23話 花言葉に込められたもの
ホームルームが始まって、白雪先生が僕たちのお土産を配っていく。
「秋雨と霧島からだ。とりあえず、礼を言っておくと良い。余った分は、私がもらっておこうか。ふふっ、なんてな。希望者でじゃんけんにしようか」
「せんせー、それってふたりがデートで買ってきたってことー?」
生徒のひとりが、そんな声を上げる。視線が、僕たちに集まった。こうなるって分かっていたから、避けたかったのに。
でも、当たり前のようにデートと言われるあたり、こよみの認識は当たっていた。僕たちは、付き合っていると思われている。
僕たちが月とスッポンだという目で見られたら、どうしようか。いや、そう思われているのなら、もう態度に出ているか。じゃあ、大丈夫そうだ。
ひとまず、一度深呼吸をする。白雪先生を見ると、堂々と腕を組んでいた。頼りになる先生って感じに見えた。
「私は知らん。家族同士で仲が良いとは聞いているし、そういうこともあるだろう」
白雪先生、あなたは最高の教師だ。ありがとう。それしか言えない。僕の気持ちに、ものすごく寄り添ってくれている。
堅物っぽい顔をしているが、その心はとても優しい。まるですべてを包み込む大海のよう。
これで、少しは傷跡を少なくできる。こよみを見ると、とても穏やかな顔をしていた。
さすがに、今回は追撃を加えてこないみたいだ。命拾いできたぞ。こよみの慈悲にも、感謝しないと。
「えー、面白い話とか聞いていないんですかー?」
「あまり長引くと、小テストの時間が無くなる。ほら、配るぞ」
そのまま、ホームルームでは問題が起こること無く、ひとまず乗り越えられた。僕はほっと息をつく。ちょっと、プールから顔を上げられたみたいな気分がする。
こよみと話そうと考えて、そちらを見る。すると、先客がいたようだ。
「こよみー、カバンに付けてるやつって、お土産と一緒に買ったの?」
「そうだよ、ゆりちゃん。ふふっ、良いデザインじゃない?」
こよみは、ちらりと僕の方を見る。つられて、ゆりさんの目線も動く。少しだけ目が合って、ゆりさんの視線が下を向く。すると、とても面白いという顔をしていた。
そのまま、ゆりさんは僕の方に歩いてくる。なんとなく、嫌な予感がした。まるで、急所を狙われているような。
ゆりさんは、笑顔で僕のカバンに手を伸ばす。
「はると、あんたってば同じアクセサリーを付けているじゃない。意味、分かってんの?」
意味とは、どういうことだろう。バラをかたどったアクセサリーではあるけれど。それとも、おそろいであることに意味があるのだろうか。
こよみの方を見ると、口元に手を当ててニヤついていた。つまり、これはこよみの策。
おそろいのアクセサリーは、納得して買った。バラというモチーフは、3択から選んだ。
だとすると、バラに罠が仕掛けられていた可能性が高い。
くそっ、なんて恐ろしい策略なんだ。アクセサリーが本命と見せかけて、お土産の策をぶつけてきた。それどころか、アクセサリーにもまた別の罠を仕掛けていたというのか?
あ、あまりにも名手すぎる。名人だって、泣いてハンデを要求してしまうだろう。
こよみマジックは、まだ進化するというのか?
いや、まだだ。バラの罠がどんな意味か分からないうちから、膝を折るな。いくらこよみとは言え、複数の罠すべてで最大のダメージが与えられるはずがない。だから、大丈夫なはずなんだ。
そんな希望を込めて、こよみを見る。ただ、笑みを深める姿が見えた。
「ふふっ、はると君が選んでくれたんだー。良いでしょ?」
「はると……。バラを選ぶって、度胸あるわね……」
こよみは胸を張って、ゆりさんはジト目で僕の方を見てくる。バラというモチーフに罠が仕掛けられていたことは分かった。そして、ゆりさんが呆れるような内容だということも。
今、僕はどうなっている? 急所に重い一撃を食らったのか? すでにトドメを刺されているのか?
