3話 大好きって言い合って照れたら負けゲーム
こよみと一緒に帰ってきて、今は僕の部屋でふたりきり。いつものことではあるけれど、こよみはご機嫌そうだ。ニコニコしながら、僕のことを見ている。
しばらくすると、急にニマニマしだした。何か思いついたな、こよみ。僕は負けないぞ。
「大好きって言い合って照れたら負けゲーム、やっちゃおうか。君には、ちょっと荷が重いかな?」
どこからどう見ても、僕を甘く見ている。
本当に楽しそうで、マウントを取ろうとしているのが丸わかりだ。
負けてたまるものか。好きだと言うくらいがなんだ。僕がいつまでも弱者のままだと思うなよ。
今回は、僕が勝つんだ。
「受けて立つよ。こよみさんにも、勝ってみせる。甘く見てると、痛い目見るよ?」
強い意志を秘めた僕の言葉に、こよみは笑みを深めていく。上位者の余裕とでも言うべき顔だ。
こよみのやつめ。絶対に勝てるはずがないと、舐められている。
「じゃあ、勝てたら膝枕をしてあげる。一時間でも良いよ?」
そう言って、太ももをぽんぽんと叩く。柔らかそうな姿に、目を引きつけられそうになってしまう。
だが、ここからすでにこよみの策は始まっている。膝枕を想像させることで、僕から余裕を奪うつもりなんだ。
負けるものかと、じっとこよみを見つめる。すると、こよみの方から近寄ってきた。吐息を感じて、思わず体が跳ねた。
「提案したのは私だし、先に言ってあげるよ。……はると君、大好き」
ささやくように、優しく告げられる。僕の頬に触れそうなくらいに、唇を寄せながら。
つい、目を逸らしそうになってしまう。いや、ダメだ。大好きと言うことすらできずに終わってたまるものか。そんな気持ちを込めて、僕は返す。
「こ、こよみさん。だ、大好きだよ……」
「ちょっと、どもっちゃったねー。まあ良いよ。大目に見てあげる。そんな可愛いところも、大好きだよ」
口元に手を当てて、またニヤついていた。
そのまま、まっすぐに僕を見つめて言ってくる。じっと目を合わせながら、語りかけるように。心から想っているかのように。
少し頬に熱を持つのを感じながら、僕もこよみに告げる。
「僕も、こよみさんが大好きだよ。誰よりも、ずっと……」
「あーあー、顔真っ赤にしちゃって。これでもう、言い訳はできないんじゃないかな? 」
僕が発した言葉の最後あたりは、消えそうになっていた。
対するこよみは、目を細めながら返してくる。
ただ気のせいだと言い張ることはできる。こよみが適当なことを言っているだけだと。
だが、僕の心が負けを認めてしまっている。照れていたのは、確かな事実だ。指摘されていないが、僕の声は震えていたのだから。それで言い訳をしても、傷を広げるだけだろう。
悔しさを抑えきれないまま、僕はゆっくりと頷く。ただ頷くだけのことに、数秒もかかった気がする。
それを見て、相手は唇を釣り上げて笑った。いかにも面白がっているという様子を、隠すこともせず。
ちくしょう。照れてさえいなければ。つい、拳を握りしめてしまう。
「私なら、後100回でも余裕だったのに。ほんと、君ってちょろいよね」
煽るように、こよみは笑みを深めた。だけど、言い返すことなんてできない。ちょっと大好きと言うだけで、照れの心を隠せないのだから。
「ひゃ、100回……。そんなに言えるの? ほんとに? いくらなんでも、大げさじゃないの?」
わずかな抵抗をすると、こよみはニタニタと笑いながら近寄ってくる。心の底から、愉悦を感じていそうな顔で。
そして、僕の顔を両手でそっと包みこんでいく。
ただそれだけの仕草で、胸が跳ねてしまった。顔をつかまれている以上、どこにも逃げ場はない。こよみの整った顔を、ただ見るしかできない。
余計にドキドキが深まっていく。僕はこよみの手のひらの上。
「ねえ、はると君。大好き。だ・い・す・き。だーいすき」
最初は真剣な顔でまっすぐに。次は弾ける笑顔でハキハキと。最後は優しい顔で甘く言ってくる。
表情も声も七色に、好きという言葉を叩きつけられている。僕の心臓はおかしくなりそうだ。なんて強さなんだ。
「そっちの方が参っちゃうなんてね。私の方が言っているのにねー」
こ、こよみのやつ……。
圧倒的優位に立っていると思って、僕をもてあそんでいる。その様子は獲物をなぶる猫。
このままで良いのか? 追い打ちまでされているんだぞ。ゲームでは負けていたとしても、少しくらい反撃してやらないと。
本心をさらすことになるが、構うものか。肉を切らせて骨を断つ。せめて一矢くらいは報いてみせる。
僕をただ無力なだけの弱者だと思うなよ、こよみ。
震えそうになる声を抑えながら、僕はこよみの目だけを見つめる。そして、軽く息を吸って宣言していった。
「僕は、君の全部が好きだよ。こうしてからかってくるところも、本当は優しいところも、笑顔が可愛いところもね」
「全部? 私の? そっかー。君が言うのなら、ほんとなんだろうねー。……そうなんだ……」
少しだけうつむいて、髪を指で巻き取っている姿が見える。これは、効いている。僕からも、目を逸らしているのだから。
僕の負けであることに変わりはないが、それでも確かに一撃を与えられたんだ。
「こよみさん、照れちゃった? あんなに余裕そうだったのに?」
「照れてませーん! 仮に照れていたとしても、君の100分の1よりも少ないでーす!」
わずかに頬を赤く染めながら、僕に指を勢いよく突きつけてくる。照れ隠しだというのが見え見えだ。
思わず、笑みが浮かんでいく。良い感じだ。
こよみは、ちょっとだけにらんできた。
可愛い抵抗だというものだね、こよみ。とはいえ、逆転まではいかないかな。
それでも、こよみはちょっと悔しそうに頬を膨らませている。十分に価値はあるはず。
「じゃあ、10秒だけ膝枕ね。そんなに必死になるんだから、少しくらいはね」
こよみは正座して手招きする。僕はゆっくりと、こよみの太ももに頭を乗せる。
沈み込むような柔らかさと、お菓子のような甘い匂いがする。心がとろけてしまいそうだ。
僕の頭に、そっと手を置かれる。そして、慈しむようになでてくる。手のひらから、体温がじんわりと伝わってくる。
穏やかな気持ちを感じていると、ふっと手が離れていった。つい、手の方を見てしまう。
「これで、10秒かな。そんなに名残惜しそうな顔をしても、もうダメー!」
そう言われて、僕は起き上がる。頭を持ち上げる時に、ついまっすぐに立ち上がってしまった。緊張していたのは、きっとバレバレだろう。
僕の姿を見て、こよみはそっと微笑む。とても大事なものを見るかのように。僕は、少しだけ目を逸らしてしまった。ご褒美のはずが、追撃を食らっている。
今日もまた、こよみに負けた。でも、少しばかり反撃を返せた。
ま、今回は3対1ってところかな。1点返して、また1点を返された感じ。それでも、僕は諦めない。次こそは勝ってみせる。首を洗って待っていることだね、こよみ。
「もうすぐ夕飯の準備をしなくちゃね。一緒に買い物に行こうか、はると君?」
こよみの料理は、いつものように美味しいのだろうな。胸が弾むのが、自分でも分かってしまった。




