10話 テスト本番
今日はテストの本番。こよみは、朝からカツ丼を用意してくれた。つまり、僕の勝ちを願ってくれているということ。それに応えられるように、しっかりと食べた。
こよみはずっと笑顔のまま、僕の食べる姿を見ていた。そのおかげで、より気合いが入る。
必ず、良い点数を取ってみせる。そんな気持ちを込めて、深呼吸をした。
こよみは、落ち着いた顔で僕に話しかけてくる。
「いよいよ、今日だね。はると君、準備はできた?」
「もちろんだよ。僕にできることは、全部やった。少なくとも、最高の僕は見せられるよ」
「ふふっ、期待しているね。ご褒美は、キス。どんなものかは、指定していないけど……」
そう言って、こよみはしばらく言葉を止める。そして、じっと僕の目を見てきた。
なんとなく、つばを飲み込みそうになる。こよみの真剣さを、感じた気がして。
どんな気持ちか知りたくて、僕は問いかける。
「それって……?」
「はると君が望むのなら、好きな形でいいんだよ? キスの形でさえあればね?」
唇に人差し指を当てて、こよみは微笑んでいる。
それはつまり、深いやつとかでも良いということなのだろうか。なんで急に、そんな爆弾を。いや、僕の動揺を誘う気だな。
絶対に、負けたりしない。いくら誘惑されたって、僕は自分を見失ったりしないぞ。そもそも、こよみの気持ちだってあるんだから。
僕は首を振って、軽く頬を叩いた。
「僕の心を乱そうとしても、無駄だよ。絶対に、負けたりしない」
「うん、負けないでほしいな。はると君は、こんな誘惑なんかに負けるような人じゃないでしょ?」
慈しむような目で、僕を見ている。その姿からは、心からの信頼が見えるよう。だから僕は、すぐに頷いたんだ。
こよみは、晴れやかな笑顔を見せてくれた。
そして僕たちは、学校へと向かっていく。いつも通りに隣り合って歩く。いつもとは違って静かだった。
今日という日は、僕たちにとって大きな転機になるのかもしれない。そんな予感があったからだと思う。まあ、正確には3日間なんだけど。
学校にたどり着いたら、まずは一教科目の内容を思い返していく。こよみのノートを見ながら、要点を再確認して。
こよみも、自分の席で真剣にノートを見ている様子だった。きっと、本気で向かい合ってくるのだろう。
少なくとも、僕を勝たせるために手を抜くようなことはない。こよみに僕の強さを示すには、その力を上回るしかないんだ。
そう。猛獣を打ち破ることが、僕に求められていること。だから、やってやる。
一教科目である数学Ⅰが始まる直前、こよみは僕にウインクをしてくる。それに、僕は頷いて返した。
テストが配られて、合図とともに問題用紙に目を向ける。
全体に軽く目を通して、解き方が分からない問題は見当たらなかった。ひとまず、最初の問題に手を付ける。
順調に進めていき、最後の大問のかっこ3。そこで、想定していた解法では行き詰まってしまった。
後は、この一問だけ。時計を見ると、残り10分。一度息を吐いて、吸っていく。
こよみとの勉強会を思い返していく。その時のことを思い出して、数式の一部をtと置くということに思い至った。
そのまま進めていき、なんとか回答を出す。見直す前に、チャイムが鳴った。
テストが回収されていき、僕は軽く息をつく。そして、こよみの方を見る。すると、いつも通りの様子だった。
「はると君、どうだった? 私は、それなりかな」
それなりと言っているが、きっと余裕だということ。こよみにとって、高得点を取るということは単なる日常。誇るまでもないことなんだ。
だから、たぶん僕にとっての会心の出来と同じか、あるいはそれより上。
けれど、僕だって悪くないはずだ。少なくとも、全問まともな回答を出すことはできた。
「とりあえず、全問解くことはできたかな。見直しまで、手が回らなかったんだけど」
「そっか。じゃあ、次はペースを上げる練習をしないとね。また、付き合うよ」
そう言って、微笑みかけてくる。僕は頷いて、自分の荷物へと向かう。そして、こよみのノートを見返していく。頭の中で、何度も繰り返しながら。
次の教科は、世界史。解いていくと、一問だけ空欄になってしまった。それ以外は、ひとまず回答できたと思う。確実に正解できているだけで、8割は取れていると思う。ただ、自信のない回答もありはした。
そして次の教科は、国語。今回は、全部回答できた。見直しをしても、明らかにおかしいところはない。
とりあえず、部分点を引かれるくらいで済むんじゃないだろうか。
今日の分が終わって、ノートを提出する時間になった。こよみにノートを返そうとする。その前に、こよみは自分のカバンから出したノートを提出していく。
つまり、僕が使っていたノートは2冊め。きっと、僕のために書いてくれたのだろう。
本当に、かなわないな。そんな感情のままに、僕は少しだけ笑ってしまった。
「はると君、どうしたの?」
僕の顔を見て、こよみは首を傾げていた。きっと、こよみにとっては当たり前のことだったんだろう。それが分かってしまって、ものすごく大きな差を感じた気がした。
ひとまず、僕はこよみにお礼を言う。心からの感謝を込めて。
「こよみさん、本当にありがとう。全部、こよみさんが教えてくれたおかげだよ。絶対に、良い点数を取るからね」
「変なの。まだ、一日目が終わっただけなのに。もしかして、全部終わった気分になっちゃった?」
「そうかもね。でも、まだ気は抜かないよ。僕は、全力を尽くしてみせるから」
僕はこよみと目を合わせて、強く宣言する。こよみは、どこか不思議そうな顔をしていた。少しして、ニンマリとした顔をする。
「ふふっ、ご褒美が楽しみだもんね? はると君ってば、そんなに私が好きなんだ?」
「せっかく、こよみさんに教えてもらったんだから。その気持ちは、無駄にはできないよ」
こよみは、そっと微笑んでくれた。
とにかく、僕にできるお礼は良い点数を取ること。それだけを胸に、残りのテストにも挑んでいった。
全教科終えたけれど、かなりの手応えがある。少なくとも、これまでの僕と比べて一番高い点は取れるだろう。後は、こよみが何点を取るか次第だ。
僕は確実に人事を尽くした。ここからは、天命を待つだけ。
少なくとも、僕はこよみの誘惑には勝てたんだ。
キスしたいという欲求よりも、ずっと大事な気持ちを優先できた。それだけは、誇っても良いはず。
晴れやかな気持ちを胸に、終わりのホームルームを迎えたんだ。
最終日が終わって、帰り道。僕たちは、軽く話をしていた。
「これで、テストも終わりだね。ご褒美は、一週間ほど後だね。はると君が勝てれば、だけど」
「そうだね。僕は全力を尽くした。それに、嘘はないよ」
「なら、楽しみにしているね。はると君が、どれだけ良い点数を取れたのか」
そう言って、こよみは花開くように笑った。僕も笑顔で返した。
結果次第で、僕たちの関係は大きく変わるのかもしれない。だけど、僕たちの気持ちは変わらない。それを、強く確信していた。
さあ、後は返却を待つだけだ。泣いても笑っても、僕は結果を受け入れる。そんな決意を、胸に秘めていたんだ。




