11話 結果発表
「今日から、テストが返ってくるね。はると君は、私に勝てると思う?」
こよみは、首を傾げながら問いかけてくる。からかうような感じは、見受けられない。今回は、真面目な話なのだろう。
まあ、僕たちの関係に大きく影響があるんだ。こよみだって、緊張しているのかもしれない。
とにかく、ここで嘘を付く意味なんて無い。どうせ、点数で明らかになるのだから。
「分からない。こよみさんは、とってもすごいから。でも、たぶん僕にできる最善だったとは思うよ」
「うん。はると君は、本当に頑張ったよ。勝てるかどうかは、別だけどね?」
「負けたって、後悔なんてしないよ。もちろん、悔しいだろうけれどね」
「じゃあ、点数を比べるのは、全部返ってきてからにしよっか。そっちの方が、素直に喜べるでしょ?」
ちょっとだけ、いたずらっぽく笑みを浮かべているこよみ。そんな姿を見て、僕は自然と頷いていた。
まずは、僕がどの程度の点数を取れたのかを知るところから。ちゃんと成長できていたのなら、こよみに恥じることはない。
勝てないのかもしれないって弱気は、正直ある。でも、それでも良いんだ。今回勝てなかったとしても、また挑めば良いだけだから。
「そうだね。こよみさんとの勝負も大事だけど、僕が成長したのかも大事だから」
「ふふっ、楽しみだね。期待しているよ、はると君」
そう言って、こよみは柔らかく微笑んだ。大事な勝負の前ということが、よく伝わってきた。僕たちの関係における大一番。ここが桶狭間。あるいは天王山だからね。
キスをしたいという気持ちは、否定できない。こよみとすれば、きっと最高の気分になれるだろう。人生の絶頂って言っていいくらいだと思う。
だけど、それがすべてじゃないんだ。そうだよね、こよみ。
僕はこよみに笑顔で返した。こよみは、また微笑んでくれた。穏やかな目で、安心させるように。
期待と不安が混ざりあったまま、学校へたどり着く。そして、まずは一教科目である数学Aが返ってくる。
点数としては、88点。決して悪くない。それどころか、僕としてはかなり良い点数だと思う。それどころか、会心の出来。クリティカルが二連続で出たくらいかもしれない。
なにせ、数学はそこまで得意でもなかったからね。ほんと、こよみ様々だ。
授業が終わって、こよみは僕の方に近寄ってきた。
「どうだった? 聞かせてもらっても良いかな?」
「88点だったよ。僕としては、今までで一番なんじゃないかな」
「そうかもね。ふふっ、ご褒美が魅力的だったおかげかな?」
にっこり笑って、告げられる。実際、否定できないところはある。こよみとのキスなんて、どんな男でも求めるだろうし。
それこそ、100万円くらいなら出す人が居てもおかしくないんじゃないだろうか。
でも、キスは一番大事なことじゃない。それだけは、ハッキリと言っておかないと。
「少しは、あると思うよ。でも、こよみさんが教えてくれたから。その気持ちに、応えたかったんだよ」
「はると君……。そっか。じゃあ、残りも楽しみにしているね。点数が、はると君の気持ちなんでしょ?」
「そう言われると、緊張しちゃうな……」
「ふふっ、もう分かりきっているけどね。前なんて、60点だったんだし」
とても穏やかな顔で、こよみは僕を見ている。確かに、伸びという意味ではこれ以上無いくらい伝わっているのかもしれない。
でも、僕の気持ちとまで言われたんだ。できる限り、良い点数であってほしいものだ。
こよみの期待に応えられるようにと祈りながら、僕は残りのテストも受け取っていく。
最高は世界史で、98点だった。あと一歩で100点だったんだけど、どうしても思い浮かばなかったし、きっと無理だったんだろうな。
「はると君、調子いいね。ふふっ、私の点数は、気になるかな?」
なんてことを言われたりもした。気になるのは気になるけど、前にこよみに言われたように、まずは自分の結果と向き合いたくはあるけれど。
下手したら、初手で100点とか見せられかねない。そんなことになったら、僕の喜びは儚く砕け散ってしまうだろう。
