ラノベ主人公が転生設定思い出すタイミング遅くね? って笑ってた俺が、ブーメラン喰らった。
第二王子のデビュタントを祝し催された王城でのガーデンパーティー。
空は何処までも青く澄んで、雲一つない。
こんなにいい天気なのに、どうして俺は来たくもない王都で、参加したくもないパーティーに出席してるんだろ……早く辺境に帰りたい。
「ルナ、表情死んでっぞ。気ぃ抜くんじゃねぇよ」
「嫌だなぁ兄さん、俺は元からこういう顔だよ」
場の雰囲気に溶け込むために手にしたワイングラスを片手に、兄さんが揶揄う。
いやいや、兄さんこそさっきからこんな隅っこに引っ込んじゃって、全然やる気ないじゃん。
艶やかな銀髪に蒼穹をそのまま閉じ込めたかのような瞳。
古の時代に世界を救った聖女の末裔であることを示す宝石眼が陽光を弾く。
粗野な口調と態度にも関わらず、長い睫毛がその中性的な美貌に影を落とし、愁いを帯びた美人に仕立て上げる。
つくづく、得な人だ。
前髪を上げ額を晒したいつもとは異なるヘアスタイルに、シンプルな細身のスーツがこれまたよく似合っている。
さっきから周囲のレディのみならず、男性の視線までも総なめ状態。
ソルヴァス・ルーチェ、我らが若き辺境伯爵だ。
「こんな場所でくらい、にこやかにできませんの? ルミィと同じ顔でやめてくださいませ、恥ずかしい」
隣に立つ双子の妹が、すかさず軽蔑の声を上げる。
腰まであるストレートの銀髪をゆるふわ巻にしているあたりに、この場への意気込みが相当なものであることが伺えた。
キャンディピンクの宝石眼に合わせたシフォンとリボンが可愛らしい薄ピンクのドレスを身に纏っている彼女は、見目だけはお人形のような可愛らしさだ。
……そう、見目だけは。
鼻の下伸ばしてこっちを見ている男どもに、声を大にして伝えてやりたい。
こいつが、常に人のマウント取らなきゃ生きていけない、性悪女であることを。
今日も今日とて、瓜二つの見目でありながら、魔法師としての腕が兄よりも劣ることに起因する俺叩きに余念がない。
「大体そのお洋服、全然似合っていませんからね? ルナお兄様のご容姿でソルお兄様と同じデザインを着こなそうなんて、百万年早いんですのよ。……そうですわね、せめてお色は変えるべきでしたわ。シックな濃紺なんて、ルナお兄様には合いません」
ふふんと勝ち誇ったかのようなドヤ顔にイラっとする。
……が、言い返せないのは自覚があるからだ。
如何せん、俺の顔面はカルミアと同じ……つまりは、美少女のそれなのだ。
本来ならレースがふんだんに使われたパステルカラーのお貴族坊ちゃん風デザインの方が似合う。
が、分かっていても、どうにも性に合わない。
チラ、と隣に立つ頭一つ高い位置にある兄さんの顔を窺い見れば、グラスに口をつけながらニヤニヤと俺を見ている。
それを了承の意ととると、この場にいる俺たちにしか聞こえない声量で猫撫で声を出す。
「……そういうお前は、そのドレスよく似合ってるよ」
「そうでしょう? 今日のために新調した、新作ですのよ!」
「あぁ、ベビードレスみたいですごく可愛いよ」
「ふはっ!」
「……なぁんですってぇえぇぇぇえぇっ!!?」
「ベビードレス……くくっ!」
「ソルお兄様も失礼ですわよ!」
顔は、よく似ている。
しかし、性別と性格は正反対。
生まれてこの方、どうにも相容れない。
事あるごとに俺を目の敵にしてちょっかいを出すカルミアと、むしろ妹を視界に入れることなく没交渉の俺。
いずれどこぞのお貴族様に嫁入りして、辺境の領地を出て行く妹。
その日までスルーしていればいいと思っているレベルで、そりが合わない。
……え、俺?
