33話 プラネタリウムでのデート
今日は約束のプラネタリウムに行く日だ。
こよみは、もう家にやってきている。朝ご飯を食べた後、しばらくして出かける予定だ。
今日のこよみは、なんだかボーイッシュな格好をしている。野球帽っぽいものとかパーカーとか。こういう格好も、似合うんだな。
なんというか、茶目っ気のようなものを強く感じるような気がする。たぶん、キリッとしているからかな。
「その格好で行くんだね。似合ってるよ、こよみさん」
「はると君も、素敵だよ。今日は、めいっぱい楽しもうね」
まあ、僕の服はほとんどこよみが選んだようなものなんだけど。そう考えると、自画自賛か? いや、こよみの好みに合っているんだと思っておこう。その方が、お互いに幸せでいられる。
今日は特に勝負することもないんだし、反撃しても仕方ない。こよみの言うように、めいっぱい楽しめば良い。
ただ、白雪先生の言うように、想いを行動で伝えるという流れがある。今から、つばを何度も飲んでしまいそうだ。
だけど、僕が決めたこと。しっかりやらなくちゃ、話にならない。こよみとの約束を破ることにもなる。覚悟を決めろ、僕。
一度だけ深呼吸して、僕はこよみに頷いた。こよみは、晴れやかな笑顔を見せてくれた。
「じゃあ、行こっか。ほら、手を出して?」
「う、うん……」
こよみの差し出した手を、ゆっくりと握っていく。まだ、慣れない。胸が変になりそうな感覚がある。
だけど、今回はデートみたいなもの。こういうことは、とても大事なはず。そうだよね。
プラネタリウムに向けて歩き出すと、こよみは鼻歌を歌っていた。とてもうまくて、聞き惚れそうなほど。
歩くペースもいつもより早い気がするし、かなり機嫌が良いのかもしれない。
やっぱり、僕の行動に期待してくれているんだろう。どうだろうか。応えられるのだろうか。
正直、僕の予定していることは、ほんの小さなことだと思う。だけど、行動で示すということなら、とても大事なはず。そう信じるだけだ。
もしがっかりされたら、もっと勇気を出さなくちゃいけない。こよみを喜ばせてこそ、意味があるんだから。
しばらく歩いて、建物の入口が見えた。こよみは鼻歌を止めて、手を離していく。
受付でチケットを渡して、プラネタリウムへと案内される。
そこはガラガラというほどでもなく、でも僕たちの周りの席は空いているという程度。状況としては、ちょうど良いはず。
よし、良いタイミングで勇気を出さないとね。今でも緊張するけれど、僕の気持ちを形にしてみせる。
「もうすぐ始まるね。はると君は、星には詳しいかな?」
ヒソヒソ声で、こよみは話しかけてくる。隣同士なこともあって、それでもよく聞こえる。
どんな演目かは、知らない。ゆりさんに貰っただけで、調べたわけでもないから。こういうのは、たぶん体当たりの方が楽しいし。
まあ、間違いなくこよみほど詳しくはない。こよみがどれほど詳しいかは分からないけれど、それでも。
「ううん、あんまり。だから、楽しみだよ。こよみさんと、詳しくなっていけるし」
「そっか。なら、ゆっくり楽しもうね。私も、ちょっとは解説できるから」
「なら、分からないことがあったら聞こうかな。よろしくね、こよみさん」
その言葉を言い終えたくらいのタイミングで、演目が始まる。
全体が真っ暗に近くて、こよみの顔がなんとか見えるという程度。静かな雰囲気があった。
輝く星空を写しながら、ちょっとした映像が流れていく。なんか、星座の名前を教えてくれるくらいの解説みたいだ。
それに合わせて、こよみが補足を入れてくれる。
「オリオン座って、サソリ座と追いかけ合っているって話があってね。ギリシャ神話で、オリオンがサソリに殺されたからなんだよ」
「つまり、仇を追いかけているみたいな?」
「ふふっ、また刺されたくなくて逃げているのかもしれないよ」
こよみの解説は、すっと入ってくる感覚があった。僕に分かりやすいように説明してくれているんだと思う。
あらためてちゃんと星を見てみると、さっき話されたエピソードが見えてくるような気がした。
所詮は、人の後付けした物語。だけど、星を見る目が変わるような。
こよみとプラネタリウムに来たことで、いつか夜空をふたりで楽しめるかもしれない。そんなワクワクも、確かにあったんだ。
だからこそ、僕は勇気を出さないといけない。さっきの考えを、現実にするためにも。
今は、少し解説が落ち着いている。きっと、ちょうど良いタイミングだ。
一度、自分の手の平を見つめる。握って、開いて。そして、ゆっくりとこよみを横目で見る。
落ち着いた顔で、星空を眺めていた。僕は、もう迷わなかった。
こよみの手に向けて、僕の手を伸ばす。そして、自分から握っていく。
本当に、小さな一歩。こよみは、いつもしてくれていること。
だけど、きっと僕たちの関係を大きく変える一歩なんだ。少なくとも僕は、そう信じていた。
こよみは、軽くこちらを向く。そして、ぎゅっと僕の手を握り返してくれた。僕の方も、こよみを離さないようにする。
少しして、こよみはもぞもぞと手を動かし始めた。握りを変えようとしている。なんとなく気がついて、僕の方から恋人握りに変えていく。
正解だったみたいで、こよみは僕の肩に頭を預けてきた。
少しの重さと、吐息。肩にそれらを感じながら、手のひらからも暖かさと柔らかさが伝わってくる。
正直に言って、星空にはまるで集中できないでいた。それなのに、とても心は満たされていたんだ。
「はると君、夏の大三角は知っているよね。どの星がどこにあるか、分かる?」
その言葉からするに、今は夏の大三角が映されているのだろう。それらしいものを、探していく。
なんとなく、三角っぽいものが見つかった。それを指さしてみると、苦笑のようなものが聞こえてきた。
「その星からもうちょっと右下にあるのが、アルタイルだよ。左下がデネブ。上がベガだよ」
僕の指していた星は、なんか別の星座だったらしい。星空に全然詳しくないのが、出てしまったようだ。
というか、今はわし座の説明が流れている。そこにある星が、アルタイルだった様子。
たぶん、関係のある話として出されたのだろう。こよみの博識さを、あらためて知ることになった。
「いつか、夜空でも見てみたいね。こよみさんと、ふたりで」
「そうだね。約束だよ、はると君」
そんな約束を胸に、残りの演目を聞いていく。終わる瞬間まで、僕たちは手を握り続けていた。
プラネタリウムから出て、お互いに微笑み合う。自然と、同じタイミングで笑い始めていたんだ。
「ありがとう、はると君。きっと、勇気を出してくれたんだよね」
「うん。だけど、僕の方こそお礼を言わないとね。いつも、こよみさんが手を引っ張ってくれていたから」
そう言うと、こよみは軽く目を見開く。少しして、顔がほころんでいった。
とても柔らかい顔をしていて、満たされているのが伝わってくるよう。僕が勇気を出した意味は、確かにあった。そんな気持ちが、胸に刻まれていく。
「ふふっ。本当に、ゆりちゃんには感謝しないとね。一緒にお礼を言いに行こっか、はると君」
「そうだね。次に登校した時に、必ず」
そう言って、僕たちは帰り道に向けて歩き始める。今回も、僕の方から手を握った。
こよみは、優しく腕を組んでくる。その笑顔は、どこまでも輝いていた。




