25話 隠されたアクセサリーを見つけて
こよみに勝てたら、ぎゅっと腕を組まれる。それって、たぶんものすごいご褒美なんだと思う。
ぎゅっとってことは、こよみのいろんな感触を強く感じるだろうし。いや、雑念を払うんだ。軽く首を振る。
たぶん、こよみは僕を動揺させようとしている。勝負を有利に進めるための策でもあるんだ。本当に勝てば、されるんだろうけど。それでも。
いつも通り、こよみは僕をニヤニヤと見つめている。僕が揺れ動くのを、心から楽しんでいるんだ。
そんなこよみは、そっと話し出す。
「はると君が勝てたらー、みんなの前で腕組みしてあげるね」
話が変わってきたぞ。ご褒美どころか、地獄への転落じゃないか!
ま、まさか。僕をぬか喜びさせるために……? 確かに、僕はいま目を白黒させているだろう。見ているこよみにとっては、とても面白いはずだ。
だけど、まだ早い。こよみの意図を、しっかり確認しないと。
「えっ、みんなの前? ふたりでじゃなくて?」
「そうだよ。ドキドキに耐えるためには、大事でしょ?」
撫でるような、穏やかな声で語られる。一理ある。それどころか、理屈としては完璧かもしれない。僕の羞恥心を犠牲にして、耐性は付けられるんじゃないだろうか。
だ、だけど。みんなからガッツリ注目されるのは、ハードルが高すぎないか? もはや、100メートルくらいあるだろ。
「そ、それはそうだけど……」
「ふふっ、じゃあやめる? 逃げても良いよ?」
煽るように、ニンマリとした笑みをぶつけてくる。
まったく、こよみのやつ。どこまでも、僕を甘く見ているな。なら、やってやる! こよみだって、恥ずかしさに巻き込まれると良い!
「に、逃げたりしないよ!」
「じゃあ、決まりだね。私がアクセサリーを隠すから、それを見つけてね。タイマーで、一分かな。じゃあ、目を閉じて?」
こよみがタイマーのボタンを押すのに合わせて、僕は目を閉じる。
しっかりと耳を研ぎ澄ますと、ゴソゴソした音が聞こえた。とはいえ、他にあんまり音はしない。
もしかして、こよみは足音を消す手段まで持っているのか? いや、そこまでではないか?
とにかく、集中だ。僕は音を聞き続けた。
しばらくして、後ろに足音が届く。そして、タイマーの音が鳴った。
目を開いて、後ろを見る。そこには、微笑むこよみがいた。
「さて、どこにあるか分かるかなー?」
そう、問いかけてくる。まずは、部屋の中を探していく。勉強机の引き出しを開けてみたり、ベッドの下を覗き込んでみたり。
思いつくところを見て回ったけど、見つからない。
なら、別の部屋かもしれない。そう考えて、僕は部屋から出ていく。こよみも、後ろから着いてきていた。
心当たりの棚なんかを開けていっても、見つからない。いくつかの部屋を回っても、同じだった。
こよみの方を見ると、ただニコニコと微笑んでいる。感情が、見えてこない。これは、どういう顔だ?
僕を憐れんでいるのか、あるいは楽しんでいるのか。
少しでもヒントを得るために、こよみをじっと見る。笑みを深める姿が、目に焼き付いた。
「ふふっ、はると君の近くにあるんだよ?」
そう言われて、同じ部屋を探し回る。だけど、見つからない。
もう、諦めても良いんじゃないだろうか。どうせ、勝っても罰ゲームみたいなものなんだし。今回くらい、良いかもしれない。
次の部屋に移って、僕はゆっくりと探し始めた。見つかることを、期待もせずに。
「もしかして、わざと負けようとしてる? じゃあ、今から罰ゲームを用意しちゃおうかな?」
こよみは、少し高い声を出していた。なんとなく、退屈そうに感じた。
だけど、やる気が出てこない。さっきまでの作業を、ただ続けるだけ。それだけだった。
「はると君が負けたらー、足つぼマッサージをしちゃうよ? それでも良いの?」
足つぼマッサージは、確かに嫌だ。だけど、その程度なら必死になるほどでもない。
なんだろうか。とにかく、やる気が出てこなかった。こよみに負けるのは、嫌なはずなのに。
「ねえ、はると君。私と腕組みするの……いや?」
そんな声が聞こえて、こよみの方を見る。瞳をうるませている姿が見えた。
くそっ、僕は何をしていた? 今回諦めて、また次も同じように諦めるのか?