俺は当主を継いだ兄さんに生涯の忠誠を誓ってるから、このまま領地に骨を埋めるよ。
王国に生きる貴族子女全てが入学を義務づけられている王都学園にだって、辺境の特権を行使して即日辞退申請した。
兄さんには無断でやったから、すごく怒られた。
だけど、前当主である父さんの了承を得ていたので、問題はない。
「ったく、……お、空いたな。ちょっと来い、紹介しとく」
兄さんに促されるままについていくと、まさかのパーティーの主役の元に面通される。
第二王子にして王位継承権第三位、ヴァレンウォート王子。
黒髪に黒目、褐色の肌。
闇の加護持ちである証!
いったいどんな魔法を使うのか……闇魔法に関する情報はとても少ない。
めちゃくちゃ話したいけど、相手は王族。
俺の中の魔法オタクの血が騒いだけど、兄さんが一瞬送ってきた視線にお貴族様の仮面を被る。
……大丈夫です、俺は弁えた男なので。
「よぉヴァン、久しいな。エビネも変わらず」
「……あぁ、ソルヴァス。卒業以来だな……遠路はるばる王都まで、すまない」
「おぉ。お前の祝いの席じゃなかったらわざわざ来ねぇよ」
「嬉しいことを言ってくれる」
そう言えば、兄さんと第二王子は同級生だったっけ。
第二王子の傍に控える専属騎士も、極小さく目配せする。
職務中のため彼が会話に加わることはないけど、この三人でつるんでいたことが窺えた。
その証拠に、表情筋が死んでいるレベルで無表情だった第二王子の目元が微かに綻んでる。
「前当主は息災か? 予てからソルヴァスのデビュタントを見届けたら隠居すると仰られていたが、本当になさるとは」
「おぉ、元気元気。なんなら当主だった頃より元気だぜ? 魔物出た時はいつの間にか傭兵に混じって闘ってるしな」
屈託なく笑う兄さんにつられるように雰囲気が和やかになる。
ふと、視線がこちらに降りてきた。
……あ、表情がまた死んだ。
「君の弟妹か?」
「おぉ、会ったことなかっただろ? 弟のルナリアと妹のカルミア。カルミアの方はこの春から学園に入学すっから、三年間は王都だな」
「カルミア・ルーチェです! お会いできて光栄ですぅ!」
食い気味で第二王子に向かってカーテシーをするが、日頃の淑女教育の賜物か、見事によろけてる。
カルミアにだけ聞こえるように笑ってやると、すごい形相で俺を睨んできた。
授業サボってばっかの自分が悪いんでしょ。
光の加護に恵まれたくせに、魔物が現れても闘いやしない。
高い魔力に恵まれているというのに、宝の持ち腐れだ。
大人な対応で気づかない振りをしてくれた第二王子が、俺を見る。
「彼は?」
「……辺境の特権で、入学辞退しやがったんだよ」
辺境の特権。
その存在を欠くことにより危険が予期される場合、当人の在学を免除することができる……ってやつ。
兄さんが微かに口元を歪めるのを横目に、第二王子に向かって臣下の礼を取る。
「あぁ……既に戦力というわけか。頼もしいな」
「……まぁ、いた方がいいのは確かだけどな」
苦虫を噛み潰したかのような声音に、言質を取った気になる。
そうだよ、俺がいると討伐が楽だって、傭兵からの支持だって厚い。
学がない者が多いから粗暴に見えるかもしれないけど、接してみれば人のいい奴らばかりだ。
彼らが好きだし、王都に比べれば利便性はイマイチかもしれないけど、豊かな辺境の地を気に入っている。
何より、兄さんが治めている間は、辺境から出ないって決めてるんだよね。
つまり俺は、兄さんのように次期当主として学園内で他家門と顔繋ぎをする必要はないし、カルミアのように婚姻相手を探す必要もない。
王都の高位お貴族様と三年間交流するより、同じ時間を辺境を襲う魔物退治に費やした方がよっぽど有意義ってこと。
「そうか……彼はもう身の振りを決めているのだな」
少し遠いところを見る目。
……そう言えば、第二王子は王と側妃との間の子、だったっけ。
王と正妃との間には、第一王子と第三王子がいる。
デビュタントを終えた今、考えることも多いんだろうな。
……王族のアレコレなんて、知ったこっちゃないけどね。
「市井にくだんなら、我が領地はいつでも受け入れ歓迎だぜ? 魔物出たら働いてもらうけどな」
「……お前の元なら、それもいいな」
「マジかよ!」
久々の友人同士の会話を楽しむ二人が、ほんの少し面白くない。
兄の顔と当主としての顔は知っているけれど、学友と取り留めのない話をする姿なんて見たことがなかったから。
え? 嫉妬乙? ……うるさいよ。
「きゃあぁあぁぁぁあぁっ!!?」
「魔物が、どうしてこんなところに!!?」
「早く逃げろ!!」
突如、庭園上空に出現した一匹のワイバーン。
辺境では見慣れている光景だけど、こっちだと妙に新鮮。
王都にワイバーンって……王都の結界は王都の一等地にある神殿勤めの神官たちの仕事だ。
どんだけ雑な仕事をしてるの。
紳士淑女が蜘蛛の子を散らすように逃げまどい、各所に配置されている王城騎士たちの行動を妨げる。
……うわぁ、ワイバーンより、こっちのがよっぽど修羅場。
……あれ、なんだろ……?
