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スキル【エサ】発動~全モンスターが俺についてくる~  作者: 雨宮 徹


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第7話 神の監査官と、もう一つのおにぎり

 吹き込んできた風は、ただ冷たいだけではなかった。それは、空気を切り裂くような鋭利な気配と、圧倒的なまでの「無感情」を伴っていた。


 その風の源が、村の門に立っていた。


「ルナ。規律違反の対象として、契約を解除します」


 冷たく響く声の主は、銀色のストレートヘアを持つ女性だった。身長はルナよりも高く、無駄のない引き締まった体。頭上に浮かぶ札には、ルナの「研修中」とは対照的に、『監査官』 と刻まれていた。


「ア、アリス先輩……っ!」


 ルナは震えながら、俺の背中に隠れた。村の広場で火を囲んでいた村人たちは、この異様な雰囲気に言葉を失い、静まり返っている。


 監査官アリスは、ルナを一瞥すると、すぐに俺へと視線を向けた。その瞳は、まるで感情を持たない機械のようだ。


「人間。貴殿がルナと不当な契約を結んだ存在か。スキル【エサ】の濫用と、神界の規律を乱した罪により、契約は即刻解除されます。抵抗は無意味です」


 アリスが手をかざすと、手のひらから白い光が溢れ出した。それは、俺とルナを繋ぐ見えない鎖を断ち切ろうとする、強大な神の力だった。


「リョウ様、逃げて! これに抵抗したら、リョウ様の魂まで……!」


「黙ってろ、ルナ」


 俺は一歩前に出た。


 もちろん、戦う術などない。俺はただの料理人だ。相手は神。だが、俺には俺のやり方がある。


「なあ、監査官さん」


「何か?」


 アリスは光を強めた。


「あんた、お腹が空いてないんですか?」


 その言葉に、アリスの動きがほんの一瞬、止まった。


「何を馬鹿な。私は、任務遂行のため、数日間、食事など摂っていない」


「そうでしょうね。でも、あんたの魂が、今、何かを求めているのを感じる」


 俺は、村長から借りた小さな調理台に向かった。周囲から聞こえるのは、ルナの小さな嗚咽と、村人のざわめきだけだ。


 俺は、今、この村にある最も素朴で、最も美味しい素材だけを選んだ。


 山菜と、昨日採れたての香りの良いハーブ。そして、村で大切に育てられた米。


「アリスさん。あんた、昔はルナと同じ、おにぎり担当だったそうですね」


 俺の言葉に、アリスの顔が微かに動いた。無表情な瞳の奥に、一瞬だけ動揺が走ったように見えた。


「何故、貴様がそれを……」


「ルナが教えてくれたわけじゃない。あんたの気配が、ルナの気配と似ているからだ。だけど、ルナの気配は温かい。あんたの気配は冷たい。料理の情熱を捨てたからだろう?」


 アリスは反論しなかった。ただ、光を放つ手のひらを、静かに下げた。


 ――ジュウ。


 俺は、即席の竈でご飯を炊き、その横で山菜を細かく刻んで炒めた。ハーブと塩でシンプルに味を整える。


 そして、まだ湯気を立てるご飯を、手のひらに乗せた。


 熱い。プロでも思わず顔をしかめるほどの熱さだ。だが、この温度で握ることで、米の一粒一粒がしっかりと結びつく。


「リョウさんの……手が……」


 ルナが心配そうに声を上げたが、俺は集中していた。


 握る。包む。魂を込める。


 俺のポケットの中で、スライムのスイーツがドクン、ドクンと脈打つように揺れた。


 完成した。シンプルな山菜おにぎり。


 俺はそれを、アリスの目の前に差し出した。


「温かいままで食べてくれ。これは、誰にも強要されず、誰の評価も気にせず、ただ誰かを笑顔にするためだけに握ったおにぎりだ」


 アリスは動かない。ただ、湯気と、そこに溶け込む素朴で優しい香草の香りを、無意識に吸い込んでいた。


「食べる必要はない。契約を解除すればいい。だが、最後にこれだけは食べて、それから判断しろ」


 俺は、おにぎりを台の上に置いた。


 沈黙が広がる。村人たちは固唾を飲んで見守っている。


 アリスは、静かに手を引っ込めた。そして、ゆっくりと、そのおにぎりに手を伸ばした。


 冷徹な監査官の手が、温かいおにぎりを掴む。アリスは、恐る恐る口元へ運び、小さな一口を、静かに咀嚼した。


 ……。


 もぐもぐ。


 その瞬間、アリスの機械的だった瞳に、色彩が戻ってきた。過去の記憶。まだ純粋に「おにぎり担当」として働いていた頃の、他愛もない笑い声と、湯気の温かさ。


「あ、あたたかい……」


 アリスの目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。それは、神となってから忘れていた、人間らしい感情だった。


 おにぎりを飲み込んだ瞬間――


『スキル【エサ】発動──対象:神格存在・アリスとの契約が成立しました』


「え……?」


「えっ!?」


 俺とルナが驚きの声を上げた。アリスは涙を拭う間もなく、自身の体から契約の鎖が伸び、俺へと繋がっているのを感じ取った。


「ば、馬鹿な……契約を解除しに来た私が、逆にテイムされた……?」


 ルナは、安堵と驚きで顔をぐしゃぐしゃにしながら、アリスの肩に飛びついた。


「アリス先輩! 先輩、戻ってきてくれたんですね!」


「ル、ルナ! お前、離れろ……っ」


 監査官アリスは、冷徹な仮面を剥がされ、あたふたと動揺している。


 俺は、その光景を静かに見ていた。


「さて、監査官さん。あんた、契約解除はもう不可能だ。これからどうする?」


 アリスは諦めたようにため息をついた。


「規律違反の対象に、私がテイムされるなど、神界に報告できるはずがない……」


 アリスは、顔を上げ、俺に宣言した。


「よろしい。私は、ルナの正式な指導役として、貴殿の旅に同行します。ルナの規律違反を見過ごすことはできません。この契約が正当なものか、私がこの舌で、見極めて差し上げましょう」


「おにぎり一つで、神二人か……」


 俺は、頭を抱えた。これほど予測不能な異世界生活が、あっていいのだろうか。


 ルナが笑い、スライムのスイーツが足元でぷるぷる跳ね、そして、クールな監査官アリスが、次の料理を待つかのように静かに立っている。


 異世界を旅する、料理人リョウと、二柱の神と、一匹のスライムのおかしな冒険は、さらに賑やかになりそうだ。

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