2話 公開おねだりの恐怖
これから僕は、こよみと一緒に登校する。その間に、なんとしても人前でお弁当のおねだりを止められるように誘導しないと。
クラスメイトに噂されるどころの話じゃない。授業中に一発ギャグを叫ぶより恥ずかしいぞ。
わざわざ自分から黒歴史を残すような真似を、したいわけがない。想像しただけで、震えそうだ。
だが、そう簡単にこよみは折れないだろう。鉄どころか超合金レベルの心を持っているんだから。
僕がおねだりしたら、こよみだって注目の的。みんなの視線が、雨あられと浴びせられるだろうに。
きっと、平気な顔をしているのだろうな。それどころか、楽しみすらするかもしれない。だから、今すぐにでも止めないと。おねだりを避けなきゃ、反撃も何も無い。
僕は玄関から出ると同時に、息を吸ってこよみに向き合った。
「こ、こよみさん。お昼ごはんの時は、ふたりきりになれないかな?」
「ふふっ、良いよ。ちゃんと、おねだりしてくれたらね」
僕の目をじっと覗き込みながら、こよみは返してくる。
やはり、僕の逃げは理解されているのだろう。おねだりすればという言葉は、その証。僕のことを、首輪をつけて縛り付けるつもりなんだ。
だが、言葉選びを間違ったな。おねだりというのなら、他にもある。
今はこよみに負けるが、背に腹は代えられない。右ストレートを避けて、ジャブを受けるだけで済ませてやる!
僕はこよみに頭を下げながら、ダメージコントロールをしていく。
「お願いします、こよみさん。僕とふたりで、お昼ごはんを食べてください……!」
「へー、そんなに私のことが大好きなんだ? みんなにも、教えてあげないとね?」
弾んだ声で、そう告げられる。こよみの顔は見えないが、さぞニヤニヤしているはず。
ジャブを受けたのに、追加で本命の右ストレートを叩き込まれてしまいそうだ。完璧に、こよみマジックが決まっている。
こよみめ。強すぎるだろ。魔王を通り越して、裏ボスレベルだ。僕のレベルでは、厳しい。歯を食いしばってしまう。
だが、諦めるものか。もう一発受けても良い。だから、ダウンだけは避けるんだ!
「僕の気持ちは、こよみさんだけに知っていてほしいです……!」
「ふふっ、可愛いね。気づかれていないと、思っているんだ?」
「それでも、大事な気持ちはあるから。特別な想いだけは、隠していたいよ」
唇を釣り上げて反撃してくるこよみ。それに、全力で反撃した。
自分にもダメージが入る大技だ。特別な想いだなんて、顔が赤くなりそうだ。
それでも良い。公開おねだりに比べれば、天と地の差だ。急所だけは、守り抜いてみせる!
「そんなに、大好きなんだ? せっかくだから、手をつないであげてもいいよ? ね、はると君?」
「こよみさん……。そんなことしたら、みんなに見られちゃうから……」
「私の恋人って思われるのは、嬉しいんでしょ? はると君、私が大好きだもんねー?」
小首を傾げながら、目を細めて言ってくる。語尾を上げながら、心底嬉しそうに。
くっ、まずい。このままでは、第二の急所攻撃を受けることになる。
好手は思いつかない。オセロで言うのなら、角でもないのに一枚だけひっくり返すレベル。
だが、それでも何も手を打たないよりマシなはず。せめてもの期待を込めて、僕は反撃する。
「逆に聞くけど、こよみさんは嬉しいの?」
「ふふっ、どっちだと思う? 手をつないだら、分かるかもねー?」
唇を釣り上げて笑いながら、僕に言ってくる。
これは、どっちだ? 僕と恋人に見られることを、こよみも嬉しいと思っているのか?