何か、妙な既視感が……なんか、前に見たことがある……的な……
——あ。
これって、乙女ゲームの世界じゃん。
「ルナ!」
背後から肩を掴まれて、麗しの兄を振り返る。
――そうだよ。
やたら綺麗な顔をしている周囲の人間たちを、どうして今まで疑問に思わなかったの。
乙女ゲームの住人たちなら、美形揃いであることにも納得だ。
「ワイバーンの方は俺がやるから、結界をお願い」
ここにいる大半は何らかの属性の加護持ちだろうに、自身で闘うという選択肢のない人間ばかりだ。
しかし戦力にならないからと無碍に扱えば文句だけは一丁前に唱えてくる、何とも面倒臭い高位のお貴族様揃いときている。
パーティー会場である庭園全体に結界を張るとなればそれなりの集中力が必要だけど、そんなことをしてたら目の前のワイバーンを倒せない。
ここは攻撃力に秀でる俺がアレを叩いて、聖女の再来と謳われる防御力を誇る兄さんが結界に専念した方が効率的だ。
「死ぬなよ」
「あの程度なら、問題ないよ」
「王城騎士団に告ぐ! ワイバーンは我らルーチェが請け負う! 貴殿らは招待客の避難誘導を優先せられたし!」
よく通る声で指示を飛ばす我が当主に痺れる。
本来この場において辺境伯にすぎないルーチェに指揮権はないけど、有事ともなれば話は別。
日々鍛練を積んでいる屈強な王城騎士団とはいえ、ここ数十年この国に戦争の経験はない。
いわば実戦経験のない集団だ。
転じて、ルーチェの治める辺境領地ほど頻繁に魔物が出没する地域は、王国内にない。
いわば、この場の誰よりも我々が戦闘に長けている。
「ルーチェか——!! ——あい分かった! 退避の済んだ者から順次、貴殿らの支援を行う!」
「感謝する!」
おお、どうやら柔軟な対応ができる王城騎士団長様のようだ。
不幸中の幸いだね。
……では俺は、騎士団到着前にこいつを倒すことにする。
戦闘に専念する俺の邪魔にならない位置まで距離をとる兄さんの姿を確認し、≪光弾≫を連射してこちらに気を引く。
小型であれば≪光弾≫をただ打つだけで仕留められるけど、今回は中型だ。
撃ち落とすためには急所を狙う必要がある。
結界の展開を妨げない位置まで誘導し、鼻っ面に≪光爆≫をぶつけた。
視界に俺を捉えるなり、口から炎を吐かれる。
≪光盾≫でガードしつつ、≪光弾≫で片翼を集中的に狙い、体勢を崩しにかかる。
……くそ、熱いな。
痛覚遮断で、攻撃に集中する。
イイ感じに、翼の付け根が裂け始めた。
≪光爆≫でその亀裂を致命的なものにすると、ヤツの身体が傾き、怒りの咆哮を上げる。
——あぁ、このタイミングを待っていた。
大口を開けたその口内を≪光弾≫で打ち抜いてやると、糸が切れた操り人形のようにそのデカイ身体が地上に落ちてくる。
素早く後退し距離を取ることでその巨体の下敷きになることから免れた。
庭園に招待客の姿はなく、兄さんが上手くやったのだと安堵する。
そういえば、ここでゲームの開始を告げるイベントがあったはず。
死んだはずのワイバーンが一瞬息を吹き返し、最期の炎を吐くのだ。
その餌食になりかけた第二王子を間一髪、身を挺して庇うのがヒロインである俺の双子の妹。
庭園の片隅に第二王子と妹の姿を見止め、シナリオは順調なようだと一人納得する。
……あれ?
