7
朝のホームルーム。
担任が出席を取り終えた後、連絡事項を告げ始めた。
「えー、来週の木曜日、3・4時間目に家庭科で調理実習があります」
クラスがざわついた。
「4人1組の班を作るので、次の家庭科の授業までに決めておくように」
俺――猿飛仁は、その言葉を聞き流していた。
(調理実習か……)
どうせぼっちだし、適当に余った人間同士で組むことになるんだろう。
いつものパターンだ。
別に気にならない。
というか、気にしてもしょうがない。
「はい、じゃあ次は――」
担任の声が遠くに聞こえる。
休み時間。
スマホをいじっていると、突然視界が暗くなった。
「ねぇ、調理実習の班決めた?」
顔を上げると、和歌奈が机に手をついて覗き込んでいた。
「うおっ!?」
「ビビりすぎでしょ」
「お前が急に来るからだろ……」
和歌奈は気にせず続ける。
「で、班は?」
「いや、まだ。つーか決めようがないだろ」
「じゃあ私と組む?」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「だから、私と組もうって言ってるの」
「いや、でも……お前、他に友達いるだろ……」
「いるけど?」
「じゃあそっちと組めばいいじゃん……」
「でもこれチャンスじゃん」
「何のチャンスだよ……」
嫌な予感しかしない。
和歌奈はニヤリと笑った。
「決まってるでしょ。女子と自然に会話する練習」
「うっ……」
「調理実習って、作業しながら話すから会話のきっかけ作りやすいの。しかも共同作業だから、自然に距離縮められる」
「お前、どこまで計算してんだよ……」
「褒め言葉として受け取っとく」
「褒めてねぇよ!!」
和歌奈は俺の反応を楽しそうに見てから、続けた。
「で、4人組だから、あと二人必要なんだけど」
「誰か友達誘えばいいじゃん」
「んー、そうだね。田中さんとか誘ってみよっかな」
「たっ、田中さん!?」
思わず声が裏返る。
「そ。ほら、この前『パン買うの?』で微妙な空気になったでしょ?」
「思い出させるな!!」
「だからリベンジのチャンスじゃん」
「いや、でも……向こうから見たら俺、完全に変な奴だぞ……」
「今更でしょ」
「今更って言うな!!」
「だから印象変えるの。今度はちゃんと普通に話す」
「普通にって言われても……」
「大丈夫。私がちゃんとフォローするから」
「それがまた不安なんだが……」
和歌奈は俺の不安など一切気にせず、立ち上がった。
「じゃ、昼休みに田中さんに声かけてみるね」
「ちょ、待て!」
「待たない。決定事項だから」
そう言って、和歌奈は自分の席に戻っていった。
俺は、ただ呆然と見送るしかなかった。
(終わった……完全に終わった……)
昼休み。
和歌奈は、さっそく田中さんに話しかけに行った。
俺は、自分の席から遠目にその様子を見守る。
(頼むから断ってくれ……)
そんな願いも虚しく、二人は楽しそうに話している。
田中さんが、こっちを一瞬見た。
(うわああああ)
目が合った。
いや、合ってない。
俺の存在を確認しただけだ。
でも、その視線だけで胃が痛くなる。
しばらくして、和歌奈が戻ってきた。
「どうだった?」
「多分大丈夫」
「多分って……」
「藤宮さんも誘って4人でやるって。明日返事くれるって」
「マジか……」
「何、嬉しそうな顔して」
「嬉しくねぇよ!絶望してんだよ!」
「大げさ。別に田中さん、いい子だよ?」
「それは……まあ……そうだろうけど……」
「じゃあ問題ないじゃん」
「問題しかねぇよ!!」
和歌奈は、俺の悲鳴を完全に無視して笑った。
「まあ、頑張って」
「他人事かよ!」
放課後。
いつもの帰り道を歩いていると、和歌奈が突然言った。
「ねぇ、調理実習までまだ時間あるし、練習しとく?」
「練習って?」
「共同作業中の会話練習」
「どうやって?また屋上で話すのか?」
「んー……それは前回やったしな。そうだ!週末、どっか行く?」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が理解できなかった。
「だから、一緒にどこか行って、実践練習」
「い、いや、それって……」
「デートじゃないよ?練習」
「で、でも……」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど……」
「じゃあ決定」
「早い!!」
「土曜日、駅前集合ね」
「ちょ、待て!」
「10時に駅前。遅刻したら許さないから」
「え、ちょっと……」
「じゃ、また明日」
和歌奈は、そう言って先に歩いていった。
俺は、その場に立ち尽くす。
(いや、これは練習だから……練習……)
自分に言い聞かせるが、心臓の音は静まらなかった。




