27話 一歩ずつ進んで
放課後になって、グラウンドが練習用に解放されている。僕とこよみは、二人三脚の練習だ。
「肩を組んだくらいで、縮こまったりしないよねー?」
相変わらず、こよみは僕を煽ってくる。鳥が大空から見下ろしてくるような雰囲気を出して。
僕を舐めるなよ、こよみ。なんだかんだで、これまで何度も触れ合ってきたんだ。そう簡単に、固くなったりしない。
とにかく、練習のためにはお互いの足を縛って肩を組むのが始まりだ。そこでつまずくほど、弱くなんてないんだ。
「問題ないよ。勝つためには、立ち止まってなんかいられないからね」
「ふふっ、良い意気込みだね。じゃあ、さっそくやろっか」
こよみは僕の隣に座って、足を近づけてくる。そして、そっと縛り始めた。
なんか甘い匂いがしてきて、ちょっとだけクラクラしそうになってしまう。
負けるな、僕。こんなところでつまづいたら、笑い話にもならないぞ。出オチを通り越している。
軽く深呼吸して落ち着こうとする。香りが強くなって、今度は首を振った。
「あーあ、もう弱っちゃうんだ? この調子で、本当に走れるのかなー?」
声が半音高くなっている。完全に、全力で僕を振り回すターンに入った。
だけど、何も反論できない。深呼吸して首を振ったとか、どう考えてもバレバレだし。
こ、このままでは……。僕はただ、こよみの魅力に対抗すらできないで終わるだけ。そんなの、ダメだ。
今度は軽く頬を叩いて気合いを入れ直す。すると、少しだけ頭がスッキリした。
ひとまず、第一関門は突破できた。いや、本当か? スタートラインに立つ前に、勝手にリタイアしかけていないか?
そしてお互いに立ち上がって、肩を組む。今度は、甘い匂いだけじゃなくて柔らかさと暖かさも伝わってきた。
だけど、今回は負けない。歯を食いしばって、まずは歩き始める。
「はると君、固くなっちゃってるよ? 一二のリズムで、まずは歩けるかな?」
「だ、だいじょうぶ……」
さすがに、それくらいで失敗したりしないはず。いくら僕でも、こよみが言うレベルでどんくさくはないだろう。
ということで、頷き返す。それから、ゆっくりと歩き始めた。
「いち、に、いち、に」
「いち、に、いち、に」
声も合わせつつ、軽く歩く。それだけでも、体格とか足の長さとかでズレてしまう。思っていたより、難しいかもしれない。
とはいえ、ふらつくこともなく、まっすぐに歩くことはできていた。
ただ、これがどの程度の出来なのかは分からない。最初にしては悪くないのか、つまづいている段階なのか。
「はると君、声が小さいんじゃない? 恥ずかしがってちゃ、ダメだからね?」
「う、うん。そうだよね。お互いの声を、ちゃんと聞かなきゃいけないよね」
なんて注意もされたりしつつ、確実に歩いていく。感覚としては、8割くらいの歩幅で進めるのが良さそうかな。
そんなわけで、今度はお腹から声を出しつつ歩く。足の動きも、しっかりと意識しながら。
何度かグラウンドを往復し、一応問題なく歩くことができるって程度になった。
もちろん、ここからが本番だ。まずは軽くジョギング程度から始めて、最終的には全力疾走に限りなく近づけたい。
急がば回れという気持ちを忘れずに、一歩一歩進んでいかないといけないけれど。
なにせ、僕たちは初心者なんだから。急いでも、失敗してしまうだけだ。
「じゃあ、軽く走っていこうか。はると君、遅れないでね?」
「もちろんだよ。こよみさんの足を引っ張るわけにはいかないからね」
「ふふっ、その意気だよ。まずは、本当に軽くね」
そんなこんなで、普通のジョギングと比べて半分くらいのペースで始める。
ただ、それでも難しい部分があった。さっきまでと足の出し方が完全に変わって、テンポも違う。つまり、感覚が完全に別になってしまったようなもの。
何度も足を取られて、つまづかないようにするだけで精一杯だった。
