29話 楽しむ気持ち
二人三脚をこよみと繰り返していると、明らかに分かることがある。それは、スピードや体力の差。僕が全力で足を回していても、こよみは涼しげだったりする。
だからこそ、リズムキープなんかの技術面で活躍しないといけない。なのに、答えは見つからないまま。
走っている時にも、つい気が逸れそうになる瞬間がある。どうすれば良いのだろうと。その度に、走るリズムが狂う。
ある時なんて、転びそうになったところを支えられすらした。こよみに見えないように、拳を握った。
それからも、答えは見えてこない。確かに、僕は行き詰まっている。袋小路に居るのかもしれない。
「はると君、一階休もっか。根を詰めすぎても、結果はついてこないからね」
「ごめん、こよみさん。僕が足を引っ張っているよね……」
僕の言葉に、こよみはすぐに首を振った。そして、僕の頬に手を添えて、じっと目を合わせてくる。
「私はね、はると君とだから頑張りたいんだ。自分を否定しなくて、良いんだよ」
「そうかな……」
「はると君がよわよわなままでも、大丈夫なんだよー? ね?」
からかうようなトーンで、でも僕から目を離さずに。どこまでもまっすぐに、僕の心に触れられるよう。
きっと、こよみは僕がどれだけ失敗しても態度を変えないのだろう。だからこそ、負けたくないのに。
歯ぎしりしそうになって、抑える。こよみには、見られたくなかった。
「ううん。僕は、少しでも頑張りたいんだ」
「そっか。でも、休むことも大事。というか、私も疲れちゃった。ちょっと、お水を飲んでくるね」
そう言って、こよみは去っていく。明らかに、気を使われていた。
拳を地面にでも叩きつけたくなる。そんなことをしても、何の意味もない。だから、我慢したけれど。
言われた通りに休憩するために、僕はベンチに座る。しばらく、ボーッとしていた。
何分くらい経っただろうか。後ろから、肩を叩かれる。振り向くと、ゆりさんがお茶を渡してくる。
「これ、こよみから。ちゃんと休んでいるか、見に来たわ」
「うん、大丈夫。いま無理をしても、こよみさんは喜ばないからね」
こよみの気持ちを無駄にしてまで練習を繰り返して、何になる。そんなこと、分かりきっているんだ。
だから、無茶をしないのは当たり前。心配をかけたら、どっちも悲しむだけなんだから。
ゆりさんはほっと息をつく。ちょっと疑われていたみたいだ。
まあ、仕方ない。状況的には、何もおかしくないんだし。
「分かっているのなら、良いわ。ほんと、はるとは大変そうね。あたしなら、ついていけないわよ」
「こよみさんなら、ちゃんと合わせてくれると思うけど。それに甘えるのも、ちょっと情けない気はするけど……」
「あんたって、なんだかんだで根性あるわよね……。よく、諦めないものだわ」
まっすぐに、僕の方を見てくる。なんか、尊敬しているみたいに。
ゆりさんは、なんだか僕を評価してくれている。それは、ジュースをおごらされた時からも分かる。
信頼できない相手には、頼みごとはしない。そういうところがある人だよね。
その気持ちは嬉しいけれど、過大評価な気もする。ゆりさんだって、僕よりスペックは高いはずだし。
「そうかな? 僕くらいなら、普通じゃない?」
「まあ、足の速さは普通よね……。だからこそ、こよみもはるとが気に入っているんでしょうけど」
「こよみさんが仲良くしてくれているのは、そうかな。本当に優しいよね」
「まったく、お似合いだわ……。ある意味、あんたが一番おかしいわよ……」
呆れたように、目を細めて僕を見ている。まったく、何を言っているのやら。
仮に僕がおかしいとしても、そこまでひどくはないぞ。こよみの圧倒的な強さほどじゃない。
というか、言い草がひどい。親しみからだとは分かっているけど、ちょっとは抗議しないと。
