14話 追撃する母
「はると君、ご飯できたよ。ふゆこさんのこと、呼んできてくれる?」
こよみは、いつも通りに晩ご飯を作ってくれた。ということで、母さんを呼びに行く。部屋の前で声を掛けると、すぐに出てきた。
リビングまで連れて行くと、すでに夕食が並んでいる。今日は、ビーフシチューとシーザーサラダ、そしてカプレーゼが並んでいた。
母さんが帰ってくることもあって、気合いを入れてくれたのだろう。それが分かるメニューだ。
「とても豪華ね。こよみちゃん、大変だったでしょう?」
「いえ。ビーフシチューさえ作ってしまえば、後は切って並べるくらいなので」
こよみは謙遜しているが、言うほど楽でもないと思う。そもそも、ビーフシチューというのが手間だろうに。
やっぱり、すごい人なんだよな。だからこそ、勝ちたいんだけど。今の僕じゃ、こよみに釣り合うとは言い切れないのだから。
母さんは、僕の方をじっと見てくる。そして、真剣な声色で話し出す。
「はると、こよみちゃんにだけは嫌われないようにしなさいね。この子を逃がしたら、終わりよ」
実際、母さんの言う通りだと思う。こよみ以上に素晴らしい相手なんて、きっとこれから先の人生で出会えない。
だから、素直に頷くことができた。今は、意地を張る場面じゃないから。
「ふふっ、はると君を嫌うことなんてないですよ。私に暴力を振るうとかなら、話は別ですけど。でも、あり得ないですし」
「そう。はるとを信じてくれて、ありがとう。やっぱり、こよみちゃんは良い子ね」
「こちらこそ、ありがとうございます。長話してもなんですし、食べてください」
「そうね。せっかく作ってくれたものを冷ましちゃったら、悪いわよね。ね、はると」
「うん。しっかり味わわせてもらうね、こよみさん」
そう言って、両手を合わせてから食べ進めていく。
ビーフシチューはどの具材にもしっかり味が通っていて、どれもすぐに噛み切れる。ガツンと来る旨味があって、メインとしての風格はバッチリだ。
シーザーサラダは酸味と辛さ、まろやかさのバランスが良くて、具材を包みこんでくれる感じ。
そしてカプレーゼは、舌をリセットしてくれるような感覚がある。またビーフシチューを食べると、味が引き立つような気がした。
食べ終えると、こよみはニコニコしながら僕の方を見ていた。そんな僕たちを、母さんは微笑ましそうに眺めている。
「ごちそうさま。今日もとっても美味しかったよ。どれも最高だったかな」
「そっか。はると君が喜んでくれて、嬉しいよ」
「そんなふたりに、提案があるのよ。今度、久しぶりに休暇が取れることになってね。こよみちゃんのお母さんも誘って、温泉宿に行こうかと思っているの」
「温泉旅行かあ。こよみさんは、どう思う?」
「はると君こそ、どうなの? まさか、混浴したいと思ってたりしてー?」
こよみは挑発的な顔をしながら、とんでもないことを言ってきた。母さんの前で、なんてことを。僕が変なことを考えていると思われたら、大変だ。
相変わらずの猛獣っぷり。母さんの前ですら、変わることはないんだ。
くそっ、母さんが見ている中で、妙な反撃なんてできないってのに。僕は、ただ狩られるだけの獲物なのか……?
いや、そんなはずはない。何か、手はあるはずだ。そうだ。母さんの前だったら、こよみだって万全の手は打てないはずだ。どうにか、その隙を突きたい。
なら、これでどうだ!