もし仮に、そうでもなかったら。僕はきっと、迷子になってしまう。
絶対にあり得ないと分かっていても、僕は心を制御できない。つい、声がこぼれた。
「こ、こよみさん……」
「そんなに不安そうな顔をしなくても、大好きだよ? だから、折れちゃっても良いんだよ?」
「お、お願いします……」
優しげに耳元で告げるこよみに、反射的に返してしまった。
そしてこよみは手を差し出してくる。僕はズボンで手を拭いてから、こよみの手を握った。
「ふふっ、そんなに汗が気になるんだ? 別に、私は良いんだけどね?」
こよみの言葉で、気付いた。完全に、僕が自分から隙を生み出していただけだ。ガードががら空きとしか言いようがない。
敗北感に打ちひしがれながら、僕はしばらくこよみと歩く。
校門が見えてきそうになった頃、こよみは手を離した。ちょっとだけ歩くと、他の生徒たちが見えてくる。
た、助かった。もう少しで、みんなからじっと見られる運命になっていただろう。
こよみは人差し指を唇に当てながら、そっと微笑む。
完全に、手のひらで踊らされていたみたいだ。でも、今はそれでも良いって思えてしまう。
まったく、僕ってやつは。でも、仕方ない。
そのまま何も言わず、こよみと僕は教室に入っていく。
結局、お昼はどうなるのだろうか。聞いてしまえば、おねだりと大差ない恥ずかしさを受けてしまう。
分からないまま、もだえるような気持ちで僕は昼を待っていた。
そして昼休み。こよみはこちらに歩いて近寄ってくる。そして、穏やかな笑みで話しかけてきた。
「じゃあ、一緒に空き教室に行こっか。ね、はると君」
こよみの言葉に、僕は頷いてついていく。みんなの視線を、少しだけ背中に感じていた。
きっと、一緒にお弁当を食べに行くことを察しているのだろう。でも、おねだりよりはマシだ。
「ほんと、仲がいいよねー」
「秋雨さん、とっても嬉しそうだよね。霧島君は、照れているみたいだけど」
そんな言葉に聞こえないふりをしながら、僕たちは歩いていく。
たどり着いた空き教室に入ると、こよみは口元に手を当てながらニヤつき出した。それだけで、分かった。
もう、おねだりするしかない。だが、人前でないだけマシだ。
いっそ、全力でのおねだりを見せてやる。覚悟しろ、こよみ。
僕はこよみの目をまっすぐに見つめながら、本気の言葉を告げた。
「こよみさんのお弁当があるから、僕は毎日お昼ごはんが待ち遠しいんだよ」
「ふ、ふーん。そんなに、私のお弁当が好きなんだ。じゃあ、もう私なしでは生きられないかもね? かわいそー」
一瞬だけ、目をそらしていた。軽く頬をかいている。少しは効果があったのだろう。でも、ほんの一瞬だった。
続けて、こよみは見下ろすように告げてくる。
確かに、こよみなしで生きることは難しいのかもしれない。それは認めよう。
だが、僕は負けまで認めたわけじゃない。全力でのおねだりは、まだ続くんだぞ!
「でも、こよみさんが居る幸せと比べたら、安いものだよ」
「そこまでハッキリ認めるんだ……。じゃあ、仕方ないから一緒にいてあげるよ。はると君、泣いちゃいそうだし?」
「ありがとう。やっぱり、こよみさんは優しいね」
「優しい私が、ご褒美をあげるよ。ほら、待ち遠しかったお弁当だよ。しっかり、味わって食べてねー。待ちきれなかったみたいだし?」
とても優しい笑顔で、お弁当を差し出された。それを受け取って、包みを開いていく。
メニューはからあげと卵焼き、きんぴらごぼうにジャーマンポテト。
からあげは衣がべちゃついていないし、卵焼きはふんわりしている。きんぴらごぼうは味がしっかり染みていて、ジャーマンポテトは中までしっかり柔らかかった。
どれも手間のかかるメニューなのに、当たり前のように作ってくれる。それに感謝しつつ、味わって食べていった。
「ありがとう、こよみさん。今日も、とっても美味しかったよ。こよみさんのお弁当は、やっぱり最高だね」
「ふふっ、こちらこそ。はると君が美味しく食べてくれるから、頑張っているんだよ」
「こよみさんのおかげで、毎日幸せだよ。これからも、よろしくね」
「帰りも、手をつなごっか。私がいる幸せを、たくさん実感してね?」
こよみはとても幸せそうに、はにかんだ。
今回の勝負も、きっと僕の負けなんだろう。それでも、僕には確かな満足感があったんだ。
「はると君の家に着いた後も、またよろしくね?」
そう言って、こよみはいたずらっぽく笑った。僕は、しっかりと頷いた。
きっと、家でも勝負が待っているのだろう。だけど、今度こそ負けないからね。




