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猿でもわかる彼女の作り方 ~口の悪い美少女が俺を恋愛強者にするらしい~  作者: 磯野 京


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6/9

6

翌日の朝。

 教室に入った瞬間、俺は後悔した。

 前の席に座る田中さんと、目が合ってしまったのだ。


「…………」

「…………」


 一瞬の沈黙。


 田中さんは、明らかに「あ…(購買の人だ)」という顔をして、すっと視線を逸らした。


(うわああああああああああ)


 心の中で絶叫する。

 完全にトラウマ化している。

 昨日の「パン買うの?」事件が、俺と田中さんの間に巨大な壁を作ってしまった。

 いや、壁というより、万里の長城レベル。


「おはよ、購買の変な人」


 爽やかな声が横から聞こえた。

 和歌奈が、満面の笑みで挨拶してくる。


「いやー、昨日は名場面だったね。『パン買うの?』って」

「思い出させるなよ…」

「田中さん、猿飛君のこと完全に変な人認定してたよ?」

「知ってるよ…今さっき直で確認したところ」

「あはは、自業自得だね」

「お前は鬼か!!」


 和歌奈は楽しそうに笑ってから、俺の机に手をついて覗き込んできた。


「で、今日の昼休み。屋上ね」

「……屋上?」

「そ。会話の練習するから」

「マジでやんの……?」

「当たり前でしょ。昨日は実践で失敗したんだから、今日は基礎練習。レベル上げの時間よ。」

「基礎練習って……」

「ロールプレイング。私がクラスの女子役やるから、話しかける練習」

「いや、お前相手だと意味なくね?もう慣れてきてるし……」

「ふーん?」


 和歌奈は、ニヤリと笑う。


「じゃあ試してみよっか。今から私のこと『知らない人』だと思って話しかけてみて」

「は?」

「ほら、早く」

「無茶言うな!」

「できないってことは、まだ慣れてないってことでしょ?はい論破」

「ぐ……」


 言い返せない。

 和歌奈は満足そうに頷いて、自分の席に戻っていった。


「じゃ、昼休みね。逃げないでよ?」

「…………はい」

 

 そして、昼休み。

 チャイムが鳴ると同時に、和歌奈が俺の席までやってきた。


「行くよ」

「あ、ああ……」


 俺は立ち上がり、和歌奈の後を追う。

 教室を出て、階段を上る。


(屋上か……)


 普段、屋上なんて来ない。

 というか、屋上に行く理由がない。

 ドアを開けると、春の風が吹き抜けた。

 屋上には、数人の生徒がいた。

 昼寝している先輩が一人、スマホをいじっている生徒が二人。

 それだけだ。


「ここなら人目も少ないし、練習にぴったりでしょ?」

「まあ……そうだな」

「じゃ、あっちの方行こう」


 和歌奈は、フェンスの近くへと歩いていく。

 俺もその後を追った。

 

「さて」


 和歌奈は振り返り、俺を見つめる。


「じゃあ早速、練習開始ね」

「練習って……何すんだよ」

「だから、会話の練習。私がクラスの女子役やるから、話しかけてみて」

「いや、だからお前相手だと……」

「言い訳しない。ほら、早く」


 和歌奈は、急に表情を変えた。

 いつもの意地悪そうな笑みが消え、他人行儀な、よそよそしい雰囲気になる。


「あら、どちら様ですか?」

「うおっ!?」


 口調も、態度も、まるで別人だ。


「私、あなたのこと知らないんですけど?」

「ちょ、待て……急に雰囲気変わりすぎだろ……」

「ほら、話しかけてみて? 私、誰かわからないから」

「え、えっと……」

「はい、ダメ」

「まだ何も言ってねぇ!!」

「『えっと』が出た時点でダメ。やり直し」

「厳しいな!!」


 和歌奈は、容赦なくダメ出しをしてくる。

 俺は深呼吸をして、もう一度口を開いた。


「あの……」

「はい、ダメ。『あの』もダメ」

「じゃあどうすりゃいいんだよ!!」

「普通に話しかければいいの。『おはよう』とか『こんにちは』とか」

「そんな急に言えるか!!」

「言えないから練習してるんでしょ?」


 正論すぎて何も言い返せない。

 俺はもう一度、深呼吸をする。


「……こんにちは」

「はい、50点」

「厳しい!!」

「だって声が小さいし、目が泳いでたもん」

「そりゃ緊張するだろ……」

「緊張してたら相手も緊張するよ? もっとリラックスして」

「無理言うな……」


 何度やっても、和歌奈のダメ出しは続く。

 目線が泳いでる。

 声が小さい。

 表情が死んでる。

 話題がつまらない。


「もう無理……俺、向いてないんだって……」


 俺は、フェンスにもたれて座り込んだ。


「はいはい、休憩」


 和歌奈も隣に座る。

 

