31話 二人三脚の本番
いよいよ、次の競技が二人三脚。4人一組でレースをして、三回勝ち抜けば優勝。一応、決勝以外は上位二人が勝ち進める形式ではある。
つまり、毎回全力を出すか、あるいは決勝に向けて温存するかという駆け引きも存在するということ。 ただ、僕にそんな難しい戦略を実行する余裕はない。全力一択だ。
僕とこよみは、一戦目から出場する。決勝まで進むという観点では、有利だと思う。ちょっと休めるし。
だけど、そんな小賢しいことを考えていてもダメだ。僕はただ、まっすぐに突き進むだけ。
足を縛って、僕たちはレーンに並ぶ。こよみは、落ち着いた様子で前を見ていた。その姿をながめていると、こちらを見てくる。
そして、晴れやかな笑みを浮かべてきた。
「頑張ろうね。私たちが勝てば、今日はふわとろオムライスを作ってあげるから」
こよみのオムライスは、僕の大好物。それを出してくるあたり、こよみは相当勝ちたいみたいだ。頑張らないとね。
ただ、こういう時にこそ深呼吸。僕はゆっくりと息を吸って、吐いていく。
こよみに教えてもらったことは、ちゃんと覚えているんだ。力を入れすぎないのが、大事なんだ。
「これで、たぶん大丈夫だと思う。頑張ろうね、こよみさん」
「ふふっ、そうだね。じゃあ、行こうか」
お互いに前を向いて、しっかりと肩を組む。そして少しして、始まる時間になった。
「位置について、よーい……」
その先の合図を、しっかり聞く。僕は耳をすませて、タイミングを待っていた。
銃声が鳴り、僕たちは走り出す。しっかりと、リズムをキープできるように。
「いち、に、いち、に」
「いち、に、いち、に」
今のところ、悪くない。掛け声も足の運びも、かなり合っている。
まだ明確な差はついていないけど、ここからが本番。こよみの声を、確実に聞いていく。リズムが合っているかどうかを、きちんと確かめながら。
「ふふっ、ちょっとペースを上げよっか。いち、に、いち、に」
「分かった。いち、に、いち、に」
ペースを上げてから、だんだん差が開いていく。あまり周囲を見ないようにしながら、それでも隣には誰の存在も感じていなかった。
ゴールテープを切る感覚が分かる。つい、こよみの顔を見た。とてもまっすぐな瞳が、輝いていた。
特にトラブルもなく、まずは一回戦を1位で切り抜けられた。もしかして、本当に優勝できるんじゃないだろうか。そんな気がしてくる。
「はると君、まずはお疲れ様。かなり、調子良かったね」
「うん。こよみさんがテンポを保ってくれたおかげだよ」
「ふふっ、はると君が合わせてくれたおかげでもあるよ。また、次もよろしくね」
そう言って、嬉しそうにはにかむ。この調子なら、勝ってこよみを喜ばせられる。拳を握りしめて、気合いを入れ直した。
ひとまず僕たちの番が終わった。そこで、残りの人たちの走りを見ていく。
なんというか、僕たちより明確に早い人はいないなと感じた。ちゃんと力を発揮さえすれば、どうにかなりそうだと。
これなら、勝てるかもしれない。そんな気持ちが、膨れ上がっていったんだ。
続く二回戦。僕たちは、もう一度レーンに並ぶ。こよみは、僕の方を見て眉をひそめていた。
「はると君。一回、深呼吸してくれる?」
「分かったよ。すー、はー。これでいい?」
「うーん、まあいいかな。今回も、頑張ろうね」
なんとなく、こよみは不安そうに見えた。なんというか、目線がさまよっているような気がしたというか。
なら、僕が頑張らないと。一度、自分の頬を叩く。そして、こよみと肩を組んでいった。
次の銃声が鳴って、最速で僕は飛び出す。すると、こよみがわずかに遅れていた。ちょっとだけ、足をもたつかせてしまう。
なんとか体勢を立て直したものの、出遅れてしまった。
挽回しないと。そう考えて、足を早めていく。こよみも合わせてくれて、少しずつ距離が縮んでいく。
