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猿でもわかる彼女の作り方 ~口の悪い美少女が俺を恋愛強者にするらしい~  作者: 磯野 京


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1

高校二年の春。

 クラス替えというイベントがあったところで、俺――猿飛仁の人生は別に何も変わらない。


 淡々と始まり、淡々と終わる一日。

 学校へ来て、授業を受けて、休み時間はスマホでゲームのイベント周回。

 昼休みは購買のパンを買って、教室の隅で一人で食べる。

 放課後は寄り道せずまっすぐ帰って、またゲーム。

 誰とも関わらず、誰にも関わられない。

 そんな日々を“惰性”と言わずして、何と言うのか。


 別に寂しいわけじゃない、と自分では思っている。

 友達がいれば楽しいのかもしれないが、別に無理して作る必要もない。

 恋愛? 漫画やドラマのキャラは勝手に恋して勝手にくっつくが、現実の自分には関係ない。

 そう思っていた。


 ――このときまでは。


 


 昼休み。

 クラスメイトたちがわっといなくなるタイミングがある。

 昼飯を買いに行ったり、友達のクラスに行ったり、部活のミーティングがあったり。

 その間、俺の周りだけ静かな小島みたいになっているのが毎日のお決まりだ。

 パンの袋を開きながら、スマホをいじる。

 今日のゲームイベントは新キャラピックアップ。石が溜まってるし引こうかなと考えて、やっぱりやめる。

 そうやって画面を見つめていると、ふいに反射する自分の顔が視界に入る。


 無表情。

 髪は寝癖こそないが整えてもいない。

 目つきは悪いというより疲れてるみたいだ。


(……高校二年でこれって、どうなんだ?)


 そんな問いが、自分の中に落ちた。


(いや、別にいいだろ。ゲームがあれば十分だし……)


 でも、スマホ画面に映っていたのは、有名配信者カップルの動画。

 楽しそうに同じゲームで盛り上がる二人。

 他人事なのに、どうしようもなくまぶしく見えた。


(……彼女とか……普通に、欲しいよな……)


 それは本当に独り言のつもりだった。

 誰もいないと思っていたし、聞かれて困る相手なんて――


 いないはずだったのに。


「へぇ? 猿飛君って、彼女欲しかったんだ?」


 その声が聞こえた瞬間、心臓が止まるのかと思った。


「……え?」


 ゆっくり振り返ると、そこにいたのは黒髪を揺らした少女。


 井上和歌奈。


 学校で名前を知らない人間はたぶんいない。

 目元が涼しげで、黒縁でも茶髪でもなく、真っ黒の髪が彼女の美貌を引き立てている。

 成績優秀、運動神経もそこそこ、そして男子人気は言わずもがな。


 ただ――


「あんた、恋愛とか馬鹿にしてるタイプだと思ってたんだけど?」


 口が悪い。

 というか、ストレートにえぐってくるタイプ。


「な、なんで……」

「なんでって。教室に入ったら猿飛君の声が聞こえただけ。てか、独り言のボリューム感どうなってんの?」

「ち、違……っ!」

「否定しないってことは、本当に欲しいんだ?」

「いや……まあ……その……」


 言うか? これを言わなきゃいけないのか?

 いや、違う、これは言うべきじゃ――


「ちゃんと言って?」


 和歌奈は机に手をつき、俺の顔を覗き込む。


 距離が近い。

 いや近すぎる。

 ゲームのイベントボスより圧がある。


「……ほしい……です……」

「よく言えました」


 まるで犬のしつけだ。


「つーか、照れすぎじゃない? 顔真っ赤なんだけど?」

「う、うるせぇ……」

「ふふ。やっぱり可愛い、って言ったら怒る?」

「怒る」

「じゃ、キモ可愛いにしとく」

「なお悪い!」


 この人、マジでなんなんだ。


 和歌奈はひとしきり笑ったあと、俺の机の前にすっと立った。

 さっきまでの軽い雰囲気とは違って、妙に真面目な空気になる。


「ねぇ猿飛君。本気で彼女欲しいなら、私が手伝ってあげようか?」

「……え?」

「暇なのと……まあ、興味もあるし」


こいつまさか俺のこと…


「興味って……何のだよ」

「卑屈で斜に構えてる陰キャ男子が、恋愛したらどう変わるのか」

「やっぱ悪意あるだろ!」


こいつやっぱ嫌いだ!!


「褒めてるよ? あんたみたいなタイプ、見てる分には面白いし」

「見世物かよ……」


 だけど彼女の目は、意外にもまっすぐだった。

 からかってはいるけど、本気で俺をサポートしようとしているようにも見える。


 なぜ、学校の絶対的美少女が、こんな俺に?


 理由はわからない。

 でも、この機会を逃したら一生後悔する気もした。

 迷っている俺を見て、和歌奈はニヤッと笑う。


「まず最初の練習ね。私のこと、名前で呼びなさい」

「は、はあ……」

「井上さんって、なんか堅苦しいっていうか……重いんだよね。クラスメイトなんだし、もっとラフに呼んでくれていいんじゃない?」

「いや、でも……」


 俺は口ごもる。

 名前で呼ぶ? いきなり?

 いや無理だろ。俺、クラスの女子を名前で呼んだことなんて一度もないぞ。


「それに……正直、私、自分の苗字があんまり好きじゃないの。だから、呼ばれるのもなんか居心地悪くて」

「え……そうなのか」


 意外だった。

 井上って別に変な苗字でもないのに。


「うん。だからさ、和歌奈って呼んでくれたほうが嬉しいかな」

「ちょ、ちょっと待て……」

「どうしたの?」

「俺……苗字呼びが普通すぎて、名前で呼ぶとか……無理だって……」

「え、なに? 呼べないの? 美少女の名前呼ぶと爆発する呪いでもかかってる感じ?」

「ねぇよ!!」

「じゃ、呼んで」

「い、井……」


 言いかけて止まる。


「あら、爆発しそう?」

「しねぇよ!!」


 くそ、追い詰められた。


「……わ、和歌奈……」


 顔が燃えるように熱い。

 和歌奈は満足げに頷いた。


「うん、それでいいよ。そっちのが落ち着く」

「……お前、変わってるな」

「よく言われる」


 そう言って彼女はクスクス笑った。

 その笑顔は、いたずらっぽくて、でもどこか嬉しそうで。


「じゃあ次――女の子と普通に話す練習ね。放課後、ちょっと付き合ってもらうよ?」

「えっ……いや、まだ心の準備が」

「関係ないって。恋愛って、タイミングとか勢いが命だから」

「いやそれ漫画理論……」

「ほら逃げないの。行くよ?」


 そう言って、和歌奈は踵を返す。

 黒髪がふわっと揺れて、ほのかにシャンプーの匂いがした。


 美少女の残り香に混じる、妙な現実感。


(……俺、本当にどうなるんだ?)


 自分でもわからない。

 でも、この日の出来事は間違いなく――


 俺の“惰性の日々”をぶち壊す最初の一歩だった。

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