「む、難しいね……。かなり大変そうだよ」
「じゃあ、諦める? はると君がそうしたいのなら、構わないよ」
どこまでも透き通った目で、問いかけられる。間違いなく、本心だろう。
だからこそ、諦めるなんてできない。こよみから誘ってきたんだ。本当は、ちゃんと結果を残したいはず。それでも、僕のために聞いてくれている。
なら、逃げ出せない。こよみに勝つとか負けるとか、そんな話じゃない。僕自身のために、曲げられないんだ。
だから僕は、強く首を振った。
「ううん。もし負けるのだとしても、最後まで全力を尽くしたい。諦めることだけは、したくないんだ」
「分かった。じゃあ、頑張っていこうね。ほら、また次だよ」
何回も何回も繰り返す。それで、少しずつリズムが合っていく。ただし、完璧にはならない。
良い調子だと思った直後にズレることが多くて、どうにも首を傾げることになった。
いったい、どうしてなんだろうか。なんか、僕がズレているような気がするけれど。
「はると君、また固くなってるよー? そんなに、密着が苦手かなー?」
そんなことまで言われてしまう。さすがに、密着には慣れてきたぞ。だから否定したいんだけど、実際に固くなっているのは事実のはず。
つまり、否定しても結果は同じ。というか、意地になっているだけだと思われてしまう。
こよみめ。協力する競技でも、勝負にしようというのか。
まあ、今回の勝負に僕が勝てれば、結果的にチームでの勝利にもつながる。その辺は、配慮してくれているんだけど。
だからこそ、僕は勝つことに集中すれば良い。単純な話だ。1+1より分かりやすいくらいだよ。
「だ、大丈夫だよ。次こそ、うまくやってみせるから」
「そっか。頑張ってね、はると君。ご褒美も、ちゃんと用意してあるからね」
拳を握りながら宣言する僕に、こよみは優しく告げてくる。けれど、ご褒美に釣られる僕じゃない。そんな、猫じゃらしを前にした猫みたいになんてならないぞ。
まあ、せっかくもらえるのなら、もらっておくけれど。
「じゃあ、もう一回だね。こよみさん、いくよ」
そして走っていくけれど、なんか前よりうまくいかない。全力で集中しているはずなのに、テンポがズレてしまう。
折り返しの手前なんて、つまづいてコケかけてしまったりもした。
くっ、どうして……。僕はちゃんと、気合いを入れたのに……。
このまま、よわよわで終わってしまうのか……? さっきと違って、震えるくらいに拳を握りしめてしまう。
「はると君ってば、緊張しすぎだよ。そんなはると君には、こうだよ。ふーっ」
耳元に、息を吹きかけられた。なんかゾワゾワするような感覚が全身に走る。背中が跳ねたのが、自分でも分かった。
「ひゃっ!」
「ふふっ、ひゃっだって。はると君、驚いた小動物みたいだねー」
「も、もう! からかわないでよ、こよみさん!」
「次もダメだったら、くすぐりかなー?」
からかわれながら、僕たちはもう一度走り出す。
耳にさっきの感触が残っていて、なんか力が抜けたままみたいになりながら。
気づいたら、反対側にたどり着いていた。振り返ってみると、今までで一番うまく行っていたと思う。
「くすぐりは回避できて、良かったね。次も、この調子で行こうね」
「うん。同じ感じでできれば、きっと良い結果を出せるはずだよ」
また成功させてみせる。そう気合いを入れて、もう一度走る。
だけど、今度はあまりうまく行かなかった。
それと同時に、チャイムが聞こえた。もう、時間が来たみたいだ。
僕たちは足をほどいて、帰りの準備をする。
「さっきは良かったんだけどねー。何が理由なのか、しっかり考えてね。はると君への、課題だよ」
こよみには、そう言われてしまった。
いったい、何が原因だったのだろう。次に成功するためにも、答えを出してみせる。
僕は気合いを込めて、強く頷いたんだ。




