32話 先生の内緒話
白雪先生と一緒に、自販機前にあるベンチに向かう。手でうながされて、座る。
先生は、自販機にお金を入れて、いくつかのペットボトルと缶を買っていた。それを手に持って、僕とこよみに差し出してくる。
僕とこよみの分はお茶で、白雪先生の分はコーヒー。どうも、無糖みたいだ。
受け取ると、先生はちょっと唇の端を釣り上げていた。
「霧島、秋雨。お疲れ様。私のおごりだ。飲んでくれ」
「ありがとうございます、白雪先生」
「ふふっ、ごちそうさまです」
「内緒にしておいてくれよ。規則だなんだと、最近はうるさいからな」
ウインクしながら、そう言ってくる。なんというか、堅物っぽいイメージを抱いていた自分が恥ずかしいくらいだ。
白雪先生は、話が分かるし茶目っ気もある。かなり話しやすい先生だと言えるだろう。
だからこそ、ちゃんと内緒にしないとね。先生を困らせるのは、僕の望むところではない。
「はい。先生が処罰されたら、私たちも損しちゃいますから」
「せっかく気を使ってくれたんですから、僕は裏切りません」
「良い子だな、お前たちは。さて、今回はよく頑張ったな。見事な結果だった。おめでとう」
大きく頷きながら、軽く拍手をしてくれる。褒めてくれるために、わざわざ探してくれたのだろうか。
かなり、僕たちは目をかけられているのかもしれない。その気持ちは、無駄にしたくない。
ひとまず、良い結果を残せたというのは誇って良い。大半がこよみのおかげだけど、それでも。
だから、僕は先生よりも強く頷いた。
「はい。はると君のおかげです」
「こよみさんのおかげですよ。僕は平凡ですから」
「ふふ、仲の良いことだ。これからも、仲良くしてくれると嬉しいものだ」
優しい目で、白雪先生は僕たちを見ている。
きっと、うまくいかない関係も見てきたのだろう。そんな気がする。
油断するわけじゃないけど、僕たちはきっと大丈夫なはず。そう信じるだけではあるけれど。
僕とこよみは、同じタイミングで頷いた。それが、未来を示しているように思えた。
「もちろんです。ずっと、一緒に居ますよ。ね、はると君」
「そうだね。絶対に……」
「長く続きそうな、良い関係だな。いずれ結婚するのなら、恩師として呼ばれたいものだ。自分で恩師なんて言うのは、おこがましいが」
ちょっとだけ、白雪先生は遠くを見ていた。結婚に、何か思うところがあるのかもしれない。
想像でしかないけど、例えば自分の結婚は諦めているとか。あるいは、生徒の結婚を見るのが夢だったとか。白雪先生は、僕たちみたいな青春を送りたかったらしいし。
まあ、やめておこう。あんまり邪推するものではない。
そもそも正しかったとしてだ。白雪先生に何かするのは、僕の役割じゃない。白雪先生が出会うか、あるいはもう出会っている誰かに任せるべきこと。
僕は、こよみと家族だけを大事にしていれば良いんだ。いや、教師としては白雪先生を大事にするし、ゆりさんみたいな友達との関係もあるけれど。
でも、はっきりと分かる。僕が一番優先すべきなのは、こよみだって。
「白雪先生には、楽しい余興をしてもらいたいですね。ふふっ、ラブソングでも歌ってもらいましょうか」
こよみは、先生をからかうようなことを言っている。たぶん、打ち解けているのを感じたんだろう。
そういうところは、ちゃんと見ているのがこよみだからね。実際、白雪先生は口元に手をあてて笑っている。
まあ、僕がからかうのは違うだろう。なら、言うべきことは決まっている。
「今でも、白雪先生は尊敬できる先生です……!」
「ありがとう。表立っては言えないが、お前たちのことは応援しているよ」
じっと、僕たちの目をまっすぐに見ていた。白雪先生は、教師という立場だ。だから、あんまり交際とかを推奨できないんだと思う。
とはいえ、僕たちも高校生。実際にどうなるのかはさておき、恋愛だってする年齢だからね。
先生は、個人として僕たちを応援してくれているのだろう。そっちの方が、僕は嬉しい。
「ふふっ、節度を守って、しっかりとやりますね」
「もし関係を進めるのなら、私たちには知られないようにな。節度というのは、そういうものだ。お前たちなら、分かっているだろうが」
付き合ったり、キスしたり、あるいはもっと先までだろうか。
白雪先生が指しているのがどの段階かは分からない。ただ、先生としても、表向きはとがめたり罰したりしないといけない。
だからこそ、しっかり隠すのが大事だと言われたのだろう。やっぱり、優しい先生だ。
とはいえ、僕たちの関係が進むというのは、少し怖くもあるけれど。これまでと同じことが、できなくなるかもしれないし。
「そ、それって……」
「はると君には、まだ早いですよ」
「そのようだな。教師としては安心できるが……。想いを行動にするのも、大事なものだぞ?」
明らかに、白雪先生は僕の方を見ていた。つまり、勇気を出せと言っているのだろう。
確かに、必要なことだと思う。僕たちの関係にふさわしい行動というのは、まだ分からないけれど。
「ふふっ、そうですね。はると君次第ですけど」
こよみは、流し目をして微笑んできた。確かに、気後れしているのは僕かもしれない。
二人三脚の時だって、肩を組むだけでもドギマギしていた始末だし。臆病な小動物かという有り様だった。
とはいえ、もっと進むとなると、肩を組む程度じゃ足りないかもしれない。ちょっと、震えそうになった。
「そ、その……」
「ああ、悪い。お前たちのペースがあるものな。あまり大人がちょっかいをかけるのは、良くない。じゃあ、またな」
「はい。また、よろしくお願いします」
「は、はい……」
僕とこよみの肩に手を置いて、白雪先生は去っていく。
たぶん、先生は大人としての経験をいろいろとしているのだろうな。その視点から、僕たちを見守ってくれている。
きっと、期待に応えたい。それを、こよみも望んでいるだろうから。
「ふふっ、白雪先生にも応援されちゃったね。はると君は、どうするのかなー?」
口元に手を当てて、面白そうに笑っている。また、僕を標的にしてきたな。
とはいえ、とても大事なことだ。僕たちの関係は、少しだけ変わったはずだから。
こよみに、何らかの行動をする。僕の気持ちを伝えるような。
ふと、頭に思い浮かぶものがあった。
ゆりさんに貰ったチケット。それで、お疲れ様会としてプラネタリウムに行く。
今すぐに行動する勇気は、まだ出てこない。だけど、その時なら。
僕は一度息を吸って、吐き出す。そして、こよみとまっすぐに向き合った。
「ねえ、こよみさん。プラネタリウムを、待っていてくれないかな。その時なら、きっと……」
こよみは、一度ため息を付く。そして、僕に向けて暖かく微笑みかけてきた。まるで、陽だまりみたいに。
「じゃあ、楽しみにしているね。はると君が、どんな行動をするのかを」
とても優しい声で、告げられる。
僕の中では、やりたいことはハッキリとイメージになっていた。
こよみの期待に応えられるのかは、まだ分からない。
けれど、僕の精一杯の気持ちを伝えてみせる。
僕は、こよみと目を合わせる。そして、深く、とても深く頷いたんだ。