目の前の一組だけ抜かして、ゴール。結果は、二位だった。
決勝に進出することは、できた。だけど、このままじゃ勝てない。分かってしまって、待機所でうつむく。
こよみは、そっと僕の肩に触れてきた。
「ごめんね、はると君。私が出遅れちゃって、困ったよね」
「ううん。こよみさんのせいじゃないよ。運が悪かったんだと思う」
こよみは僕の言葉を受けて、目を伏せる。どこか、悲しそうに見えた。
どうしてなのだろう。二位になってしまったからだろうか。それとも、他に理由があるのだろうか。
分からない。分からないことが、寒いほどに心に響く。
「ねえ、はると君。もう、ふわとろオムライスは作るよ。それじゃ、ダメかな?」
目をうるませながら、問いかけてくる。
こよみは、勝つことを諦めてしまったのだろうか。だから、オムライスを作ってくれるのだろうか。
どうして。僕は、こよみと勝ちたかったのに。そんなに、ふがいなかったのだろうか。
「でも、それじゃ……」
「はると君は、いま楽しい? 私との二人三脚を、良い思い出にしてくれる?」
こよみが沈んだ声で告げてきた。僕は、ハッとした。
そうだ。勝つことばかり考えていた。こよみと一緒に楽しむことが、一番だったんじゃないのか。
本当に、ふがいない。僕をぶん殴ってやりたいくらいだ。こよみを悲しませてまで、勝ちたかったのか? そんなわけないだろ。
だからこよみは、始まる前に不安そうだったんだ。僕が、勝ちしか見ていなかったから。
そうだ。二人三脚で最速で飛び出してどうする。こよみは出遅れたって謝ってくれたけど、僕のミスじゃないか。
なら、僕のやるべきことは決まっている。そうだよね、こよみ。
「ごめん。こよみさんの気持ち、何も考えていなかったね。でも、次は大丈夫だから」
僕の言葉に、こよみの顔がほころぶ。安心したように、表情が花開いていく姿が見えた。
そうだ。僕は活躍なんてしなくていい。こよみを引っ張らなくたって良い。本当にやるべきことは、僕たちで勝つこと。
こよみより凄いところなんて、今はいらない。ただ、こよみを支えてさえいれば。
間違いなく、こよみなら勝てる。それを引き出すのが、僕の役割なんだ!
「そっか。今の私たちなら、きっと最高の走りができるよ」
「うん。こよみさんと一緒に、最高に楽しめるはずだよ」
僕とこよみは目を合わせて、同じタイミングで頷く。心がつながったような気がした。
決勝に向けて、僕たちはレーンに並ぶ。一度目を合わせる。それだけで、十分だった。
銃声が鳴って、一歩目を踏み出す。こよみの動きに、僕は全神経を集中させていく。
「いち、に、いち、に」
「いち、に、いち、に」
もう、何も必要なかった。こよみの声を聞いて、動きを感じる。それだけで、どうしたいのかが分かる。
ゴールテープがもう少しという段階になって、ペースを上げていく。
最後まで走り抜いて、ゴールテープを切る。隣には、誰もいなかった。後ろから、遅れて足音が届いてきた。
僕たちの、優勝。こよみと目を合わせて、頷く。僕たちは手をつないで、拳を振り上げた。万雷の拍手が巻き起こった。
最後の競技を終えて、閉会式。結果としては、僕のクラスが所属している組が勝った。
だけど、隣で嬉しそうに微笑んでいるこよみの姿が、何よりの結果だったんだと思う。
こよみは僕の方を見て、ウインクしてくる。それに、頷いて返した。
今回の体育祭は、最高の結果だった。終わってから、僕たちはふたりで座る。
何も言葉はなかったけど、ただ心地よかった。
そうして落ち着いた気持ちでいると、足音が聞こえてくる。そちらを見ると、白雪先生がいた。
「ふふっ、良いものを見せてもらった。いま、開いているか? 少し、話をしたくてな」
穏やかな顔で告げる先生に、僕たちは頷いたんだ。




