12話 好きなところを言い合うゲーム
「はると君、今日はお互いの好きなところを言い合うゲームをしよっか? ご褒美は、ハグだよ?」
いつも通りの放課後、こよみはまた急に言い出した。
以前にも、大好きなところを言い合って照れたら負けゲームをした。今回は、何が違うのだろうか。
まずは、ルールの確認だ。そこを怠ってしまっては、勝てるものも勝てない。
ただでさえ、こよみは圧倒的に強いんだ。せめて、少しでも勝機を見出さないと。そうしなければ、ただこよみという濁流に流されて終わるだけ。
「えっと、何をしたら勝ちなの? 前みたいに、照れたら負け?」
「それでも良いけど……。やっぱり、同じなら面白くないよね? 今回は、数で勝負しよっか? 順番に言い合って、言えなくなったら負けだよ」
なるほど。こよみの好きなところを言い続ければ良いのか。それなら、思いつくものはいくつかある。
こよみの良いところは、僕が一番知っているんだ。そう簡単に、負けると思うなよ。
「分かった。受けるよ。負けないからね、こよみさん」
「まずは、私からだね。いつも私に負けちゃう、よわよわなところが大好きだよ?」
とてもニコニコしながら、心底嬉しそうに言ってくる。
くそっ、こよみのやつ。バカにしてくれて。弱いところが大好きって、僕をペットか何かだと思ってやがる。一緒にいて嬉しい可愛い存在じゃないんだぞ。ちくしょう。
今回こそ、僕が勝つんだ。よわよわなんかじゃないと、ここで証明してやる。
そうだ。こよみの全部を思い出せ。どんな顔をしているか。どんな事を言っているか。どんな特技があるか。
……気づいてしまった。この勝負は、僕がこよみの強さを宣言する場所になっていないか? 勝負を受けた時点で、負けが決まっていないか?
僕が通る道全部に、落とし穴もブービートラップも何もかもが仕込まれている。まさに、こよみマジック。いったい、どうすれば……。
いや、まだだ。僕だけで落とし穴に落ちてたまるか。せめて同じ場所に引きずり込んでやるぞ。覚悟しろ、こよみ将軍。
僕はそっとこよみと目を合わせて、まっすぐに告げる。できる限り、感情を込めて。
「辛口カレーに挑戦して、結局僕が代わりに食べる可愛さが大好きです……!」
これで弱みを突けたはずだ。辛口カレーを結局食べられないなんて、情けないに決まっている。
見たか。これが僕の一撃だ。僕を甘口カレーくらい甘く見た罪は、恥ずかしさでつぐなえ!
僕だって、ただ負けるだけじゃないんだ。どうだ、こよみ!
そう思っていると、こよみはニタニタとした笑みを浮かべた。まるで僕が狙い通りに動いたかのように。
「私に尽くすのが大好きなんて、本当に可愛いねー。そういうところも、大好きだよ?」
僕が打った渾身の一手は、あっさりと返されてしまった。二連続で、こよみマジックが炸裂した。圧倒的すぎる。
これでは、こよみの手のひらで踊るだけだ。何か、別の策を考えないと。
だが、時間をかけたら負けだ。言えなかった判定を食らうだろう。なら、とりあえずは好きなところを言っていくしかない。
首元まで刃が迫っているのを感じながら、僕は戦いを続ける。
「笑顔が素敵なところが大好きです……!」
「味噌汁をフーフーしてから食べる可愛いところも、大好きだよ?」
「いつも明るい空気を作ってくれるところが大好きです……!」
「私に可愛くおねだりする姿も、とっても好きだよ。ふふっ。私はまだまだ言えるけど、はると君には厳しいかなー?」
こよみは、挑発的な笑みを浮かべている。僕の負けが、決まりきっているかのように。
実際、今の段階では正しいだろう。圧倒的な大差がついていると言って良い。周回遅れどころの騒ぎじゃない。ニ周三周レベルで引き離されているんだ。
けれど、こよみに対抗できるだけの手札がない。普通にこよみを褒めるだけで終わってしまう。
くっ、くそっ……。こよみのやつ、完璧すぎる……。ただ良いところを褒めるしか、無いのか……?
