6話 激辛カレーに耐えろ!
昨日言われた通り、今日は外でこよみとカレーを食べることになっている。特に待ち合わせなんかはせず、僕の家から一緒に向かう形だ。
今日もこよみは朝ご飯を作ってくれて、一緒に食べた。
それからも一緒に過ごして、今から家を出るところ。
出かけるということもあって、こよみはいつもと違う服を着ている。
全体的にふわふわした印象で、明るい色を基調にしている感じというか。今日のこよみは、可愛さを全面に出しているな。
このまま何も言わなければ、絶対にこよみが攻めてくる一手になる。まずは、褒めるべき。
「よく似合っているよ、こよみさん。華やかって言えば良いのかな。空気が明るくなりそうだよ」
「ふふっ、いつもの私と、どっちが好き? はると君なら、答えられるよね?」
ニンマリとしながら、僕を見ている。こよみのやつ、僕を獲物扱いしているな。鳥が品定めするように、狙いを定めてきたんだ。
どちらと答えても、反撃が飛んでくることは明らか。
今日が好きだと言えば、いつもは好きじゃないのかと。逆も同様。僕の答えを、潰そうとしている。
けど、甘く見たな。僕だって、もうこよみの手口は分かってきたんだ。そう簡単に、負けると思うな。
「普段は落ち着いた雰囲気があるし、今日は笑顔が映えるし、どっちも違う魅力があるかな」
「ふふっ、逃げたね? でも、良いよ。今回は、見逃してあげるね」
笑みを深めながら返ってきた。くっ、完全に意図を理解されていた。まるで待ったを認めるような余裕。これが、こよみ。
大きな一撃こそ避けられたけど、格の違いを思い知らされただけだ。やはり、こよみは強大すぎる。
きっと、カレー屋でも何かを仕掛けられるのだろう。けど、負けたりしないぞ。そんな意志を込めて、こよみに向き合う。
こよみは、ただ楽しそうにしていた。
出かけてからカレー屋の中に入るまでの間は、特に何も仕掛けられなかった。
つまり、カレー屋が本命なのだろう。そんな気がする。店に入って、まずはメニューを受け取る。
こよみはメニューを真剣な目で見て、終わったら僕の方を見てきた。とても、目を輝かせていた。
そのまま、いやらしい笑みを浮かべる。これは、仕掛けてくる。僕は、お腹に力を入れた。
「今日はー、激辛カレー対決しよっか? 勝てたら、耳かきしてあげる」
な、なんてやつだ。ご褒美が魅力的なだけに、限界まで食べざるを得ない。誘蛾灯に引き寄せられる虫のようになってしまうだろう。
こよみは、本当に自分の魅力を理解している。耳かきなんて、最高に決まっているんだ。
それに、僕はこよみに負けたくない。なら、受けるしか無いだろう。僕は、こよみの目を見つめて頷いた。
ただ、なんか目的が変わっている気もする。こよみのカレーと店のカレーを比べる話じゃなかっただろうか。
まあ、別に良いんだけど。メニューを見て、勝負を思いついたんだろうし。
それに、僕はこよみのカレーの方が好きだからね。勝負に変わっても、問題ない。勝てば良いんだよ。勝てば。
僕たちは激辛カレーを注文して、その刺激的な匂いにちょっと眉をひそめた。
そして、ゆっくりとカレーをスプーンですくい、口へと運んでいく。その瞬間、辛さというよりも痛さに襲われた。
まるで、無数の針で舌を刺されたかのよう。そんな錯覚をするくらい。
こよみはどうしているだろうか。気になって、顔を見る。すると、こよみもスプーンを運んでいるところだった。
口に入った瞬間、目を見開いていた。しばらくして、ゆっくりと飲み込んでいく。顔を真っ赤にしているのが、どこか印象的だった。
「かっ、かりゃい! く、口が……」
こよみは目に涙を浮かべながら、スプーンをカレーに近づけて止めてを繰り返している。
相当、辛かったのだろう。それこそ、二度と口に入れたくないと思うほどに。
今、こよみは弱っている。そこを突けば、きっと勝てるはずだ。
だけど、それで良いのか? 僕は、こよみを泣かせてでも勝ちたいのか?
