30話 体育祭の始まり
今日は満点の青空で、それでいて適度に涼しい。完璧な運動日和だ。
そんな日に体育祭本番がやってくるのは、何かの運命かもしれないな。なんて、気取りすぎか。
でも、今日がとても大事な日であることに変わりはない。こよみの作ってくれたカツ丼を食べて、一緒に学校に向かう。
「ふふっ。はると君がカッコいいところを見せてくれたら、ご褒美をあげちゃおっかなー」
登校中、そんなことを言われる。ちょっと弾んだ声で、からかうような感じ。
ただ、こよみが認める結果を出せば、実際にご褒美をもらえるのだろう。それは間違いない。
とはいえ、僕が活躍する姿は、あんまりイメージできない。こよみと比べたら、明らかに平凡だから。
でも、やる前から諦めるのも違う。少なくとも、全力を出す。それだけは、誓う。
「こよみさんに認めてもらえるように、特に二人三脚は頑張るよ。もちろん、無駄な力は入らないようにね」
「よく分かってるね、はると君。ご褒美のために、しっかりね」
そう言って、こよみはウインクする。ご褒美のためじゃなくて、こよみと良い思い出を残すため。それが一番だ。
だけど、結果を出す前に宣言しても仕方ない。僕は軽く微笑むだけで済ませた。
学校にたどり着いて、僕達は準備をする。みんなで並ぶと、軽く開会式が行われる。そして、本番が始まった。
まずは、徒競走から。僕は、まあ真ん中より上くらいの結果だった。良くもなく、悪くもない。
男子が終わって、次は女子の番。知り合いからは、こよみとゆりさんが出ていた。
クラウチングスタートから、銃の音と一緒にみんなが駆け出す。開始の段階から、こよみが飛び出す。
ゆりさんは少し遅れて、段々と加速していく。こよみは、ずっと1位のまま。
最終的には、こよみがぶっちぎりの1位。ゆりさんが2位だった。
こよみは僕の方に向けてピースサインをしてくる。僕も手を振って返した。
ゆりさんは、少しだけ下を見た後、どこか遠くを見るような目でこよみを見ていた。なんとなく、悔しさと諦めが同居しているよう。
そっちにも手を振ると、ちょっと困ったように首をひねっていた。それから、手を振り返してくる。
いくつかの競技が終わって、少なくとも個人戦では似たような結果が続いていた。
ちょっとした休憩時間に、僕はこよみと話していく。
「こよみさん、調子いいね。ほとんど1位じゃない?」
「ふふっ、まあね。はると君が頑張っているところも、見ていたよ?」
笑顔で言われるけど、言葉選びで分かる。カッコいいところではなかったのだろう。まあ、中位争いをしているくらいだし。
だからこそ、少しくらいは良い結果を残したい。そんな気持ちもあるんだ。もちろん、難しいとは思うけれど。一朝一夕で勝てるようになるなら、運動部は誰も苦労なんてしない。
「できれば、一回くらいはカッコいいところを見せたいかな。こよみさんにも負けないくらい」
「ふふっ、応援しているよ。どんな結果でも良いけど、勝てたら私も嬉しいからね」
「ありがとう。まあ、勝てる可能性があるのは、たぶん借り物競争くらいだけど」
「後は、障害物競走とか? はると君、頑張ってね。ご褒美、欲しいでしょ?」
「そうだね。じゃあ、できる限りのことはするよ。ありがとう、応援してくれて」
僕の言葉に、こよみは弾けるような笑顔で返してくれた。
休憩が終わってからも競技は進み、こよみの言っていた障害物競走の時間がやってくる。
10人でのレースで、定番の障害物が揃っているという感じ。
僕の番がやってきて、位置につく。ただ、前だけを見ていた。
銃が鳴ると同時に、一気に走り出す。少し出遅れて、平均台にたどり着く。
とにかく、急がない。二人三脚と同じように、リズムをキープすることだけを目指した。
隣で誰かが落ちているのが見えて、僕の戦略が正しいと確信もしたりして。
結果的には、悪くない速さで抜けることができた。
次は、玉転がし。ボールを転がす時も、ただリズムを意識する。両手と足をしっかりを合わせて、確実に。
回るところでちょっと手間取ったくらいで、後は順調に進むことができた。
跳び箱、ハードル3つを超えて最後の障害。網くぐり。とにかく、泥にまみれても良い。その覚悟だけで、地面から少しも離れずに、こするように動く。
網から飛び出て、ゴールに向かう。先にゴールテープを切られこそしたものの、2位でゴールすることができた。
こよみの方を見ると、大きく手を振ってくれている。僕も、大きく手を振り返した。
女子の番では、こよみがあっけなく1位を取っていた。軽くガッツポーズを向けられて、僕も同じようにガッツポーズをする。ちょっとだけ、はにかんでいる。
そんなこんなで、次の競技。今度は、借り物競走。
こよみは不参加みたいで、遠くからただ見ている様子。
僕の番がやってきたら、両手を振って応援してくれた。
位置について、一度深呼吸。合図が鳴って、走り出す。また出遅れて、真ん中くらいの順位でお題を手に入れる。
見た瞬間、こよみの元へと走っていく。察したのか、こよみの方から近づいてくれた。
「ふふっ、私ってことで良いんだよね。じゃあ、行こっか」
「うん。よろしくね、こよみさん」
こよみに手を引かれながら、走っていく。二人三脚と同じリズムで走ると、良い感じに駆け抜けることができた。
一番にゴールにたどり着き、紙を審判に渡す。
「それでは、お題を宣言してください」
ちょっとだけ、こよみの顔を見る。審判の顔を見る。息を軽く吸って、ハッキリと宣言していく。
「誰よりも信じている人です!」
「はい、確かに確認できました。1位、おめでとうございます!」
大きな拍手が飛んできて、僕とこよみは少し顔を見合わせる。どちらともなく、笑いあった。
「さっそく絆の深さを見せてくれたところで、次の人がゴールしました!」
そんな言葉を聞いて、ちょっと離れそうになる。こよみに、手をつかんで止められた。
2位の人に注目が集まっている間に、会場の中心から離れていく。
そして、周りにあんまり人が居ない場所へとやってきた。
「ありがとう、はると君。1秒だって迷わずに、私のところに来てくれたね。とっても、カッコよかったよ」
「そうだっけ? こよみさんの顔がすぐに浮かんだのは確かだけど」
「うん。私は、ずっと見ていたよ。はると君は、ずっと私を信じてくれていたよね。本当に、ずっと」
しっとりとした笑顔を浮かべながら、こよみは僕の手を両手で握りしめる。その手から、体温と一緒にこよみの想いが伝わってくるようだった。
僕にとって、こよみは一番信じられる人。それは、絶対に間違いない。きっと、だから迷わなかったんだと思う。
その気持ちを、しっかりと伝えないとね。言葉でも、結果でも。二人三脚で、示すんだ。僕は、こよみの手を握り返した。
「僕たちなら、きっと二人三脚でも勝てるよ。そうだよね、こよみさん」
「うん。私も、はると君を信じるから。私たちなら、勝てるよ」
そう言って、こよみの顔はほころんでいく。もっと笑顔を見るために、絶対に勝ちたい。
心のなかで、炎が燃え上がっていくのを感じた。
二人三脚まで、あとちょっと。絶対に、勝ってみせるんだ。




