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猿でもわかる彼女の作り方 ~口の悪い美少女が俺を恋愛強者にするらしい~  作者: 磯野 京


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4

「今日は実践編ね」


 放課後、いつものように和歌奈が俺の席までやってくると、開口一番そう言った。


「……実践?」

「そ。座学ばっかりやってても意味ないでしょ?」

「いや、座学すらまともにやってないんだが……」

「細かいことは気にしない。ほら、行くよ」


 有無を言わさず立ち上がらされ、俺はまた和歌奈に連れられて学校を出た。

 もはや日課になりつつあるこの流れ。

 クラスメイトの視線も、最初ほど気にならなくなってきた。


 ――いや、嘘だ。めちゃくちゃ気になる。


「で、どこ行くんだよ?」

「ん? どこだと思う?」

「知らねえよ……」

「じゃあ着いてからのお楽しみ。サプライズは嫌い?」


 和歌奈はそう言って、スタスタと歩いていく。

 黒髪が春の風に揺れて、後ろ姿だけでも絵になる。

 俺はその後ろを、少し離れた位置から追いかける。並んで歩くのは、まだ少し恥ずかしい。

 学校から徒歩十分ほど。

 和歌奈が立ち止まったのは、駅前のファミレスだった。


「……ここ?」

「そう。入るよ」

「ちょ、待て。なんでファミレス……」

「実践演習に決まってるでしょ」


 そう言って、和歌奈は自動ドアをくぐっていく。

 俺は一瞬躊躇したが、ここで逃げたら一生後悔する気がして、慌てて後を追った。


 店内は、夕方の中途半端な時間帯でそこまで混んでいなかった。

 店員に案内されたのは、窓際の四人席。


「二人なのに四人席?」

「向かい合って座るためでしょ。ほら座って」


 和歌奈は当然のように俺の対面に座る。

 テーブルを挟んで、正面に美少女。


(……これ、どう見てもデートじゃん)