違う。僕は、ただこよみに勝ちたいだけじゃない。僕のことを、認めさせたいんだ。叩き潰したいわけじゃない。間違えちゃダメだ。
もう、答えは決まりきっている。胸を張って誇れる勝利のために、ここはいったん停戦しよう。
もう二度と勝てないとしても、それで良い。僕は、絶対に後悔したりしない。
だから僕は、こよみに向かって提案したんだ。
「こよみさん、大丈夫? 僕が代わりに食べようか?」
「い、良いの……? こんなに辛いのに……」
「大丈夫だよ。こよみさん、もう食べたくないでしょ?」
「お、お願い……。ごめんね、はると君……」
しゅんとした様子で、こよみは僕にカレーを渡してくる。それを受け取って、できる限りの笑顔で返した。
「気にしないで。こよみさんにも、失敗する時はあるんだね」
それだけ言って、僕はまず自分の分のカレーを口に運んでいく。痛みで、僕の目からも涙が出てきた。
だけど、僕は止まらない。一歩一歩踏みしめて歩くように、確かに一口ずつ食べ進めていく。
口元に運ぶたびに、口がしびれる。痛みが、増していく。だけど、止まったりしない。
まずは自分の皿を食べ終える。そして次の皿を手に取ると、まだほぼ全部残っている。
僕は一度だけつばを飲み込んで、そのまま食べ進めていった。
時々ラッシーで流し込む。痛みは、少しも弱まった気がしない。けれど、絶対に手を止めたりしなかった。
なんとか、全部を食べ終える。僕は、こよみの方をまっすぐに向いた。
こよみは僕の手をそっと手にとって、両手で包み込む。そして、ふわりと微笑んだ。僕を包み込むように。
「やっぱり、はると君は優しいね……。ありがとう、はると君」
「いつもお世話になってるし、今日くらいはね」
「耳かきは、しっかり丁寧にやるから。期待しててね?」
「うん、楽しみにしているね」
とても嬉しそうに、はにかんでいた。その顔に、僕は強く目を引きつけられた。
僕たちは手をつないで帰って、僕の部屋に向かう。そこで、こよみは正座をする。
ぽんぽんと太ももを叩いて、招かれる。僕はゆっくりと、頭を乗せた。
「じゃあ、始めるね。はると君への、感謝の気持ちだよ」
ゆっくりと、耳かき棒が入っていく。そっと触れるだけのように、優しく中をこすられる。
ちょっとだけ、頭がふわふわするような感覚があった。温かい布団の中で、うとうとしているような。
しっかりと丁寧に、とても優しく耳かきをされる。片方が終わって、軽く息を吹きかけられる。それを合図にして、僕は反対側を向いた。
次も、同じように慎重に耳かきをされて、また息を吹きかけられる。その後、軽く頭をなでられた。
「はると君。私の気持ち、伝わってるかな?」
「うん……」
とても穏やかな声で告げられて、僕は自然と返事をしていた。
こよみが僕を大切にしてくれていることなんて、わざわざ言葉にするまでもないこと。けれど、頭を撫でる優しい手つきが、何よりも雄弁に気持ちを語っていたんだ。
しばらくして、こよみの手が離れていく。僕も、ゆっくりと起き上がる。
こよみは、また穏やかに笑った。
「はると君、今日はありがとう。とっても、素敵だったよ」
「ううん、こよみさんのためだから」
「そんなはると君に、提案があるんだ。聞いてくれる?」
「どうしたの、こよみさん?」
問いかけた僕に、こよみは少し目をさまよわせてから、まっすぐに目を合わせてくる。そして、とても真剣な声で告げてきた。ほんのちょっとだけ、頬を染めながら。
「ねえ、はると君。テストの点数で私に勝てたら、キスしてもいいよ?」
どこか色っぽく笑うこよみに、胸が跳ねた気がした。
もし勝てば、こよみとの関係が大きく変わるのだろう。そんな予感を、強く感じていたんだ。