何も有効な手札が思いつかないまま、僕はただこよみの魅力を吐き出していく。
「僕に優しく勉強を教えてくれるところが大好きです。ニ冊目のノートを作ってくれるところとか、とっても……!」
「ば、バレちゃってたんだ……。でも、そういうちゃんと見てくれるところも、大好きだよ」
こよみは僕の言葉を受けて、少しうつむいてモジモジしていた。しかも、ちょっと顔を赤くしているぞ!
なんかよく分からないけど、効果があったみたいだ!
神は僕を見放さなかったんだな! これからは、10秒くらいお祈りしようかな。
とはいえ、まだ勝ったわけじゃない。有効打を与えられたという程度だ。まだまだ、こよみの好きなところを言っていかないと。もう少し、大きな一手を。
似たような魅力を探せば、あるはずだ。そうだ。これとかどうだ?
「毎日僕に美味しい料理を作ってくれるところが、大好きです。隠し味にも、工夫してくれて……!」
「私の料理がなくちゃ生きていけないところも、大好きだよ?」
あっけなく、ペースを取り戻されてしまう。僕の与えたダメージなんて、ターン経過で回復される程度のものだったのだろう。
さっきまでのように、僕の弱いところを好きだと言われてしまっている。だけど、反撃の糸口が見つからない。
「とっても賢いところが、大好きです……!」
「私に手取り足取り教わる可愛い姿が、大好きだよ?」
「運動だってすごくて、大好きです……!」
「私に負けて悔しそうにする姿も、可愛くて大好きだよ」
このままじゃ、さっきと同じだ。何か、変えないと。ただジリ貧になるだけ。ここは、賭けに出よう。こよみの弱さかは分からないけど、今までと違うことを。
「いっぱい僕の好きなところを言ってくれるところが、大好きです……!」
「ふふっ、わざわざ自分から追い詰められちゃうところとか、大好きだよ?」
こよみは、目を細めて返してくる。僕は、ちょっとだけ止まってしまった。
確かにとしか言いようがない。こよみが言ってくる好きなところは、僕の弱さなんだから。それを受け入れているって証拠だ。
わざわざ自爆してしまった。そんな気持ちが湧き上がってくる。逆転の一手を探ろうとしても、出てこない。
そのまま、僕は追い詰められていく。こよみの好きなところを、だんだん消費するだけで。
必死で頭を回して、それでも足りない。やがて、限界が訪れた。
「いつも素敵な笑顔を見せてくれるところが、大好きです……!」
「ふふっ、被っちゃったね。これで、私の勝ちかな。今みたいな姿も、大好きだよ」
しっとりとした笑みを浮かべるこよみ。その言葉に、負けを実感させられてしまう。
結局、今回も勝てなかった。一発反撃できたという程度。やはり、こよみは強すぎる。それを、あらためて実感させられてしまった。
「こよみさん、ごめんね……?」
「えっと、何が? 私が勝つのは、いつものことでしょ?」
「その……、好きなところをいっぱい言えなくて……」
「ふふっ。私は、ちゃんと満足しているよ。はると君の気持ち、しっかり伝わったから。私のこと、よく見てくれているんだって」
慈しむような目で、こよみは僕を見ていた。その顔からは、強い満足感が伝わってくるよう。
なら、今回の負けにも意味があったのかもしれないな。少なくとも、僕の負け以外でこよみが喜んでいるのだから。
「だから、ちょっとだけご褒美をあげるね。これで、どうかな?」
そう言って、こよみは僕と腕を組んできた。暖かさと柔らかさと甘い匂いが、右側から伝わってくる。隣を見ると、楽しそうな笑顔を浮かべている。
こよみのご褒美は、確かに良いかもしれない。なら、その気持ちを伝えれば良いかな。ゲームでは言えなかったけど、悪くないはず。
「今みたいな、こよみさんの優しいところも大好きです」
「そっか。私も、素直なはると君が大好きだよ」
ふわりとした笑みを向けられて、少しだけ目を逸らしそうになってしまう。僕は頬をかきながら、穏やかな時間を感じ取っていた。
ひとまず、今回手に入れた報酬を楽しむとしようかな。
「明日は、はると君のお母さんが帰ってくるんでしょ? その時にも、言ってほしいな?」
からかうような笑みを浮かべたこよみに、また負けたような気がしたんだ。