 しばらく、二人で空を見上げていた。

 雲が流れていく。

 風が心地いい。


「ねぇ、猿飛君って昔から友達いなかったの?」


 和歌奈が、ふいに聞いてきた。


「……まあ、中学くらいから」

「なんで?」

「なんでって……話すの苦手だし、面倒くさいし」

「面倒くさい?」

「人間関係って、気を遣うじゃん。嫌われないようにとか、空気読むとか…。苦手なんだよな」

「ああ、それが面倒だったんだ」

「うん……だから、いっそ最初から関わらない方が楽だって思った」


 和歌奈は、少し考えるような顔をしてから言った。


「でも、それって寂しくない?」

「……別に。一人でも平気だし」

「嘘つき」

「え?」

「だって、『彼女欲しい』って言ってたじゃん」

「う……」

「一人が平気なら、彼女なんて欲しがらないでしょ?」

「それは……まあ……」


 否定できない。

 和歌奈は、パンの袋を開きながら続けた。


「私も昔、友達少なかったよ」

「……は? 嘘だろ?」

「本当。小学生の頃とか、完全にぼっちだった」

「お前が?」

「うん。なんか、周りと話が合わなくてさ」


 和歌奈は、少し懐かしそうに笑う。


「みんなが盛り上がってる話題に興味持てなかったり、逆に私が好きなことは誰も興味なかったり」

「それで……どうしたんだ?」

「中学で変わろうと思った。このままじゃつまんないなって。だから、自分から話しかけるようにした」

「…………」

「別にすぐうまくいったわけじゃないよ?最初は失敗ばっかだった。空回りしたり、引かれたり」

「でも、今は……」

「うん。続けてたら慣れた。人と話すのも、そんなに怖くなくなった」


 和歌奈は、俺の方を向いて言った。


「だから、猿飛君も大丈夫だよ」

「……俺には無理だ」

「だから練習してんでしょ?」

「でも……」

「でも禁止」


 和歌奈は立ち上がり、俺の前に立った。


「よし、もう一回やろう」

「マジか……」

「今度は、普通に私に話しかけて。あなたのクラスメイトの和歌奈として」

「普通にって……」

「うん。友達みたいに、気楽に」

「友達……」


 その言葉に、少しだけ引っかかるものがあった。


(友達……か)


 俺と和歌奈は、友達なのか?

 よくわからない。

 でも、確かなことが一つだけある。

 和歌奈と話すのは、他の誰と話すよりも楽だ。


「……なぁ、和歌奈」

「ん?」

「お前、なんで俺なんかと……」


 言いかけて、やめた。

 なんて聞けばいいのかわからない。


「何?」

「…いや、何でもない」

「気になるじゃん。言ってよ」

「……お前と話してると、なんか……楽なんだよな」

「…へぇ?」

「他の奴らとは、何話していいかわかんないけど、お前は……なんか、変に気を遣わなくていいっていうか」


 和歌奈は、少し驚いたような顔をしてから、ニコッと笑った。


「それ、会話できてるってことじゃん」

「え?」

「今の、完全に普通の会話だったよ?目も見て、ちゃんと自分の気持ち言えてた」

「あ……」


 言われて、気づいた。

 確かに、今の俺は和歌奈の目を見て話していた。

 言葉に詰まることもなく、自然に話せていた。


「ほら、できるじゃん」

「でも、これお前だから……」

「最初はそれでいいの」


 和歌奈は、優しい声で続けた。


「私と話せるようになったら、次は他の子とも話せるようになる。一歩ずつでいいんだよ」

「……そんなもんかな」

「そんなもんよ」


 昼休み終了のチャイムが鳴る。


「じゃ、戻ろっか」


 和歌奈が立ち上がりかけたとき、振り返った。


「あ、そうだ」

「ん?」

「猿飛君と話すの、私も楽しいよ」

「え……」

「じゃ、行こ」


 サラッと言って、和歌奈は先に歩き出す。

 俺は、その背中を見つめながら立ち上がった。


(楽しい……か)


 和歌奈も、俺と話すのが楽しい。

 そう言ってくれた。

 なぜか、胸が温かくなった。

 





 教室に戻ると、午後の授業が始まった。

 でも、全然集中できない。

 さっきの和歌奈の言葉が、頭の中でリピートされる。

『猿飛君と話すの、私も楽しいよ』


(……なんで、あんなこと言うんだよ)


 窓の外を見る。

 視界の端に、和歌奈の横顔が映る。

 真面目に授業を受けている様子。


(あいつ、本当に何考えてんだ……)


 でも、不思議と嫌な気はしなかった。


(また、明日も……)


 そう思ってる自分に気づいて、少し驚いた。

 いつの間にか、学校に来ることが苦痛じゃなくなっている。

 和歌奈と話すのが、楽しみになっている。


(……変だな)


 前は、ゲームだけが楽しみだった。

 学校なんて、ただ時間を潰す場所でしかなかった。


 でも今は――


 放課後、和歌奈がまた俺の席までやってきた。


「今日はここまで。お疲れ様」

「お、おう……」

「明日も練習するから。覚悟しといてね?」

「また屋上?」

「うーん、どうしようかな。飽きないように、場所変えるかも」

「お前、本当に容赦ないな……」


 和歌奈は、いつもの意地悪な笑みを浮かべる。


「じゃ、また明日」

「……ああ」


 和歌奈が帰っていく。

 黒髪が揺れる。

 その後ろ姿を、俺はずっと見つめていた。

 

 家に帰って、今日の出来事を思い返す。

 屋上での練習。

 和歌奈の過去。

 「楽しい」と言ってくれたこと。


(……俺、変わってきてるのかな)


 鏡を見る。

 そこに映っているのは、相変わらず冴えない男子高校生。


 でも、少しだけ――


 ほんの少しだけ、表情が柔らかくなっている気がした。


「…………」


 小さく笑った。

 自分でも驚くくらい、自然な笑顔だった。

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