26話 ふたりで息を合わせよう
近々行われる体育祭で、二人三脚は競技としてある。これは、学校のパンフレットにも載っていた記憶がある。
それで、今日のホームルームでは白雪先生による説明をされている。
まあ、基本的には有名どころの競技をするイベントといったところ。特別なことは、あんまり聞かない。
クラス対抗を基準に、学年をまたいだ組を作るくらいかな。
白雪先生の説明は順調に進んでいき、本命の時間がやってきた。
「それで、二人三脚だが。基本的には立候補者による参加になる。好きな相手とペアを組めば良い」
「男女ペアもオッケーってことですか?」
「お互いの同意があるのなら、な。ただし、男女ペアは男子の競技に混ざることになる」
なるほど。となると、参加者に男女ペアでやるメリットは少ないかな。勝てないことがほとんどだろうし。
まあ、僕とこよみは参加するんだけど。約束しちゃったし、仕方ない。
男子ペアが相手だと、かなり勝つのは難しそうだ。いくらこよみが並の男子より速いといっても。
どの道、全力を尽くすしかない。それだけではあるけれど。
聞きたいことは聞けたので、後は軽く確認していくだけだった。
「では、これで終わりだ。二人三脚の参加者は、申請に来るように」
白雪先生は去っていく。こよみから視線が飛んでくる。無言のメッセージに合わせて、僕は立ち上がった。
そのまま、ふたり並んで職員室まで行く。白雪先生のところに向かうと、納得したように頷かれてしまう。
「なるほど、お前たちで参加すると。まあ、想像はついていたよ」
「はい。私たちで、なるべく良い結果を残そうかと。ね、はると君」
こちらにウインクを飛ばしてくる。白雪先生が、とても微笑ましい目になってしまった。
いくら付き合っていると思われていたって、恥ずかしいものは恥ずかしいんだぞ。こよみは堂々としているけど、僕は先生の机にでも隠れたいくらいだ。いや、どんな変態だよって話になっちゃうけど。
「真っ赤だぞ、霧島。まったく、初々しいものだ。お前たちみたいな青春を、送ってみたかったものだよ」
「ふふっ、はると君は渡しませんよ?」
「生徒に手を出すほど、飢えちゃいないさ。それに、略奪愛の趣味はない」
「まあ、そうですよね。言ってみただけです」
「秋雨は、茶目っ気が強いな。コミュニケーションとしては、使える場面も多いだろう」
こよみは、白雪先生の前ではネコ科の小動物みたいだ。いつもの猛獣っぷりは、鳴りを潜めている。
楽しげに笑っている白雪先生も、本気で暴れ狂うこよみを制御することはできない。知られていないことは、幸か不幸か。
白雪先生なら、こよみのストッパーになってくれる気もする。とはいえ、こよみは注意されるほどのことをしているわけでもない。
なら、今は普通にしておけば良いか。環境が変わったのなら、その時に考えればいい。
「はると君も、私との話は楽しんでいるもんね? ずっと、張り切っちゃって」
「くくっ、霧島がアプローチをする方なのか。なんだか、意外だな」
笑いながら、白雪先生はこっちを見ている。なんて誤解を。僕の方から気を引いているみたいな。
まあ、張り切っているのは事実だ。こよみのやつ、うまいこと言ってくる。負けられないという僕の気持ちを、全力で利用してくるのだから。
とはいえ、誤解をといても困ってしまう。こよみに勝つために必死だというのも、それはそれで恥ずかしいぞ。
くっ、どちらを選んでも似たような未来だ。白雪先生に、優しい目で見られてしまう。子供っぽいなみたいな感じで。
尊敬できる先生だからこそ、厳しい。こよみめ、分かっていてやっているな。
「そ、そういうのじゃなくて……」
「秋雨は、きっとお前のそういうところも受け入れてくれる。だが、素直になるのも良いものだぞ?」
完全に、誤解が深まっている。これは、何を言っても悪くなるだけのパターンだ。
こよみという軍師は、白雪先生すら踊らせるというのか。ただ、僕を追い詰めるために。
あまりにも、格が違いすぎる。白雪先生だって、間違いなく立派な大人なのに。経験ですら、こよみの才にはひれ伏すというのか。
いや、まだだ。尊敬できる先生相手にこそ取れる手もあるんだ。僕を甘く見るなよ、こよみ!
