19話 添い寝の罠
なんか、4人で布団を並べて寝ることになった。僕ひとりだけが男なのに、どうしてそうなってしまうのか。
だが、もう今までの流れで分かりきっている。避けようとしても無駄だ。
つまり、僕のやることはひとつ。少しでも被害が減るように、並び順を選ぶということ。
「とりあえず、僕は男だし、端の方が良いよね?」
さあ、これで誰かひとりを選べば済む。最低限の被害で押さえられる、適切なダメージコントロール。僕だって学習するんだってところを、見せてやる。
「それで、はると君は誰の隣になりたいのかなー?」
こよみはいつも通りのニンマリした顔で問いかけてくる。
実際、そこが問題なんだ。こよみを選べば、言うまでもなくからかわれる。母さんを選べば、マザコン扱いされる。あかねさんを選ぶと、それこそ変態だ。
誰を選んだとしても、結局手痛い一撃を受ける。それでも、一番マシな道はあるはずだ。どれだ。どれなんだ。
そうだ。いっそのこと、選ばなければ良いんじゃないか? みんなの意見を取り入れるという建前で、僕が誰の隣になりたいかを隠す。それこそが、最善の道なんじゃないだろうか。
「みんなは、誰と一緒が良いの? それも、大事なことだよね」
「なら、私ははるとの隣が良いわ。せっかくの旅行なんだもの。親子の時間を大事にしたいわ」
よし、勝った! 僕は選ばずして、勝利をつかみとったんだ! 母さんの意見が出たことは大きい。これで、流れができたはずだ。
少なくとも、母さんの意見をまるっきり無視して話は進まないだろう。つまり、僕の大勝利。完璧に策が決まってしまった。自分の才能が、恐ろしいくらいだ。
「だったら、あたしはこよみの隣かね。ふゆこちゃんの隣って歳でもないし、はるとの隣は避けた方が良いね」
「それなら、私もふゆこさんの隣じゃないですね。ね、はると君?」
楽しげな笑みを浮かべて、こよみはこちらにウインクしてくる。
待て。こよみとあかねさん、僕と母さんが隣に並ぶ状況で、母さんと他の誰かが隣になれない。それってつまり、僕は母さんとこよみに挟まれるってことじゃないのか?
最初に言った、端って条件が消え去ってしまっている。だが、意見を聞くのは僕が言い出したことだ。撤回したら、また選ぶことになる。
つまり、もう僕は詰んでいる。その事実に、気づいてしまった。
みんなの意見を無視してしまえば、僕はどうしてもその人の隣で寝たいことになってしまう。誰を選んだとしても、まずい。
なんてことだ。僕の策は完璧どころか、ただ墓穴を掘っただけ。これなら、最初に誰かの隣を選んでおけば……。
絶望に膝を折る僕をよそに、仲居さんが部屋に入ってくる。その姿を見て、僕は姿勢を正した。
くそっ、嘆きに浸ることすら許されない。理不尽だと自分でも思うが、仲居さんを恨みそうだ。まあ、実際にそんな事はできないけれど。
やってくると分かりきった悪夢を前に、どうすることもできないんだ。
仲居さんが去っていき、畳の上に並べられた四枚の布団が目に入る。なんか豪華っぽい仕切りに囲まれた姿が、まるで処刑台のように思えた。
真ん中ということもあって、僕が先に布団に入る。そして、こよみや母さん、あかねさんが続いた。
僕はただ、上を見るだけ。どっちを向いても、ダメなのだから。
そんな姿勢が災いしてか、目をつぶっても、いつまで経っても眠ることができない。あたりは真っ暗で、たまに虫の音が聞こえる。それが、妙に耳についた。
布団に潜り込んでみても、顔を出してみても、眠気は訪れない。目が冴えてしまっている。
ただ、母さんの方から寝息が聞こえてきた。ということで、そちらの方に寝返りを打つ。
すると、こちらに転がってきた母さんに抱きつかれてしまった。
やってしまった。うっかり、近づきすぎてしまったみたいだ。油断した。まさか、こよみは起きているのだろうか。気になるが、振り返ることもできない。
僕は母さんの両腕にすっぽりと収まって、出られない。くっ……。
どうすれば良いのか、僕は頭を抱えそうになった。腕が動かなくて、余計に悲しかった。
「はると、甘えてくれるのね……。なら、今日は一緒に……」
母さんから、声が聞こえた。様子を見る限りだと、寝言っぽい。だけど、なんてことを言ってくるんだ。寂しいと思っていたのなら、振り払えないじゃないか。
そもそも、起こしちゃったら悪いし。いつも忙しそうなんだから、たまには休んでもいいだろう。
でも、こよみに朝うっかり見られたら終わりだ。このままじゃ、ひどい未来への片道切符になってしまう。どうすれば良いんだ……。
目を閉じても、何も解決策が思い浮かばない。僕はただ、固まり続けるだけだった。
しばらくして、救いの手が訪れる。母さんは、なんとか離れてくれた。うまく寝返りを打ってくれて、助かった。
僕は全力で母さんから離れるように、ただゆっくりと反対側に寝返りを打つ。
そうしたら、今度はこよみに腕を抱えられた。
「はると君、逃げちゃダメ......」
寝息をこぼしながら、そんな事を言っている。逃れられたと思ったら、また絶望的な状況におちいってしまった。こよみの浴衣から、ほんの少しだけ肌が覗いている。僕は、ただ目をそらすだけ。
仮にこよみから離れても、また母さんが待っているだろう。四面楚歌どころの騒ぎじゃない。
逃げ場をなくした僕は、天井を見ながらじっとし続ける。すると、あかねさんに布団をかけ直された。
「はると君、目だけでも閉じておきな。眠れないにしろ、マシになるよ」
そっと耳元でささやかれる。僕の状況を理解していても、助けてはくれないみたいだ。
あかねさんは、そのまま自分の布団へと戻っていった。
こよみの寝息が頬に当たったり、髪の毛が軽く触れたりする。目をつぶったから、余計に強く感じてしまう。こんなの、どうしろっていうんだ。
なんか、心臓がバクバクしてきた。それはそうか。女の子に抱きつかれながら寝ているんだから。
さっきまでより、眠気を感じない。今になって思えば、うっすらとした眠気はあったのかもしれない。それすらも、吹き飛んでしまったけれど。
ゆっくり深呼吸してみたら、甘い匂いが届く。どう考えても、こよみのもの。
くそっ、変なことを考えるな。こうしていることも、こよみの手の内になってしまうのだから。妙なことになってしまえば、またからかわれるだけ。
だが、動くこともできない。深呼吸もできない。本当に、何も打つ手がない。僕はただ、石像のようになっていた。
結局、こよみが離れてくれるまでに、1時間くらい。それからも、しばらくは眠ることができなかったんだ。
朝、揺すられる感触とともに目を開く。すると、こよみの姿が目に入った。
「クマ、できてるよ。そんなに緊張してたのー?」
そんなことを聞いてくるこよみに、何の反論もできなかった。そんな僕を見て、こよみは笑みを深める。
「この調子なら、釣りの最中に眠っちゃうんじゃない? 私の勝ちで、決まりかな?」
絶対に、負けてたまるものか。こよみの言葉で、そんな決意が湧き上がってきたんだ。