いつか勝つんじゃダメだろ。今回勝とうとしなくて、勝利に近づけるものか。今こそ、全力を出すんだ。
さあ、思い出せ。こよみは、ほとんど音を立てなかった。さっき、僕の近くにあると言っていた。
とある可能性が、思い当たった。正しいとすれば、一瞬で勝利を決められるもの。僕は、まっすぐにこよみの目を見つめる。とても嬉しそうに、はにかんでいた。
「こよみさん。今でも、僕の近くにある?」
すぐに、頷く姿が見える。感極まったように、胸に手を当ててもいた。僕は、答えにたどり着いたんだ。その手応えを、強く感じた。
ほんと、僕の負けだな。いくら罰ゲームが待っていても、こよみの涙には耐えられないのだから。いま見せている笑顔だけで、報われると思ってしまうのだから。
「そうだよ。ね、はると君。分かった?」
「こよみさんのポケットを、見せてくれる?」
そう言うと、こよみは自分の懐からバラのアクセサリーを取り出した。
もしかして、絶対に無くしたくなかったとかだろうか。そうだとすると、本当に敵わない。僕のことを、本当に大切だと想ってくれている証なのだから。
まあ、みんなの前で腕組みは勘弁してほしいけれど。こよみの笑顔に比べたら、安いものか。
「あはは、負けちゃった……。ね、はると君。ありがとう。とっても、嬉しかったよ」
頬を赤らめながら、とても満たされたように顔が華やぐ。僕は、確かに目を引きつけられていた。
やっぱり僕は、こよみの笑顔を見ていたいんだ。たとえ、何度もからかわれるとしても。
こよみを悲しませるのなら、勝てたとしても何の意味もない。しっかりと、胸に刻もう。
そう誓っていると、こよみはそっと僕の横へと歩いてきた。
「ふふっ、ご褒美の時間だよ。しっかり、味わってね」
ぎゅっと、右腕を抱きしめられる。こよみの、いろんな柔らかさと暖かさが伝わってきた。僕を包みこんで、溶かし込んでいくかのように。
じんわりと、熱が僕の右腕を満たす。それが、なんとも言えない心地よさを生み出していた。
「えっ……? みんなの前でじゃなかったの……?」
「はると君は、そっちの方が良かった?」
肩辺りから、顔を覗き込んでくる。ちょっと、首を傾けながら。
分かっていて聞いてくるんだから、こよみも意地悪だ。でも、気を使ってくれたんだよな。
猛獣なのは、相変わらず。だけど、そっと触れてくるような優しさもある。だから、目を離せないのだろう。ほんと、魔性というか。
「いや、はは……」
「でしょ? はると君は勇気を出してくれたから、そのお礼だよ」
こよみは、また最高の笑顔を見せてくれた。心からの幸せが、こっちに伝わってきそうなほど。
いろんな意味で、多くのご褒美をもらってしまったな。勇気を出して、良かった。
「こよみさんが喜んでくれたのなら、それが一番だよ」
「ふふっ、ありがとう。なら、もっと喜ばせてほしいな?」
獲物を見つけた猫のような、いやらしい笑みを浮かべていた。僕は、少し震える。ぎゅっと、腕に力を込められる。
「こよみさん……?」
「はると君は、私と二人三脚に出ること。それなら、堂々と密着できるでしょ? 今度の体育祭、楽しみだね」
その言葉は、僕に甘さと苦さを同時に運んできたんだ。
負けるとしたら、僕がこよみの足を引っ張ってだろう。しっかり、訓練をしないと。僕は、こよみを喜ばせることができない。
こよみから出された課題は、大きな壁として立ちはだかっていた。