「こよみさんのことは、とても凄いと思っています。だからこそ、僕は頑張るんですよ」
「そうか。秋雨は幸せ者だな。こんなにも想われているんだ。嬉しいものだろう?」
よし、来た! 真面目な話だからこそ、恥ずかしくなるやつのはず!
これが僕の策というものだよ、こよみ。ただ無力なだけだと思われたら困るね。
どういう顔をしているか見てみると、少しだけ顔を赤くしていた。これだよ、これ。
「はい。だから、良い結果を残したいんです。ね、はると君」
これは……どうなんだ? いつものこよみほど、えげつない反撃ではない。だが、何か隠しているのかもしれない。
そうだ。白雪先生は、どんな顔をしている?
目を向けると、慈しむような優しい目で見られていた。
「霧島、しっかりと秋雨の気持ちに応えないとな。女の花道だぞ?」
これは、活を入れられたかな。でも、最初からそのつもりだ。こよみが参加したいと言ったんだから、全力で付き合うだけ。
僕にだって、プライドくらいある。努力なんて、前提条件なんだ。
「もちろんです。こよみさんが望むのなら、全身全霊をかけるだけです」
「はると君……」
「霧島は、やはり良い男かもな。秋雨は、よく捕まえたものだ」
「何度でも言いますけど、譲りませんからね」
「もちろんだ。だが、男を縛り付けないのも良い女だぞ? 無論、何でも許すことではないが」
白雪先生は、真面目な顔をしている。きっと、何事もバランスだという話なのだろう。
こよみだって、真剣に受け取っている様子。どう解釈したのかは分からないけど、心に響くものがあったように見える。
やっぱり、白雪先生は良い先生だな。人生の師として、これ以上無いというか。
とはいえ、僕の言うことも決まっている。大事なことだし、しっかり宣言しておかないと。
「こよみさんなら、きっと最初から分かっていますよ。だって、僕はただの一度も、窮屈なんて思いませんでしたから」
「ふふっ、やっぱりはると君は素敵だね。だから、一緒に思い出を残したいんだ。頑張ろうね、はると君」
じんわりと伝わってくるような暖かい目で、こよみは僕を見ていた。もちろん、すぐに頷いた。
勝ちたいとは思う。だけど、勝てなくても良い思い出にはなるはずだ。
とはいえ、こよみに恥じない僕を見せてやろう。それで、良いんだよね。
「そうだね。僕たちなら、きっと最高の思い出にできるはずだよ」
「うん。だから、いっぱい練習しようね。休みも、公園とかを使ってね」
かなり二人三脚漬けになりそうだ。でも、そこまでしなくちゃ勝てないだろう。こよみはともかく、僕は弱いんだから。
せめて、できる限りの連携を。そうして初めて、勝機が見えるはずだ。
「くくっ、ふたりの記念日になると良いな。応援しているぞ、ふたりとも」
からかうような口調で、白雪先生は告げてくる。記念日って。もうメチャクチャだ。
とはいえ、たぶん別の意味もある。気持ちだけは十分に込めること。そういうつもりで言ったんだとも思う。
「はい。白雪先生にも、良いところを見せたいと思います」
「じゃあ、はると君。まずは、密着することに慣れないとね?」
「二人三脚の参加者には、放課後のグラウンドを開放している。まあ、存分にやってくれ」
白雪先生の言葉に、こよみはニヤつきだした。
もしかして、妙な展開になったりしないだろうな。こよみの顔が、答えを示しているようだった。