ゲームでは第二王子をその身で庇っていたはずの妹が、何故か第二王子にしがみついてる。
――いやいやいや!
何で腰抜かしてんだよ、お前が第二王子をお守りするんだろうが!
討伐サボってるからこんなことになんだよ、バカ——!!
役に立たない妹に変わるため慌てて第二王子の元に駆け寄ったのと同時に、ワイバーンの渾身の火球が迫った。
第二王子専属騎士がその身を挺して主君の前に立ち塞がるから、その彼ごと≪光域≫でドーム状の結界を展開する——が、強度が不安。
「兄さんごめん、助けて!」
「この——考えなしが!」
兄さんが重ね掛けしてくれた結界のおかげで、丸焦げにならずに済む。
第二王子専属騎士が首を胴体から切り離したことで、今度こそ安堵のため息を吐いた。
「おい、大丈夫か!?」
「ありがと兄さん、助かった」
駆け寄ってくる兄さんに笑って手を上げると、髪を掻き回しながら≪光癒≫をかけてくれる。
痛覚遮断のおかげで感じなかったけど、思っていたより火傷の度合いが酷かったみたい。
水膨れが破れ爛れた肌が瞬く間に元の滑らかなものへと戻った。
「おいヴァン、大丈夫か?」
「あ、あぁ。手を煩わせたな」
「マジでな」
言いながら、カルミアを引き離すことを忘れない。
高貴な方に触れるのは、それだけで不敬だからね。
「……すまない。君たちのおかげで助かった、礼を言う」
そう言って指を鳴らすと、黒い水溜りがワイバーン亡骸をどぶりと沈めた。
……影が、飲み込んだ?
見慣れない光景に、胸が躍る。
「本当に助かったよ、ソルも弟君もありがとう」
「あ、おいこらエビネ、撫でんなよ!」
第二王子専属騎士が、俺の兄さんに対して随分気安い。
……面白くない。
二人のやり取りに目を奪われていると、ふわりと肩に上着がかけられた。
「え?」
上質なそれは、今の今まで第二王子が着用していたものだ。
「あ、汚れてしまいますので!」
傷は治っても、所々が焦げて破けてしまった衣類は戻せない。
王族が着用するような上等の衣類を汚すなど、言語道断だ。
慌てて返そうとしたそれをもう一度羽織らされ、そのまま頬に手を当てられる。
……んん?
「あ、の?」
自分より頭一つ以上長身の彼を見上げる。
深く艶やかなブラックスピネルの瞳。
端正な顔立ちをしていて、薄い唇が数回結び、開きを繰り返す。
「……名を、教えてはくれないか」
眉一つ動かない無表情に感情のない平坦な声。
そういや、第二王子はそういう設定だったな。
慌てて臣下の礼を取る。
「宵闇の君にご挨拶を申し上げます。ルーチェ辺境伯ソルヴァスの弟、ルナリアと申します。殿下の御心遣いに、深く感謝を申し上げます」
「あぁ、顔を上げてくれ。そんなに改まることはないんだ」
顎を掬われ、煤で汚れているであろう顔をまじまじと見つめられる。
「……私は、ヴァレンウォート・ユグドラシル」
「ぞ、存じ上げておりま、す?」
「……そうか」
漆黒の目元が、微かに震えた。
「……ルナリア」
「は、はい……?」
「——君のことを、もっと知りたい」
「っ!?」
いや、その台詞は第二王子が、自分を助けたヒロインに対して言う台詞——!
咄嗟に横で無様にへたり込んだままのカルミアを見ると、目を剥いて第二王子を見つめている。
「え? あ、……は、ぃ」
俺の目に、選択肢は見えない。
——誰か、正解を教えて?
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