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四月

 私、橋本咲夜は教室の端の自分の席に座りながら、散る葉っぱを見ていた。

既に桜の季節は終わり、緑の葉っぱだらけだ。

「風が強いな。」

もう少しで飛んでいきそうな、かろうじて枝にくっついている葉っぱを見てそう呟いた。

 ありがたいことに、教室は数学の授業中で騒がしかった。

私が呟いた言葉も、すぐ近くの席の人にも聞こえていないみたいだ。

 黒板では、数学教師が生徒に問題を解かせている。

「はまちゃーん、ちょっと難しくねー?」

バカっぽい声でそう言いながら解き進めているのは井島恭介だ。

「解けてるんだからいいでしょーが。この学年一位が!」

教師のツッコミに教室内で笑いが起こった。そうなのだ。あんなにバカそうでも学年一位なのだ。

しかも、野球部エース…。天は二物を与えず、そんな言葉は井島くんには適用されないみたいだ。


 「橋本さん?」

私は驚いて声をした方を見た。葉っぱを見ている間に授業は終わっていたようで、

生徒たちは部活に行く支度をしていた。

「なに?」

つい冷たく言ってしまった。普段声をかけられることも、誰かと話すこともない私は、

なかなかにコミュニケーションが下手だ。

「いや、今日日直だから、ノート書かないとなって思ってさ。」

日直ノートだ。その日の時間割や欠席者、感想等を日直が書くことになっている。

「大丈夫。もう書いてあるよ。あとは先生に提出するだけ。」

「うわ!マジ神!ありがたや~!」

井島くんは大袈裟に私を拝みながらそう言った。

「部活行く通り道だから、出しとくね。」

私はそう言いながらノートを机に出して、鞄を持ち、立ち上がった。

私は吹奏楽部で、いつも職員室の前を通って音楽室に向かう。井島くんは野球部。

職員室に寄っていたら部活に遅れてしまうだろう。

「いや、書いてもらったのにそれは申し訳ない。それくらいはさせて。」

井島くんはそう言うとノートを取り、お礼を言いながら席を離れていった。

 完全にぼーっとしていた私が悪いのだが、授業後の黒板はほとんど消してくれていたし、

いつの間にか日直の名札も明日の人に変わっている。井島くんがやってくれたのだろう。

野球部のエースなのに、勉強では学年一位。細かいところにも気がついて、さりげなくやってしまう。

井島くんに出会うまでは野球部なんてガサツな脳筋の集まりかと思っていたが、そうでもないらしい。

 私は素直にありがたいと思い、音楽室に向かった。


 音楽室へ向かうと、先日入部した新一年生が打楽器を合奏用に並べていた。

今日は五月に予定されている定期演奏会で演奏する曲の合奏があるのだ。

 合奏とは、曲を全員で演奏し練習することで、普段は平日は個人練習、

土日は合奏と分けているのだが、今週末は校舎の水道点検で学校内立ち入り禁止なのだ。

そのため、イレギュラーで平日に合奏となった。

 「お疲れ様です!」

「お疲れ様です。ありがとう。」

私は合奏に必要な荷物だけ音楽室に置き、鞄を持って部室へ向かった。

 部室には違うクラスの同級生が既に何人か来ていた。

合奏に向けて全員急いで楽譜や楽器を準備している。

「お疲れ。」

「お疲れー。」

私は荷物を置いて、楽器を持って音楽室に向かう。

 私の担当楽器はオーボエだ。オーケストラではよくソロを担当する。

五十人編成の楽団でも二人程度しかいない演奏人口の少ない楽器だ。が、私はソロは嫌いだ。

自分がスポットライトにあたるより、メロディの音色にハモっている方が好きなのだ。

つくづくオーボエを担当する性格ではないと思っている。


 無事に合奏は終わり、私は学校を出た。

 定期演奏会は新一年生のお披露目の舞台でもある。

そのため、新一年生が入ってきた楽器は一定のレベルまで技術を上げようと大変そうだ。

オーボエは私しかいないため、そういう大変さがないのはありがたい。

しかし、夏のコンクールが終わって私が引退したら、少なくとも来年四月までオーボエがいなくなる。

部活としてはオーボエにも新一年生が欲しかったのだが、希望者がいなかったのだから仕方がない。


 帰り道を歩いていると、前に何人かで帰っている人影を見つけた。全員坊主頭、ということは、

野球部だろう。野球部の集団はふざけながらゆっくり歩いていたため、私はすぐに追いつき、

少し悩んだ末に抜かした。

「あっ、橋本さん!」

まずい。井島くんがいたようだ。仕方がなく、私は振り返った。

「あ、ごめんごめん、知った顔がいたから呼んじゃった。」

「ん?恭介の友達?」

「おまえ、いつも女の子に声かけなくね?…お、まさかぁー??」

周りにいた野球部が井島くんを囃し立てる。申し訳ないが、井島くんと話したのは今日が初めてだ。

気を使って声をかけてくれたのだろう。気を使った結果がこれだが。

「あー、黙れ黙れ。はい、帰る帰る!」

野球部の悪ノリが長引きそうであったため、私は知らないふりをして帰ることにした。

少し進むと、後ろから走ってくる足音が聞こえた。思わず身構える。

「橋本さん、さっきはごめん。あいつら言いたいこと言いやがって…」

「大丈夫。」

井島くんはそう言うと、隣を歩き始めた。私は不思議に思って、井島くんの方を見る。

「あ、あいつらが女の子をこの時間に一人で帰らすのは駄目だろって。」

今は夜の六時。まだ四月だ。とっくに日は落ちている。

毎日帰っている道なので別段一緒に帰ってもらう必要はなかったが、さっきの足音で身構えたのは

確かなので、そのまま一緒に帰ってもらうことした。

「そういえば、夏の甲子園出るんでしょ?」

「あ、うん。」

「吹部も応援に行くから、勝ち進んでね。」

「橋本さんに言われなくても勝つよ。」

そう言うと井島くんはニコッと笑った。その後は井島くんが話を回してくれて、駅で解散した。


 四月十八日

  今日はいつもより話すことが多かった。

  井島くん、こんな私にも話しかけてくれるの、優しいな。

  今年の野球応援は知ってる人が出るってことで、少し楽しめそう。


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