「ええ……? 目の前で言うこと……?」
「ま、こよみは任せたわよってこと。あれでも、あたしの友達なんだからね。もちろん、あんたも」
「そんなの、言われるまでもないよ」
「なら、いいわ。これ以上話してると、こよみが怖いもの。じゃあね、はると」
そう言って、ゆりさんは僕の肩を叩いて去っていく。背中越しに、片手を振って。
カッコいい人ではあるんだよね。まあ、昔は色々あったけど。今のゆりさんは、間違いなく尊敬できる。
任されたこともあるし、こよみの求める答えを探さないとね。いったい、何なのだろう。
座りながら、軽くあごに手をあてて考える。すると、僕のあたりに影がかかった。そっちを見ると、こよみが腰に手を当てて、ゆりさんの去った方を見ていた。
「ゆりちゃんも、私に怯えすぎなんだよね。こっちから頼んだことで、怒ったりしないのに」
「まあ、悪口とかなら、こよみさんも怒るよね」
「はると君って、こういうところもよわよわなんだー? ふふっ、可愛いねー」
僕の額を指先で突きながら、子供を見るような目でニンマリしてくる。
こよみの意図を、読みそこねたのだろう。どういうところが、よわよわなんだろうか。僕は首をひねる。
「ね、ほっぺたに空気を入れてみてよ。そうしたら、答えが分かるかもね?」
どう関係があるのだろうか。分からないまま、とりあえず従ってみる。両頬を膨らませた。
すると、こよみは僕のほっぺたを指先で突いてきた。びっくりして、息を吐き出してしまう。
「ぶへっ。もう、なにするのさ」
「ふふっ、ぶへっなんて言っちゃって。あははっ、かーわいーい!」
「なに笑ってるのさ! こよみさんのせいでしょ!」
「えー? はると君だって、笑ってくれてもいいのになー? 最近、ずっと難しい顔だよ?」
ちょっと首を傾げて、心配そうな目で見てくる。こよみは、僕を笑わせたかったのかな。
あっ、そうか。僕は、ずっとしかめっ面をしていたのかもしれない。
勝つことばかり考えていたけれど、こよみと楽しむ方が大事なんだ。
もちろん、勝つために全力を尽くす。それは変わらない。だけど、最後に僕たちが笑っていられるようにしないと。練習だって、楽しまなくちゃね。
僕は一度、こよみに頭を下げる。大事な儀式として、しっかりと。
「ごめん、こよみさん。せっかく誘ってくれたんだから、良い思い出にするのが大事なのにね」
「気にしなくて、良いんだよ。これから、ゆっくりと楽しんでいけば良いんだから」
そう言って、こよみは柔らかくはにかんだ。心のトゲが、完全に抜けたみたいに。
やっぱり、僕は自分のことばかり考えすぎていたみたいだ。うまくやろうってことだけで、こよみが見えていなかった。
たとえ失敗しても、それは本当の負けじゃない。楽しくない未来こそ、負けなんだ。そういうことだよね。
もう一度紐を結んで、また走り出す。今度は、少しでも楽しめるように。こよみとの掛け声を、弾ませるように。
そうしたら、なんか前までよりテンポが合うようになった。
「うまく行っているね、はると君」
「答え、分かったかも。こよみさんのおかげだね」
「じゃあ、聞かせて?」
「僕はきっと、力を入れすぎていたんだ。もっとリラックスすれば、それで良かったんだよ」
「ふふっ、そうかもね。じゃあ、もう一回走ろっか」
それからというもの、大きな失敗をすることもなかった。それどころか、一気に上達していった。
練習の終わりに、こよみは満面の笑みで話しかけてくる。
「この調子なら、本番でも良い結果を残せるはずだよ。楽しみだね、はると君」
良い結果を出したい気持ちはある。だけど、こよみとの時間の方を大事にする。
そうすることで、結果的にはより勝ちにつながるはずだ。
今ならきっと、こよみと良い思い出になる走りができる。そんな気がしていた。




