異世界転移先は、蛮族の巣窟でした~帝連邦によるヤーマタイラント征伐記より~
「そりゃ、皇帝の勅命となりゃ従うほかに術はねぇがよ」
だからって、転移先がこんなっ糞みたいな場所とは思いもしなかった。蒸し暑いし、なんだか糞尿臭い。背の高い建造物もなく、目に入る建物の多くが木造。絵に描いたような未開の地である。
ここは、ヤーマタイラント。未だ帝連邦の威光が届かぬ、未開放地域である。
俺の国、オラカニア帝連邦は魔導転移装置・方舟によって並行異世界に転移し、その地を魔導開花(と言う名の、植民地化)することで、繁栄を享受している。これまでオアラカニには、二百弱の未開放地域を魔導開花によって連邦に組み込んできた。その尖兵となっているのが、冒険者と呼ばれる、良く言えば勇者、悪く言えば破落戸どもである。
そして、俺もその冒険者。一応は魔導剣士、というクラスを名乗っている。他にはクランという二十歳そこそこの女僧侶と、ラーダという四十手前の歴戦のおっさん戦士。この三人にでパーティーを組んでいるが、長年連れ添った仲間というわけではない。役人どもが勝手に集めた、寄せ集めの即席パーティーである。
口を利くのも初めてであるが、連携という部分では心配してはいない。俺は五年で十に及ぶ未開放地域を切り従えた、エリート中のエリート魔導剣士なのだ。
「しっかし、蒸すな」
青々とした畠が広がる農道を歩きつつ、俺は独り言ちた。無口なラーダは何も言わず、クランは一瞥をくれて「そうですね」と答えた。
「だろ? 早く宿に入って、シャワーにでも浴びたいぜ」
「シャワーはどうでしょうね。そこまで発展はしていないでしょう」
「やっぱり?」
魔導は文明の発展に大きく影響している。そして、このヤーマタイラントでは、魔導術は確認されていない。魔導術が存在しないことは、原始的な生活をしていることを意味している。
「にしても、暑いなぁ。鎧を着込まなくて正解だったぜ。こんなんじゃ、錆びてしまうだろうしな」
「ヤーマタイラントは、気候のふり幅が大きい異世界と言われています。北は冷帯湿潤、南は高温多湿。わたしたちが転移された場所は、南部地域なのかもしれません」
「南部というと、辺境の中でも辺境とされている場所か」
ヤーマタイラントの知識は、ある程度は頭に入れている。ここにも皇帝なり王なりがいるが、それは国の東の方にある都市に都を置いている。
「確かに辺境ですが、気を抜いてはいけません。ヤーマタイラントは、未開ながら原住民の気性は荒く、南部は特に好戦性が高いといいます」
「でも、魔導術は使えんのだろ?」
「調べによるとそのようですね。ゆえに、大した文明もございません」
そんな話をしていると、早速とばかりに道向こうから原住民が歩いてきた。
「さっそく、おいでなすったか」
「戦うか?」
ラーダが短く訊いた。一応、このパーティーのリーダーは俺ということになっている。
「ヤーマタイラントに来て、初めての原住民だ。まずは相手の出方を見てみるか」
俺たちの目の前に現れた原住民は、三人組だ。事前の情報通り、粗末な布の衣服を纏い、頭は奇妙な形に剃り上げている。いかにも未開の原住民だ。
「気を抜くなよ」
俺は二人にそう言った。それは、三人の腰に剣を認めたからである。こいつらは、原住民の中でも、戦士系のクラス。少なくとも、非戦闘民ではない。
「☆▲&○※!$*×%」
その三人が、何やら喚いている。言葉がわからない。それもそのはず。並行異世界には、統一された言語体制というものはない。ゆえに、連邦に組み込んだ後に魔導によって言語を統一する。
「クラン」
俺は女僧侶の名前を呼んだ。それだけで何をするべきか、帝連邦勅撰の僧侶ならわかるはずだ。
「わかりました」
クランが軽く詠唱すると、光のバリアが三人を包んだ。これは〔ラシャム〕という魔導術で、並行異世界の言葉を理解するものだ。
「×$&○☆♭■▲*□ ‼︎」
三人のうちの一人が一歩踏み出した。
「おい、クラン。なんもわかんねぇぞ」
「そんなはずはありません。ラシャムは利いているはず。魔導術を阻む結界もありません」
「じゃ、なんだよこりゃ?」
「恐らく訛りです。この魔導術は訛りには対応しておりません」
そう話している刹那、ラーダが「来るぞ」と叫んだ。
原住民が剣を抜いていた。ラーダが戦斧を構えて、前に飛び出す。俺は戦闘に向かないクランを後ろに押して、慌てて剣を抜いた。
「:☆▲%○×※$♭‼」
斬光。見えたのは、それだけだった。これまで様々な並行異世界を旅し、原住民を討伐してきたが、これほどの剣はなかった。
ラーダの戦斧が地面を抉り、その隙に原住民の一刀がラーダの肩口を切り裂いた。
「クラン、回復魔導を早く」
俺は剣に魔力を込めつつ命じたが、その返事はクランの悲鳴だった。
振り向く。しかし、クランには首がなかった。背後に回り込んだ一人が、その首を刎ねたのだ。
いや、違う。刎ねたが、分離はしていなかった。クランの首が、皮一枚で垂れ下がっているのだ。それはまるで、首飾りのように。その頭をゆらせながら、二歩いや三歩ほど進んで、そして倒れた。
「おのれ、虫けらどもめ」
俺は叫び、剣に最大限の魔力を注ぎ込んだ。
魔導も知らぬ、未開の原住民どもめ。どうして、この俺たちが貴様らなどに。
「テンペスタス・グラディ!」
剣に魔導力を込め、斬撃とともに放つ広範囲の魔導剣。閃光と共に爆音が鳴り、辺り一帯に土煙が舞い上がった。もちろん、原住民へ直撃するのも見えた。
見えたはずだった。原住民が、「キエエエェェーッ」という、猿のような叫び声を挙げて突貫する姿が視界を捉えた。
躱す。無理だ。防ぐしかない。と思ったが、世界がぐるりと回り、すぐに目の前が真っ暗になった。
〔了〕
ふと思い浮かんだジャストアイディアで書いてみました。
ヤーマタイラント、どこかわかりました?