 心臓がうるさい。

 いや、うるさすぎる。

 こんなシチュエーション、ゲームの中でしか見たことない。


「猿飛君、顔赤いよ?」

「う、うるせぇ……」

「緊張しすぎでしょ。ただのファミレスだよ?」

「お前と二人で向かい合ってる時点で普通じゃねえんだよ……」


 和歌奈はメニューを開きながら、楽しそうに笑っている。


「さて。これから『デートの予行演習』をします」

「デ、デート!?」

「そ。アンタが将来、誰かとデートするときのための練習」

「い、いや、まだそんな段階じゃ……」

「関係ないよ。どうせ最初は失敗するんだから、今のうちに慣れておかないと」


 そう言って、和歌奈は俺をじっと見つめる。


「まず、メニュー見ながら会話してみて」

「は?」

「デートって、ご飯食べながら話すでしょ? だから練習」

「いや、それは……」

「ほら、私が何頼むか聞いてみて」

「えっと……」


 メニューを見る。

 文字が頭に入ってこない。

 というか、和歌奈の視線が痛い。


「……何、頼むの?」

「はい、0点」

「早ッ!?」

「棒読みすぎ。感情ゼロ。ロボットの方がまだマシ」

「ひでぇ……」


 和歌奈は呆れたようにため息をつく。


「いい? 会話ってのは、相手に興味を持つことから始まるの。『何頼むの?』じゃなくて、『何か決まった?』とか『おすすめある?』とか、もっと自然に聞くの」

「そ、そんなこと言われても……」

「はい、もう一回」

「マジで!?」

「当たり前でしょ。できるまで何回でもやるよ」


 俺は深呼吸をして、もう一度メニューを見た。

 和歌奈の顔を見る。

 黒い瞳が、じっとこっちを見ている。


「……何か、決まった?」

「うん、まあまあ。50点」

「厳しい!」

「だって声が震えてたし、目が泳いでたもん」

「そりゃ緊張するだろ……」

「デートで緊張してたら相手も緊張するよ? もっとリラックスして」

「無理言うな……」


 和歌奈はクスクス笑いながら、メニューを指さした。


「じゃ、私はこのハンバーグセットにする。猿飛君は?」

「えっと……じゃあ、俺もそれで……」

「はい、ダメ」

「なんで!?」

「相手に合わせすぎ。自分の意思がない」

「いや、別に本当にハンバーグでいいんだけど……」

「じゃあ最初から『俺もハンバーグがいいな』って言えばいいでしょ? 『じゃあ俺も』って、完全に受け身じゃん」

「う……」


 また痛いところを突いてくる。


「恋愛って、ある程度は自己主張も必要なの。相手に合わせるだけじゃ、ただの都合のいい人で終わるよ?」

「……わかった」


 俺はもう一度メニューを見て、今度ははっきりと言った。


「俺、ハンバーグがいい」

「うん、合格」


 和歌奈は満足そうに頷いて、店員を呼んだ。

 注文を終えると、和歌奈はテーブルに肘をついて、俺を見つめてきた。


「じゃ、次は雑談の練習ね」

「雑談……」

「そ。デート中の会話って、大体が雑談でしょ?だから、何でもいいから話してみて」

「何でもいいって言われても……」

「ほら、趣味とか、好きなこととか」

「趣味……ゲームくらいしかないんだが……」

「じゃあゲームの話でいいよ。私も少しは知ってるし」

「マジで?」

「うん。まあ、そこまで詳しくはないけど」


 意外だった。

 和歌奈がゲームをやるなんて、想像もしていなかった。


「何やってんの?」

「んー、スマホのやつ。パズルとか、RPGとかあ、あとたまに友達と協力プレイするやつ」

「へぇ……」

「猿飛君は?」

「俺は……まあ、いろいろ。最近はMMORPGかFPSばっかりやってる」

「ああ、オンラインのやつね。フレンドとかいるの?」

「一応……何人か」


 ゲームの中だけの関係だけど、それでもフレンドはいる。

 リアルよりよっぽど気楽に話せる相手たち。


「ふーん。じゃあゲームの中では社交的なんだ?」

「いや、そういうわけじゃ……」

「でも、少なくともリアルよりはマシでしょ?」

「……否定できない」


 和歌奈は少し考えるような顔をしてから、言った。


「ねぇ、猿飛君。ゲームの中で話すのと、リアルで話すのって、何が違うと思う?」

「え……」

「どっちも『人と話す』ってことには変わりないのに、猿飛君はゲームの中だと普通に話せるんでしょ?」

「それは……顔が見えないからかな……」

「正解」


 和歌奈はパチンと指を鳴らした。


「要するに、アンタは『相手の反応が怖い』から話せないんだよ。顔が見えなければ、相手がどう思ってるかわからないから気楽に話せる。でも、リアルだと表情が見えちゃうから怖くなる」

「……その通りだ」

「でもね」


 和歌奈は少し優しい声で続けた。


「相手の顔が見えるからこそ、伝わることもあるんだよ。表情とか、声のトーンとか、距離感とか。それって、ゲームの中じゃ絶対に味わえないものでしょ?」

「まあ……そうだけど……」

「だから、怖がらないで。最初は失敗してもいいから、ちゃんと相手の顔を見て話す。それだけで、印象は全然変わるから」


 その言葉に、少しだけ勇気が湧いた。

 和歌奈は本気で、俺を変えようとしてくれている。

 からかってはいるけど、決して見捨てたりはしない。


(……なんでだろうな)


 そう思った瞬間、店の入口が開く音がした。


「あ、井上さんだ!」


 その声に、俺の心臓が止まった。

 振り返ると、そこにいたのはクラスメイトの女子グループ。

 三人組で、いつも一緒にいる子たちだ。


「え、猿飛君も一緒なの?」

「うそ、マジで?」


 三人の視線が、一斉に俺に突き刺さる。


(やばい、やばいやばいやばい)


 全身が固まる。

 呼吸が浅くなる。

 手が震える。

 こういうとき、どうすればいいんだ?

 挨拶? でも何て言えば?

 というか、なんで俺がここにいることがこんなに驚かれるんだ?


