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翌日の放課後。
和歌奈は昨日と同じように、当たり前の顔で俺の席まで来た。
「今日も練習するよ。ほら行く」
「お、おう……」
こうして連日美少女に引っ張り回される男子高校生の気持ちを、俺はまだ正しく処理できていない。
そもそもこれは“恋愛練習”という名の晒し上げだ。
なのに、昨日より少しだけ嬉しい――なんて、そんな甘い感情が胸のどこかで生まれていた。
(……俺、どうしたんだろ)
「ほら、ボーッとしないの。置いてくよ?」
「あ、待てって!」
軽く笑いながら歩く和歌奈の後ろを追いながら、俺は昨日と同じ帰り道に出る。
春の風が少し暖かくて、なんか、気恥ずかしい。
「さて。今日も質問タイムいくよ」
「昨日もしたじゃん……」
「恋愛練習ってそういうもんでしょ。ていうかアンタの場合、基礎から叩き込まないと何もできないでしょ?」
「……否定できないのが悔しい」
和歌奈は俺の横で、腕を組みながら歩く。
「じゃ、昨日の続き。猿飛君ってどんな子が好みなの?」
「うっ……またそれ……」
「昨日は“黒髪で落ち着いてて優しい子”って言ってたよね。でもさ、あれって絶対テンプレでしょ」
「う……まあ……」
「アンタ、見た目にこだわるタイプじゃなさそうだし。じゃ、本当に大事なのって何?」
「そ、それは……」
(言うのは恥ずかしい。でも、嘘はつきたくない。俺みたいな陰キャが、女子に夢見てることなんてただ一つ……)
「……自分のことを……好きになってくれる人……」
ぽつりと言った瞬間、和歌奈の足が止まった。
「…………は?」
「俺なんかに興味持ってくれる人じゃないと無理だし…そもそもこっちから好きになるとか、怖いし……」
「あーーーーー……なるほどね、うんうん」
和歌奈はこめかみを指で押さえ、なんか深い溜息をついた。
「出た。“陰キャ男子の量産型願望”」
「りょ、量産型!?」
「そう。“自分を好きになってくれた子を好きになる”ってやつ。恋愛偏差値が低い男子の八割が言うやつ。アンタ、まさにド真ん中」
「悪口のオンパレードやめて!?」
俺は耳が熱くなるのを感じた。
否定できないから余計に痛い。
「てか、それってさ……」
和歌奈は俺の目の前に指を突きつける。
「『自分から好きになる勇気がないから、好きになってもらえるという安全地帯に逃げてるだけ』だよね?」
「うっ……ぐ……」
「“傷つきたくない”って気持ちはわかるけどさ。それって恋愛じゃなくて、“保険”でしょ?」
「……ぐぅの音も出ない……」
本当に痛いところを刺してくる。
俺は完全に言葉を失っているのに、和歌奈は容赦なく続けた。
「アンタの場合、それに拍車かけて卑屈じゃん?」
「ぐはっ……!」
「自信ないくせに、プライドだけは妙にあるし。
自分から動けないのに、相手に全部求めるって……」
「もうやめてくれ……致命傷だ……」
「まだ続くよ?」
「続くんかいッ!」
和歌奈は楽しそうに笑ったあと、急にまじめな声になった。
「でもさ。本当に誰かと付き合いたいなら、“好きになってもらう”だけを望むのは違うよ」
俺は少しだけ顔を上げた。
「……じゃあ、どうすればいいんだよ」
「簡単。アンタが『誰かを好きになれる自分』になればいいの。そしたら、相手から好かれる確率も上がるよ?」
「そんな簡単に言うけど……」
「だから練習してんでしょ?ほらまず、逃げずにちゃんと顔見て話すところから」
そう言って、和歌奈はぐっと顔を近づけてきた。
「ほら、見て。私でもクラスの女子でも同じ。話すときはちゃんと目を見る」
「ち、近い……!」
「このくらい普通でしょ?」
「普通じゃねえよ俺には!!」
顔が熱い。
マジで熱い。
こんな距離で美少女に見つめられたら、そりゃ誰だって固まる。
和歌奈は俺の反応を見て、満足げに笑った。
「はい、今日も満点のリアクションありがとう」
「俺、完全にオモチャじゃん……」
「もちろん。でも、オモチャにしてるだけじゃないんだよ?」
その声だけ、少しだけ優しかった。
「アンタみたいなタイプ、変わり始めたら絶対面白いし――本当に誰かを好きになったら、一気に表情変わりそうだしね」
「……そんなこと言われても……」
「いいの。ゆっくりで。そのための練習なんだから」
夕陽の中、黒髪が揺れる。
自分のことを好きになってくれる人がいい――
そう口にした俺に対して、
和歌奈は、毒を吐きながらも決して否定はしなかった。
むしろ――
「ま、アンタを好きになる変わり者なんてそうそういないと思うけどね」
「最後に毒がデカい!!」
「でも、ゼロじゃないよ?」
「…………」
その言葉だけは、不思議と胸に残った。