何も分からないことが、とても恐ろしかった。僕は、いま無事でいるのか? それとも……。
答えを、知らなければ。僕は祈りを込めて、ゆりさんに問いかける。
「バラに、何か意味があるの? それって、変な意味だったりする?」
「あんた、知らないのね……。じゃあ、花言葉で調べてみなさい」
そう言われて、僕はバラの花言葉を検索した。すぐに、愛情という言葉が出てくる。つまり、僕はこよみに……。
しかも、色ごとに意味が分かれているとか出てきた。赤いバラは、なんと告白だそう。完全に、そういう意味じゃないか!
僕が選んだってことは、こよみが大好きだと宣言しているようなもの。な、なんてこと……。
いや、待て。僕は、3択から選んだ。残りの花は、どうなっているんだ?
すぐに、答えは出てきた。チューリップは、博愛。赤ければ、愛の告白。ひまわりは、あなただけを見つめる。
こよみの策は、どれも本命級だったということ。しかも、全部が効果を発揮している。
まさか、これがこよみの本気だっていうのか。絶望的なまでに高い壁が、目の前にそびえ立っている気がした。震えていることに、遅れて気がついた。
これほどまでに強いこよみに、勝てる道があるっていうのか?
いや、諦めてたまるものか。今回は、完敗だ。サッカーで言うなら、10対0。将棋で言うのなら、全駒。手も足も出ないどころか、大人と赤子くらいの差だったのだろう。
だからって、こよみだって完璧じゃないはずなんだ。どこかに、隙があるはず。それを、探すだけだ。
そうだ! 3択すべてをこよみが選んだ。その事実を、ゆりさんに伝える。そうすれば、僕の味方が増えるはず。完璧を求めすぎたことが仇になったな、こよみ!
「僕が花にすることに決めて、こよみさんがバラとチューリップとひまわりの3択を出してきたんだよ?」
「は、はると君! ゆりちゃんの前で……」
「へー、ふーん。こよみってば、ずいぶんお熱いじゃない。どうしても、選ばせたかったみたいね」
こよみは顔を赤くしている。どうだ! これが、僕の一手! ゆりさんが居ることでだけ打てる、最高の一手だ!
さすがに、第三者にからかわれるのは恥ずかしいだろう。誰よりも、僕が理解していること。今回は、こよみの番になっただけ。
恨まないでくれよ。旅行で同じ手を使っていたのは、こよみだろ?
こよみはちょっとだけうつむいて、人差し指を合わせてモジモジしていた。
「そ、それは……。だって……。良い機会だったんだもん……」
「こよみってば、可愛いわね。はるとも嬉しいでしょ? あんた、ずっとこよみばっか見てるもんね」
完全に、僕の弱いところに入った。まさに、急所を一撃。
し、しまった。ゆりさんは、全方位攻撃をするタイプだったみたいだ。
このままじゃ、こよみの方を見られない。今、僕はとても恥ずかしい顔をしているはず。
「そ、それは……。その……」
「はると君……。やっぱり、そうなんだね……」
とても優しい声が、僕に届いた。慈しむような瞳で、目を見つめられる。こよみは、とても嬉しそうに、はにかんでいた。
「まったく、余計なことを言っちゃったわね。生暖かくてかなわないわ。じゃあ、また後でね」
そんな事を言って、ゆりさんは去っていく。なんか、助かったみたいだ。九死に一生を得たな。
こよみはゆりさんを笑顔で見送り、そのままの顔で僕の方を見てくる。そして、笑みを深めた。
「ふふっ、お互い、ちょっと恥ずかしいことになっちゃったね。でも、良い機会だね。うちに帰ったら、今度こそ恥ずかしいことを言わせてあげるから」
弾んだ声で、そう持ちかけられてしまった。
こよみに勝てないと、きっととても恥ずかしいことを言う羽目になるのだろう。だが、次もこよみに恥ずかしいことを言わせてみせる。
何度も何度も僕が負けるだけだと思わないことだね、こよみ。