「あ、どうも〜」


 和歌奈が軽く手を振る。


「ちょっと用事があってね。猿飛君と」

「用事?」

「うん。まあ、ちょっとしたお願い事」


 和歌奈は嘘をつくのが上手い。

 いや、嘘というか、本当のことを言わずに誤魔化すのが上手い。


「へぇ〜……」


 女子たちは、興味津々といった顔で俺たちを見ている。

 特に一人が、ニヤニヤしながらこっちを見てくる。


「井上さんと猿飛君って、意外な組み合わせだね」

「そう? 別に普通じゃない?」

「いや、普通じゃないでしょ。だって猿飛君、いつも一人で……」

「あー、うん。まあ、そうだね」


 和歌奈はさらりと受け流す。

 女子たちはしばらく俺たちを見ていたが、やがて別の席へと案内されていった。

 店内に、また静寂が戻る。

 俺は、ずっと下を向いていた。


「……猿飛君」

「…………」

「顔上げて」

「…………」

「ほら」


 和歌奈の声が、少しだけ優しい。

 俺はゆっくりと顔を上げた。


「明日から……噂になるな……」

「そうかもね」

「最悪だ……」

「なんで?」

「なんでって……だって……」


 俺は言葉に詰まる。

 和歌奈は少し呆れたような顔をして、でも笑っていた。


「アンタ、どうせ友達いないんだし、別に噂になったっていいでしょ?」

「傷口に塩塗るな!」

「でもさ」


 和歌奈はテーブルに身を乗り出す。


「むしろチャンスだよ?」

「……チャンス?」

「だって、『井上和歌奈と一緒にいた』って話題になれば、少なくとも存在は認識されるでしょ?」

「それ、良い注目じゃないだろ……」

「注目されないよりマシだよ。恋愛って、まず『存在を知ってもらう』ことから始まるんだから」

「そんなもんか……?」

「そんなもん」


 和歌奈は自信満々に言い切る。

 そのとき、店員が料理を運んできた。


「お待たせしましたー」


 ハンバーグセットが二つ、テーブルに並ぶ。

 湯気が立ち上り、ソースのいい匂いがする。


「じゃ、食べよっか」

「……ああ」


 少し気持ちが落ち着いてきた。

 フォークを手に取り、ハンバーグを切る。

 和歌奈も同じように、料理を口に運ぶ。

 しばらく無言で食べていると、和歌奈がふと言った。


「ねぇ、猿飛君」

「ん?」

「なんで私なんかに付き合ってるの?」

「……は?」


 意味がわからなかった。

 それ、俺が聞きたいセリフなんだが。


「だって、アンタにとって私って、『からかってくる面倒な人間』でしかないでしょ?」

「まあ……否定はしないけど……」

「なのに、毎日ちゃんと付き合ってくれるじゃん。普通、嫌になって逃げると思うんだけど」

「それは……」


 俺は少し考えてから、口を開いた。


「……お前が、本気で俺を変えようとしてくれてるから」

「え?」

「からかってはいるけど、嘘はつかないし。ちゃんと向き合ってくれてる気がするから」


 和歌奈は少し驚いたような顔をして、それからふっと笑った。


「……そっか」

「なんだよ」

「ううん。アンタ、意外と素直なんだなって」

「素直……か?」

「うん。少なくとも、嘘はつかないタイプだよね」


 そう言って、和歌奈は少しだけ優しい表情を見せた。

 いつもの毒舌とは違う、柔らかい雰囲気。


「じゃあ逆に聞くけど」


 俺も、ずっと気になっていたことを口にした。


「なんで俺なんかに付き合ってんの? 暇つぶしにしても、効率悪いだろ」

「んー……」


 和歌奈は少し考えるような顔をしてから、ニヤッと笑った。


「理由は、教えない」

「なんでだよ!」

「だって、言ったらつまんないじゃん」

「意味わかんねぇ……」

「でもね」


 和歌奈は真面目な顔になって、続けた。


「アンタみたいに素直なやつ、意外と珍しいんだよ」

「……素直?」

「うん。変にかっこつけないし、嘘もつかない。バカ正直っていうか、裏表がないっていうか」

「……それ、褒めてんの?」

「半分は」


 和歌奈はフォークを置いて、俺を見つめる。


