長さんは「なんでも屋」とまで言い張っていたくらいだから、興味を持った事に対してはなんでもする方なんだろう。
そして私は一回だけ、生配信に出た事がある。それはとあるFPSのゲームだったのだが、部長さんが私の過去を掘りまくったおかげで、視聴者から、メンヘラ兼サイコパスとレッテルを貼られてしまった。
ここの「サイコパス」の要素は中学時代に読んだ、『人間失格』のせいだと考えている。
いろいろ進路や、人間とは何かを考える期間に、あんな鬱展開の小説を読んでしまったのだ。歪まない方がおかしい。
このことを言うためだけに、前もって中学時代に読んだ小説を書いたのだ。もちろん、「小説はなんだ?」という絡みも踏まえている。
話を無理やり戻すが、放送部の合宿に参加したのもとある理由がある。楽しそうだから? もちろんそれもある。が、もっと私欲の目的だ。
その目的とはずばり!
『情景描写の練習をしよーう!』という私だけのサブタイトルをつけたのだ。
私に足りないものは何かと一生懸命に考えた。今となってはその時間こそが無駄だと気づいたが、その結果は、「情景描写が足りない! 想像力が足りない!」というものだった。
なので、新鮮な場所に行きたかった。すると、都合のいい感じで合宿の話が舞い降りてきた。
私は即答で返事をした。1年生とはこの前、動画を取ったばかりなので、顔見知りだし、ちゃんと話せる。
今回の人も雰囲気が良さげで話しかけやすい人だった。決して舐めているわけではない。こういうのは直感でビビッとくるものだ。
最近、私はこの直感を大切にしている。今だってそうだ。直感で言葉を選んでいる。
そうだ。最初に書いた小説なんて、文字数なんか気にしなかった。表現なんて気にしなかった。
だが今はどうだ? 文字数を見て「まだこんだけ……?」という失望を胸に抱いているじゃないか。
元々、楽しんで書いていたのに、いつの間にか目的から手段になってしまっていた。
それを人々は成長だと言う。大人になったとか言う。だけど私はまだバカをしていたい。
小説の中でも、現実でも。真面目ちゃんよりも、平穏な人生よりも……
私は「破天荒な小説、人生を描く」
そう決めた。




