第9話 都市の評判と料理を狙う影
俺の屋台は、交易都市ベルデの市場で瞬く間に評判となった。
「あそこの屋台の串焼き、疲労回復薬より効くぞ!」
「神様みたいな美人が会計してくれて、スライムが皿を洗う(物理)!」
「特に、あの素っ気ない顔の姉ちゃん(アリス)に金を払うと、なぜか心が洗われる!」
口コミは一日で広がり、俺の屋台の前には、冒険者から商人、果ては貴族の従者まで、長蛇の列ができるようになった。
「いやぁ、リョウ様、大盛況ですね!」
ルナは楽しそうに客の呼び込みをしている。アリスは会計係として、「無駄な会話は不要だ。代金は丁度出せ」 と威圧感たっぷりに客を捌く。あの威圧感が、逆にこの屋台の「特別感」を演出しているんだから、世の中は分からん。
もちろん、人気の秘密は、俺の料理にある。プロの目から見ても、この都市の食材は質が高い。それに、誰かのために作る料理は、魂が乗る。
俺の料理は、単に腹を満たすだけでなく、客のその日の疲れやストレス、小さな悩みを吹き飛ばす力を持っていた。
――スキル【エサ】の本質は、「相手の魂が求めるものを提供する」こと。それは、モンスターだけでなく、神にさえ効くことが、都市での成功で証明されつつあった。
しかし、その評判は、歓迎されない場所にも届いていた。
都市の酒場。俺たちの屋台の評判を聞きつけた男が、イライラとテーブルを叩いていたらしい。男の名はボルクス。この都市の冒険者ギルドで、素材の横流しや裏の流通を牛耳っている悪党だ。
「ちっ、あの屋台のせいで、うちが扱ってる『活力回復薬』*の売り上げがガタ落ちだぞ!」
そんな情報は、風に乗って俺の耳にも入ってきた。ボルクスは俺の料理の「効果」 に目をつけたようだ。
「あの料理の秘密を探れ。あの肉に使っている、特別なスパイスがあるはずだ。それを手に入れれば、俺たちの回復薬の価値は元に戻る」
そいつが送った部下が、さっそく動き出したらしい。
その日の夕方。屋台の片付けをしていたルナが、不審な影に気づいた。
「あれ? リョウ様、この食材……どこに置きましたっけ?」
ルナが探していたのは、俺がリーフェン村から持ち込んだ「心臓ハーブ」。緊張をほぐし、集中力を高める効果がある、貴重な香草だ。俺はこれを、疲れた冒険者向けの料理に少量使っていた。
「確か、あの箱に……」
俺が確認すると、ハーブはごっそりなくなっていた。
「盗まれたか」
「ええっ!? こんな賑やかな場所で!?」
アリスが冷たい目を向けた。
「人間界の浅ましい欲望か。すぐに犯人を探しましょう」
「いや、いい」
俺は冷静だった。
「盗んだやつは、きっとまた来る。うちの料理の『秘密』 は、食材の良さだけじゃないからな」
翌日。俺はいつも通り営業を始めたが、盗まれたハーブのことは一切口にしなかった。
しかし、盗んだボルクス一派の動きは違った。俺の料理をコピーしようと試みたが、結果は散々だったようだ。
「親方、同じハーブを使って、同じ焼き加減でやりましたが……ただの焦げた肉になりました」
彼らは理解していない。俺の料理の『秘密』は、レシピではなく、気持ちだ。
ボルクスはイライラを募らせ、ついに自ら屋台へと乗り込んできた。
「おい、料理人! お前の料理には、何か魔法的な仕掛けがあるんだろう! それを吐け!」
ボルクスはテーブルをひっくり返し、客たちが騒ぎ出す。
「お客様、営業妨害ですよ」
「うるさい! 俺の店の売り上げを下げたのは、貴様らだろうが! その『活力の秘密』 を出せ!」
俺はフライパンを置いて、冷静にボルクスを見据えた。
「秘密なんてないさ。俺の料理は、気持ちを込めて、誰かのために作る。ただそれだけだ」
「戯言を! そんなもので商売ができるか!」
ボルクスが俺に殴りかかろうとしたその瞬間――
「やめなさい」
背後から、冷たい声が響いた。監査官アリスだ。
「この男は、神界の監査対象だ。貴様の取るに足らない欲望で、彼の業務を邪魔するな」
アリスが冷徹な神の威圧感を放つと、ボルクスは恐怖で動きが止まった。
俺は、ボルクスに一歩近づき、そっと握り飯を差し出した。
「あんた、疲れているようだな。これでも食って、少し冷静になれ」
ボルクスは、最初は拒否したが、その熱いおにぎりの香りに抗えず、無意識に受け取った。
――そして、一口食べた瞬間。
ボルクスは、その場で大粒の涙を流し始めた。
「う……うまい……。こんなに、温かいもの……何年ぶりに食べたんだ……」
ボルクスは、子供のように泣き崩れた。彼の魂が求めていたのは、大金でも、活力回復薬でもなく、誰かの温かい手による、情のある料理だったのだ。
『スキル【エサ】発動──対象:ボルクスとの契約が寸前で不成立になりました』
機械音声が響き、俺は首を傾げた。
「おや? まさか人間には効かないって、本当に徹底してるのか」
「違います! リョウ様!」
ルナが慌てて説明する。
「神格存在以外の人間には、契約はできません! でも、テイム対象ではない人間に、これほどの強い影響を与えたのは、初めてです!」
ボルクスは泣き止んだ後、盗んだハーブを返し、ギルドの仕事を辞め、俺の屋台で働くことを志願してきた。
「あんたの料理に、俺の人生を賭けたい!」
「だから、お前とは契約できないんだって……」
結局、俺はボルクスを雇い入れなかったが、盗まれたハーブは取り戻した。
都市での成功は、喜びだけではない。誰かの欲望を引き出し、トラブルの種にもなる。
俺は、市場の喧騒を見回した。
「さて、次のトラブルは、何を食いたがっているのかな」
プロの料理人として、世界中の食材を調理し、誰かの心を満たす。そのおかしな冒険の終着点は、まだ見えない。