「もう半分は、そういうとこが面白いって思ってる」

「面白いって……」

「だって、アンタ見てると飽きないもん。リアクション全部わかりやすいし、からかい甲斐があるし」

「やっぱオモチャじゃねぇか!」

「オモチャだよ? でも、大事にしてるオモチャ」


 その言葉に、少しだけ胸が温かくなった。

 からかわれてるのに、なぜか嬉しい。

 美少女ってのはこれだからずるいのだ。

言ってることは最悪だが、何を言っても様になる。


 料理を食べ終え、会計を済ませる。


「ごちそうさま」

「あ、俺が払うよ」

「いいよ、今日は私が出す」

「え、でも……」

「面白いもの見れたお礼。気にしないで」


 和歌奈はそう言って、さっさとレジへ向かった。

 店を出ると、もう外は暗くなり始めていた。

 街灯が灯り、夕暮れの空がオレンジ色に染まっている。


「さて」


 和歌奈が振り返る。


「今日の実践演習は、これで終わり――と言いたいところだけど」

「……まだ何かあんのかよ」

「当たり前でしょ。ここからが本番だよ」


 嫌な予感がする。

 和歌奈は、いつもの意地悪な笑みを浮かべて言った。


「明日、クラスの女子に自分から話しかけてみて」

「…………は?」

「だから、明日。自分から、誰でもいいからクラスの女子に話しかける」

「む、無理無理無理! 絶対無理!」

「挨拶でもいいし、何でもいい。とにかく『自分から声をかける』こと」

「い、いや、それは……ハードル高すぎるだろ……!」

「高くないよ。普通のこと」

「普通じゃねえよ俺には!」

「アンタ、私との練習だけで満足するつもり?」

「そ、それは……」

「他の女子とも話せなきゃ、意味ないでしょ?」


 正論だ。

 でも、それができたら苦労しない。


「で、でも……」

「じゃあ、できなかったらこの練習打ち切りね」

「えっ……」


 その言葉に、心臓が跳ねた。


「打ち切りって……」

「そのまんまの意味。アンタが本気で変わる気がないなら、私も付き合う意味ないし」

「ま、待てよ……それは……」

「待たない」


 和歌奈はきっぱりと言い切る。


「私、本気で頑張る気がない人間に、時間使いたくないの」

「…………」


 俺は、言葉が出なかった。

 和歌奈は、本気だ。

 冗談じゃない。


(この練習が……終わる?)


 それは、つまり。

 毎日、和歌奈と話すことも。

 一緒に帰ることも。

 からかわれることも。

 全部、なくなるってことだ。


(……嫌だ)


 その感情が、はっきりと胸の中にあった。

 いつの間にか、俺はこの時間を失いたくないと思っていた。


「……わかった」

「ん?」

「やる。明日、誰かに話しかける」

「本当に?」

「……ああ」


 和歌奈は少し驚いたような顔をして、それからニコッと笑った。


「へぇ。意外とやる気あるじゃん」

「お前が脅すからだろ……」

「脅してないよ。事実を言っただけ」

「同じだよ……」


 和歌奈はクスクス笑いながら、俺の肩を軽く叩いた。


「まあ、頑張って。応援してるから」

「応援って……見てんのかよ……」

「当たり前でしょ。ちゃんとやったか確認しないと」

「うわ、プレッシャー……」

「大丈夫だって。アンタならできるよ」


 その言葉だけは、不思議と優しかった。


「じゃ、また明日ね」


 和歌奈は手を振って、先に帰っていく。

 黒髪が夕暮れの光に溶けて、少しずつ遠ざかっていく。

 俺は、その背中をずっと見つめていた。


(明日……か)


 クラスの女子に、自分から話しかける。想像しただけで、胃が痛くなる。でも、やらなきゃいけない。

 和歌奈との時間を失いたくないから。


 ――いや、違う。


 本当は、もっと別の理由がある気がする。

でも、それが何なのか。

 今の俺には、まだわからなかった。

 ただ一つだけ、確かなことがある。俺の日々は、もう”惰性”じゃない。

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