いずれ結果として明らかになるにしても、もう少しだけ待っていたかった。
「今は、良いかな。こよみさんは、絶対に良い点数だからね。比べるには、まだ早いかも」
「ご褒美が欲しかったら、どうせ逃げられないもんね。それに、はると君の喜びも大事だからね」
その言葉に、僕は結果を察していた。こよみの点数を見たら喜べないと言っているようなものだからだ。
もちろん、こよみは僕の気持ちを大事にしてくれているんだろうけれど。拳を握りしめたい気持ちは、少しだけあった。
だけど、こよみの気づかいを無駄にしたくない。だから僕は、ずっと笑顔を浮かべていたんだ。
それからも、続けてテストが帰ってきた。結果としては、平均90点。順位は発表されていないけれど、かなり上の方だと思う。
僕はひとまず頷いて、達成感に浸っていた。そんな僕に、こよみは家で結果を見ようと提案する。受け入れて、一緒に帰っていく。
また無言だったけれど、気まずくはなかった。ただ響く足音に、どこか心地よさを感じるような。
僕の家に着いた頃には、夕日が僕たちを照らしていた。その光は、祝福なのか僕を焼くものなのか。それが、これから明らかになる。
二階に上がって、僕の部屋。窓から夕日が覗くのが分かる。僕たちはお互いに頷きあって、テストを出していく。
まずは、数学A。僕は88点。こよみは、100点。
もう、格付けは済んだような気がしていた。だけど、嬉しさもある。僕に気を使ったりしないで、本気で向き合ってくれたことが分かったから。
「これが、今の私とはると君との差だよ。でも、いつか追い抜かしてくれるよね?」
僕を見る瞳には、確かに期待が見て取れた。だから僕は、迷わずに頷いた。
「もちろんだよ。これからも、頑張っていくから」
「そっか。じゃあ、残りも出していくね」
半分くらいが、100点。悪くて、95点。平均は、98点。それが、こよみの出した結果だった。
あまりにも、圧倒的。ハードルで言えば、2メートルくらいあるかもしれない。だけど、僕は諦めたりしない。こよみが、期待してくれているんだから。
そんな僕に、こよみはじっと目を見つめながら告げる。
「私の勝ち、だね」
「うん、そうだね。悔しいけど、完敗だよ」
「でも、はると君はとっても頑張ったって思うな。平均90点なんて、すごい成長だよ」
「こよみさんには、勝てなかったけどね。やっぱり、悔しいな……」
もう、表に出しても良いだろう。そう判断して、拳を握りしめていく。その痛みが、なんとなく僕を癒やしてくれるような気がした。
こよみは、そっと笑みを浮かべていた。母性を感じさせるような、暖かい様子で。
「ふふっ、仕方ないよ。平均98点を超えるなんて、難しいなんてものじゃないし」
「そうかもね。でも、勝ちたかったな……」
「はると君も、本気だったんだよね。だから、キスはお預けかな」
「うん、そうだね。僕も、それが良いんだと思う」
僕たちにとって、大切なことだ。今キスをしてしまえば、僕は満たされてしまうだろう。その結果、こよみに置いていかれる。そんな気がした。
だけど、こよみは僕の頬にそっと触れる。そして、ちょっとだけ色っぽく笑った。
「でも、はると君の気持ちは伝わってきたよ。だから、これが残念賞だよ。……んっ」
僕の頬に、とても柔らかいものが触れた。みずみずしくて、暖かい。
すぐに離れていったけど、ずっと感触が残ったままだ。なんか、今でも触れているんじゃないかってくらい。
こよみは、瞳をうるませている。夕日に照らされた顔が、赤く染まって見えた。
「いつか、私に勝ってほしいな。テストの点数じゃなくても、ね?」
「うん。僕は、こよみさんに追いついてみせるよ」
「本番は、その時までお預けだよ。ふふっ、次の勝負が楽しみだね?」
そう言いながら笑うこよみの姿は、これまでで一番ってくらいに魅力的だった。
大きな勝負は、まだ先だろう。けれど、次の勝負は明日にもやってくるはず。
いつか、胸を張って誇れる勝利を。そんな気持ちを込めて、僕も笑顔を浮かべたんだ。