「家族風呂でもなかったら、大変なことになるよ。こよみさんは、それでいいの?」
「確かに、はると君以外に見られるのは嫌かな。ありがとう、心配してくれて」
穏やかな目で、僕を見ている。とりあえず、効果的だったんだとは思う。でも、なんか反撃って感じでもないな。普通の会話みたいになっている。
いや、こよみが大変なことになるのは絶対に避けたいから、それでも良いんだけど。だけど、ちょっと消化不良かもしれない。
なんというか、ボスが待っていると思っていたら、イベント会話だけで終わったみたいな。
まあ、追撃は来ないんだ。今は、それで満足しておこう。
「どういたしまして。こよみさんが傷つくのは、嫌だったからね」
「でも、はるとなら傷つかないって言っているわよね。そのあたり、どう思うの?」
なんか、母さんの方から追撃が飛んできた。どうしてだ。僕に恨みでもあるのか。いや、そんなわけはないんだけど。真面目な顔をしているし。
けど、一緒に入りたいとか言ったら、欲望まみれみたいになる。嫌だって言うのも、それはそれでこよみを否定したみたいになる。
どっちと答えても負けじゃないか。なんで、2対1で囲まれているんだ。卑怯だぞ。
「そ、それは……。その……」
「はると君ってば、私と一緒の部屋になりたいのー? やっぱり、混浴したいんだー」
「そ、そんなことは……」
「混浴はともかく、同じ部屋は良いんじゃないかしら? いつも一緒なんだし、そう変わらないはずよ」
ただでさえニヤニヤと僕を見ていたこよみが、母さんの言葉で笑みを深めている。
なんてことだ。こよみという猛獣をサポートするハンターまでやってきた気分だ。
くっ、さすがに勝つ道筋が見えない。だが、諦めたら一方的になぶられるだけ。見るも無惨な姿になってしまうだろう。せめて、被害を抑えないと。
「か、母さんは一緒なんだよね? せっかくの家族旅行なんだし、同じ部屋の方が良いでしょ?」
「はると君ってば、お母さんに甘えたい年頃なんだねー。そういうところも、可愛いよー?」
「あらあら、まだはるとには早かったみたい。こよみちゃん、そういうことみたいよ」
母さんはずっと真面目な顔で言っているのが、余計に困る。からかう気とか、ないのかもしれない。けど、結果的にはこよみ優位に進む展開につなげてくるんだ。
これが天然だというのなら、それはもう台風とかのたぐいだ。全力で身を守るべきじゃないか。
もう、攻撃とか考えていられない。とにかく、ガードを固めないと。
「こよみさんだって、旅行なら家族と一緒が良いでしょ?」
「そうかもね。はると君のことも、よく知ってもらいたいし? ね、はると君」
「えっと、それって……」
「親同士の関係も、大事だものね。はるととこよみちゃんは、まだ学生なんだし」
なんか、大変なことになっている気がする。いや、実際に大事なことなんだけど。でもなんか、余計に追い詰められていないか?
うまく言えないけれど、逃げようとした先に待ち伏せされていたみたいな。
このまま話を続けていたら、こよみの思うがままにされる気しかしない。
くそっ。こよみのお母さんを話題に出すのは、悪くない案だと思ったのに。それとも、最善を選んでも無駄だっただけなのか……?
実際のところ、こよみひとりにだって勝てないのだから、母さんが混ざったら勝てるはずがない。なら、僕の状況は必然なのか……?
すがるような気分で、僕は母さんを見る。すると、ふっと笑っていた。
「ひとまず、こよみちゃんのお母さんとも話をしないとね。私が、相談しておくわ」
母さんのおかげで、助かった、のか……? 僕を助けてくれたのだろうか。それとも、たまたまだろうか。よく分からないが、ひとまず今は逃げられたはずだ。
救われた心地でこよみを見ると、僕の姿を見てニンマリと笑っていた。
「部屋のことは、お母さんたちで決めるんだろうけど。はると君もお世話になるんだし、直接話すのは大事だよね?」
「それは、そうだね。一緒に出かけるんだし、あいさつくらいは……」
「なら、私のお母さんに、しっかりと説明してね。明日でいいかな。ね、はると君?」
垂らされた蜘蛛の糸をつかんだ瞬間、強引に引きちぎられた。そんな感覚を覚えながら、僕はうなだれていったんだ。
母さんがクスクスと笑っている声が、すごく耳に残った。




